フィクションの方がまだ優しい光景
いつも感想などなどありがとうございます。
大変励みになっております。
次回の更新は、2/3です。
「若様。たしかにおれ、若様がどこに行くのもついて行くって言ったけど、こういうのはちょっと遠慮したいんだけどな?」
「そんなこと言わずに付き合って。じゃないと私の胃がおかしくなるっていうか、情緒がヤバいから」
アレから暫くして、タラちゃんとござる丸はきちんと奏くんと紡くんとロッテンマイヤーさんとルイさんを連れて来てくれた。
奏くんと紡くんが一緒なのは、源三さんと兄弟で市場を巡ってたからだ。
ルイさんはアレよ。ロッテンマイヤーさんが何かを感じてルイさんも呼んでくれたから。
そしてこのある種の地獄絵図に四人で固まったっていう。
とりあえずお役所の貴賓室に移動して、皆さんでお茶だ。
呼ばれた理由を薄っすら理解した奏くんが、顔を引き攣らせた。
無礼講の一文は確保したし、本当の本当にお忍びなようで「鷹司佳仁」さんと「鷹司シシィ」さんご夫妻はにこっと奏くんに微笑んだ。
「菊乃井卿……鳳蝶さん以外にも、統理はともかくシオンとお友達になってくださるお子さんがいて嬉しいわ」
「母上、どういう意味です」
「だって貴方、気難しいところがあるでしょう? 母様、貴方のそういうところが心配なの」
「うぬぅ」
あのシオン殿下がお母様には何も言えないでいる。
普段なら楽しい光景だろうけど、今はマジで胃が痛い。
因みに美奈子先生とそのお弟子さんは、ご挨拶して早々何故か颯爽と現れた大根先生とそのお弟子さんの一団に連れていかれてしまった。
宰相ご夫妻がいるから、それはそれでいいというか、最初からご夫妻はそのつもりで和嬢と一緒にいらしたそうな。計画的犯行。
ただご夫妻にとっても誤算だったのは鷹司夫妻と獅子王閣下が付いていくって言って、帝都のお屋敷に押しかけられげふんおいでになったことだそうで。
「可哀想に。ロートリンゲン公爵が娘に振られた上に、帝都で一人お留守番じゃよ」
「え? じゃあ、ゾフィー嬢もいらっしゃるんですか!?」
「もう来ているらしいよ。なんか御贔屓にしている冒険者と、ロートリンゲン公爵領の騎士団長に護衛させてるらしい」
宰相閣下の言葉をヴィクトルさんが補足してくれる。
ちょっと統理殿下の耳がぴくってしてからソワソワしだしたから、アレは放っておくとゾフィー嬢を探し始めるやつだな。
統理殿下の様子に気が付いた近衛の隊長と副隊長が心なし肩を落とす。頑張れ。
それで「押しかけてきた」と言われた獅子王閣下は、ちょっと心外だと零す。
「私は普通に本当にお忍びとして来て、菊乃井卿に迷惑をかけないように買い物や歌劇の鑑賞だけして帰るつもりだったんだよ? だけど……『行くんだったら俺達の護衛も兼ねてくれ』と言われて、断れる臣民がいるか!? 否、いないだろう!?」
「いや、獅子王以外にも今日ここに来る者がいるのは知ってるんだが、護衛が出来そうなのが卿以外に思い出せなくてだな」
「は!? 私以外もお忍びでって……今年の接触は私以外許されてないはずですが!?」
「いや、俺に面と向かって『会わなきゃいいんでしょう?』って言ってきたのもいるが……?」
「なんてやつだ!? 思い当たる顔が……多いな?」
どういうことだよ?
帝国上層部の諍いに目が虚無になる。
いや、それよりも今問題なのは、来ちゃったした人を見つけちゃったことだよ。
これはヴィクトルさんが連れて行かないって言ってるのに、それだったら冒険者ギルドの転移陣を使うだけって話になったからだそうで。
「菊乃井領が今どこより安全なのはそうだけど、だからって連絡なしでホイホイ来るのはいかがなものかなと思うんだよ。しかもロートリンゲン公爵が代りに帝都にいるからって。でも冒険者ギルドの転移陣で勝手に行き来されて、何処で何してるか分からない状況になるよりはましだし」
「そう、ですな。それなら目の届くところにいていただく方が余程」
ヴィクトルさんの説明に、私と同じく虚無顔のルイさんが頷く。珍しくロッテンマイヤーさんがちょっと動揺しつつお茶の準備をしてるんだけど、そういうのが表情に出てないのが流石だ。
ともかく来ちゃったからには安全確保を考えないと。
武闘会の決勝の間は、和嬢にはラナーさんと過ごしてもらうつもりだったんだよね。
それを伝えると、和嬢が喜んだ。
「ドラゴンさんとおはなしできるんですか?」
「ええ。ラナーさんと仰るんですが、お歌とお芝居が大好きだそうで、和嬢がお歌を聞いておられたことをお伝えしたら、ぜひ和嬢とお話ししたいと」
「それは素晴らしいのう。和や、おじい様もご一緒してもいいかね?」
「あら、それでしたら私も」
それならそれでいいだろう。
あってもらうメンバーが変わったことをラナーさんに伝えておくとして、だ。
問題は皇子殿下方のご両親だよ。
「奏くん、お願い……」
「えぇ……マジでー?」
奏くんの顔に「面倒だから嫌」と書いてある。
それには皇子殿下方が笑いをこらえつつ、成り行きを見守っていた。
「ベルジュラックさんとか威龍さんとかにも声かけていいから……! 何だったらラシードさんとイフラースさんだって付けるし、シャムロック教官とかその辺りの頼りになりそうな人に、私のお客さんって言ってくれていいし!」
「あー……じいちゃんと紡だけでいいよ。でも演奏するときは?」
「そのときは各々方のお師匠さんと獅子王閣下が責任取って何とかしてくださるから!」
ロマノフ先生とヴィクトルさん、獅子王閣下が「え?」という顔をされたけど、知らん知らん。
それならってことで、奏くんが皇子殿下ご家族の案内を引き受けてくれることに。
ロッテンマイヤーさんが動いたから、恐らくは影からオブライエンが奏くん達を見守ることになるだろう。
エリーゼや宇都宮さんは今日は出店で売り子だもんな。
ここまでは何とか振り分けた。
獅子王閣下は「私の休暇プランがぁぁぁ」って嘆いてたけど、それも知ったことか。
決まったところで、先生方にお願いして砦へと転移だ。
武闘会の決勝の開催時間が迫っている。
魔術によって砦の一室に転移すると、レグルスくんは改めて和嬢へと手を差し伸べた。
「なごちゃん、ラナーさんのところにあんないするね?」
「はい、れーさま」
ちょんっと差し出されたレグルスくんの手に、和嬢の手が乗せられる。
何となく雰囲気がほわっとしたのを感じて、そっと和嬢のご家族を窺うとお二方の雰囲気もいい。
「では、行こうか?」
「はい、あなた」
梅渓宰相の差し出した手を、夫人がゆったりと握る。鷹司ご夫妻も夫が差し出した手を、妻が柔く握っていた。
仲良きことは美しきかな。
若干統理殿下が「ゾフィー……」ってしょぼくれてるけど、そっちはもしかしたら会場で会うかも知れないので奇跡に期待だ。
観客席に行く奏くんご一行に、統理殿下やシオン殿下の顔を知っている衛兵達がぎょっとする。その後私と彼らを見比べて、鬼瓦のような衛兵……鬼平兵長だったかな? が、奏くんご一行をそっと追いかける。どうも護衛に行ってくれたようなので、シャトレ隊長に伝えておこう。
私達はラナーさんに会うために砦の屋上に向かって行くんだけど、案内のために先導していたヴィクトルさんが「そう言えば」と言い出した。
「けーたん、あの子どうしたの?」
「あの子とは?」
「ピヨ丸だっけ? マンドラゴラの」
そう言われて、和嬢がハッとする。
それから首から斜めにかけてかけていた、可愛いポシェットのがま口を開けて見せた。
「ピヨ丸もつれてきました。でておいで、ピヨ丸? ごあいさつして?」
「ピヨ!」
ひよこに本当にそっくりな鳴き声ともに、蕪がポシェットから顔を出す。
蕪なのに頭頂から金髪っぽいひげ根が生えてるし、褐色だしで、それはどう見てもレグルスくんのカラーリングだ。
レグルスくんがその蕪を見ると、蕪は手のように生えた枝を頭の横に添わせて敬礼のような動作を見せる。それからまたピヨッとマンドラゴラが鳴いた。
「そうか、わかった」
「ピヨピヨ! ピ!」
「おれがいないときは、なごちゃんをよろしく」
「ピ!」
見つめ合うレグルスくんとマンドラゴラ特殊個体。そしてその一人と一匹のやり取りに、ぽっと頬を染める和嬢。
「菊乃井卿、何と言っとるのかの?」
「さて?」
和嬢のお祖父様は首を捻る。
でもお祖母様は解ったのか「愛、ね」と、微笑ましそうにそのやり取りを見ていた。
お読みいただいてありがとうございました。
感想などなどいただけましたら幸いです。
活動報告にも色々書いておりますので、よろしければそちらもどうぞ。




