突発多重事故発生につき、胃もたれ
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ラナーさんは町の子ども達との触れ合いにも、嫌な顔をせずに「ええよ」と言ってくれた。ただラナーさんは人間を食べない種だからいいけど、他のドラゴンはその限りではないから、そういうのは教えた方がいいとも。
友好的な種族にあってしまうと、その種は全部が全部友好的と思い込むところがなくはない。けど残念なことに、ドラゴンは自分より弱い種族に敬意を払う文化はないそうだ。そういうのはきちんと教えてあげて、と。
何から何までお気遣いいただいて有難いことだ。勿論そうさせてもらう。
そんなこんなで一度ラナーさんとはお別れ。
特別公演や武闘会の決勝戦の前に、和嬢をお迎えに行かないと。
彼女は今回保護者として美奈子先生とそのお弟子さんで、和嬢の姉弟子である人と一緒にくるんだそうな。
ヴィクトルさんが朝迎えに行ってくれたんだ。
待ち合わせは冒険者ギルドの前。
今日は朝から武闘会の決勝、その次がマリアさんと菊乃井歌劇団の特別公演、そして北アマルナからネフェル嬢、いや、ネフェルティティ王女殿下の友好の証のハープ演奏、それから私達の古楽団の演奏だ。
大掛かりな催しはそれで終わりだけど、祭りは夜まで続く。
長丁場だ。けど古楽団の演奏まで乗り切ったら、後は自由時間なんだよねー。
にっこにこでレグルスくんがちょっと先を早歩きで歩く。
だって和嬢が来るんだもんね。夏休みから久々の再会だ。
レグルスくんの身長はアレから伸びて、大きくなった。和嬢もきっと背が伸びたりしてるだろう。
そういうのは常に交換日記でやり取りしてるらしいけど、実際目の当たりにするのはまた格別だよね。
ウキウキと弾んだ雰囲気のレグルスくんの足が、不意に止まる。そしてこてっと首を傾げて、私を振り返った。
「あにうえ、ヴィクトルせんせい、なごちゃんいがいのひともつれてきてるよ?」
付き添いで美奈子先生とそのお弟子さんが来るのは、レグルスくんも解ってるからわざわざ聞いたりしないだろう。となると、違う人がくっ付いて来てるってことだ。
背筋が凍る。
これはアレだ。帝国とかエルフの偉い人がよくやるやつ。
思わず眉間に手を当てた。
「……来ちゃった、ってやつでは?」
呟けば、真顔のロマノフ先生に肩を叩かれる。
「多分。でも君が思ってるより多分大所帯です」
「は?」
すっと先生が私から視線を外して、冒険者ギルドの前へと目を向ける。つられるように見ると、ヴィクトルさんがいた。その隣には和嬢の手を引いた老夫婦……夫婦!?
「宰相閣下ご夫妻ですか?」
「それだけじゃありませんね。もっと周りを見ましょうか?」
「え?」
言われて視力だけじゃなく、魔力による探知を始めると知らない魔力が二つ。これは恐らく美奈子先生とそのお弟子さんだろう。
問題なのはなんか統理殿下やシオン殿下に似た魔力が二つと、最近お知り合いになった頼りになるお姉様っぽいアレソレが。
知らず喉から「ひぇ!?」という小さい悲鳴が出た。
「ちょ!? あの!? いたらダメな人が複数いるんですけど!?」
「いますねー……」
「いやいやいやいや、困ります! 困ります! 警備とか完璧じゃないのに!?」
慌ててロマノフ先生のマントを掴んで揺さぶると、先生もちょっと困った顔をする。けどややあって、穏やかに笑った。
「ラーラの気配がします。ヴィーチャが呼んだんでしょう。あと皇子殿下方と、リートベルク隊長かな?」
「警備対象が集まるの、どうなんですか!?」
「ん-、まあ、散らばってるよりは守りやすいかな?」
あはははってさ。
気分的には、もう笑うしかないんだけども。
私やロマノフ先生の困惑は、首を傾げるひよこちゃんにも伝わったようでひたりと足を止める。
その姿に気が付いたのか、お爺様に手を引かれた和嬢が「れーさま!」と手を振るのが見えた。
こうなると行かざるを得ない。近付くの本当に嫌だけど。
戸惑っていると別の小道からラーラさんと皇子殿下方、それからリートベルク隊長と近衛の副隊長がやってきた。
「ち、父上!? 何故、ここに!?」
「母上まで!?」
ラーラさんに連れられた身形のいい男の子二人ってだけでも注目のまとなのに、更に二人は前日の武闘会で大人顔負けの活躍を見せている。その二人が声を張り上げたもんだから、道行く人からの注目が集まった。
恐る恐る近付いて行けば、リートベルク隊長と副隊長は真っ青だ。聞いてなかったんだろう。そりゃそうだ。私だって聞いてないんだから。
とりあえず、一番来ちゃ駄目な人の相手はそのご子息達にお任せしよう。
で、ラーラさんは乙女閣下と向き合っていた。
「君ねぇ……」
「いや、待って!? 私は御止めしたんだよ!? したんだけど、三英雄が揃っている上に結界が強化されているし、神聖魔術の効果で浄化されているし、帝国の名誉参謀のソーニャ様もいらっしゃるし、近衛の隊長と副隊長が揃っている場所より帝都が安全かと言われると、その、御止めするにも限界があってだな……」
「宰相閣下も行くっていうし?」
「そうだよ。私もお忍びで来るつもりで、きちんと感染予防に努めてたのに呼び出されるわ、護衛を申し付かるわ……」
「あー……」
いやまて、お忍びする気だったんかい!
聞くともなしに聞いちゃった会話に、内心で白目だ。
もう駄目だ、耐えられない。そんなわけで私は助けを呼ぶことにした。
「タラちゃーん! ござる丸ー! 奏くんとロッテンマイヤーさん呼んで来てー!!」
がさっと背後で「ゴザー!」という叫び声と、色々が動く気配があった。
そんな私に宰相閣下がそっと目を逸らす。
こういうとき会話の突破口を開くのは、いつでも肝の据わった女性陣で。
「あらあら、和。おばあさまに、その素敵な紳士をご紹介してくれないのかしら?」
「あ、そうでした!」
可愛く手を頬に当てた和嬢が、一緒の品のいい老婦人二人と若い女性を伴って私とレグルスくんの前に来る。おばあ様と言った人とは違う、シニヨンに髪を結わえた老婦人は美奈子先生で若い人は姉弟子さんだろう。
宰相閣下も来ようとしたんだけど、ラーラさんと獅子王閣下とヴィクトルさんに阻まれた。私は何も見てない。そういうことにして。
ぽっと頬を染めて、和嬢はレグルスくんと私に笑いかけた。
「おひさしぶりです、れーさま、おにいさま」
「お久しぶりですね、和嬢。お元気でしたか?」
「おひさしぶりです、なごみじょう!」
「はい。あのこちらはわたくしのそぼの……」
和嬢に祖母と紹介された人は、柔らかな白髪を結い上げ、簡素だけれど質の良い布をこれまた趣味良く仕立てたドレスの裾をすっと持ち上げた。
「和の祖母の艶子です。孫がお世話になっております」
御歳のほどは解らないけれど、背筋も伸びて肌も張りがある。凛とした梅の古木の雰囲気だ。嵐も雪も乗り越えて咲く、強さと美しさを感じる。
その優美なお辞儀に応えて、こちらも兄弟揃って背を伸ばす。
「ようこそお出で下さいました。菊乃井侯爵家当主鳳蝶です。こちらは弟のレグルスです」
「菊乃井レグルスともうします!」
おぉう、レグルスくんが緊張している。
いや、そうか。彼女のご家族とご挨拶だもんね。
でも和嬢はちょっと寂しそう。そんな和嬢の目を見て、レグルスくんが私の方を窺う。言いたいことがあるっていうお顔に、私は軽くうなずいた。
「あの、なごみじょうのおばあさま。わたしはふだん、なごみじょうをとくべつなよびなでよんでいます。それでおよびしてもかまいませんか?」
「あら、そうですの?」
艶子夫人は和嬢を見やる。すると頬を染めた孫娘は、勢いよく頷く。あまりに何度も首を上下させるものだから、艶子夫人が微笑ましそうに笑った。それから「構いませんよ」と一声。
レグルスくんは和嬢に手を差し出した。
「なごちゃん、きょうはきてくれてありがとう」
「れーさま……! はい! わたくしも、れーさまとおまつりをごいっしょできてうれしいです」
にこっとレグルスくんと和嬢が顔を見合わせて笑う。
あー! なーごーむーわー! この突発お忍び多重事故で大怪我と胃もたれした私の心が癒される。
今帝都が権力者不在で機能不全になってそうなことなんか知るもんか! この光景の前にはそんなの些細なことなんだ!
お読みいただいてありがとうございました。
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活動報告にも色々書いておりますので、よろしければそちらもどうぞ。




