某眼帯青年神と神鹿は「なにそれ、知らんけど」と呟いた
いつも感想などなどありがとうございます。
大変励みになっております。
次回の更新は、1/24です。
「やっぱりアレ、ご領主様が作った服だったんですね……!」
「やっぱりって?」
本日の試合は全終了。
なので砦から帰って来ると、時間は夕方になっていた。
それで私達は皆町に帰って来て、今日のお夕飯はお祭りのなんでも市場で取ることになってるんだ。
だって料理長が出店してるから。
Effet・Papillonの食品部門で「菊乃井家のおやつセット」を安価で出してもらってる。
アンナさんもカイくんもそのお手伝いをしているから、菊乃井邸に料理人さんがいない。ってなわけで、外食なんだよな。
これには皇子殿下方の護衛の近衛の副隊長があんまりいい顔しなかったんだけど、私やレグルスくんと一緒に同じものを食べるってことで納得してもらった。
要するに私とレグルスくんが皇子殿下方の毒見役をするってことだね。
でもご飯食べるお店は決まってるんだ。
というわけで、皇子殿下方やブラダマンテさんを引き連れてやってきた董子さんの出店。
私達が待っていると人だかりが出来ちゃうから、注文した料理を持って来てくれるという董子さんの言葉に甘えて、食事スペースで待ってたところ。
識さんとノエくんが料理を運んできてくれて、ついでに「エストレージャのアレは何なんですか?」と聞かれたのだ。
私の答えは至極シンプル。そういう付与効果のある服だから、だ。
「エラトマが言うんです。『あんなに嬉々として魔術師を殺しに来るようなものは、同じ魔術師にしか作れない』って」
「凄い言われようだなぁ」
「でも間違ってないですよ、兄上。魔術師に対する殺意が高すぎるもの。僕、あんなのぶつけられたら泣いちゃいます」
「私も泣きそうでした。っていうか、泣く暇もなくやられましたけど」
顔を引き攣らせる統理殿下に、シオン殿下と識さんが「だよねー」「ねー」と顔を見合わせる。
「いや、だって魔術師の怖さを知ってるのは魔術師ですから。得意の魔術を封じてしまえば、自ずから動揺して真価……司令塔としての役割を果たせなくなるでしょう?」
「だから、そういうところだぞ鳳蝶……」
そういうとこと言われましても、相手に実力を出させないのは戦闘の基本です。
しれっとしていると、ノエくんが「でも」と口を開いた。
「自分の今の実力を知れて良かったです。魔封じ対策も考えないといけないし、神殺しにはもっと力を付けないとなって」
「そうですか。まあ、装備に関しては今回のことで私も考えるところが出来たので、お互い良かったということで。遠慮会釈なく神殺しに活かしましょう」
「はい!」
頼んだ料理は菊乃井では珍しい魔物の燻製とか、味見させてもらって感動した魔物肉のサラミとか。それに加えて、頼んでない雪樹の煮込み料理もあって。
これって恐らくラシードさんからの差し入れだろうけど、その本人がいない。
どうしたのか尋ねると、ライラと一緒に雪樹の一族の人達と宴会に突入したそうな。
皆新たな族長が強くて頼りになって嬉しいんだとか。
惜しくも負けちゃったけど、そこはそれ。強さを重視しないけど、軽んじもしない彼の新たなスタンスが受け入れられたみたい。雨が降る前に地面が固まって何よりだ。
会場は段々と日が暮れて暗くなっている。それを家々から渡されたロープに吊るされたランプがほの暖かく照らす。
夜風も多少は冷たいけど、身震いするほどの寒さはない。
あちらこちらで楽しそうな笑い声や、何なら木のジョッキ片手に肩を組んで歌ってる人達だって。
そういえばジュンタさんのお菓子、珍しいから今日は早々に売り切れたって通りすがりに聞いたな。
皆楽しそうで何よりだ。
「ところで、近衛の隊長さんはどうなさいましたの?」
ホットワインを飲みつつ、こてりとブラダマンテさんが首を傾げる。
リートベルク隊長は優勝する気で来ていたから、明日も明後日もとりあえず休暇を取っているそうだ。
ブラダマンテさんの問いに答えたのは、ノエくんだった。
「シャムロック教官と組んでた人だったら、シャムロック教官と一緒に打ち上げに参加してますよ。教官にお世話になった初心者冒険者講座の卒業生さん達が残念会を開くって、董子さんの屋台で色々注文してましたから」
「シェリーちゃん達の残念会も含めてね。私達も誘われたけど、お姉ちゃんの手伝いがあるから断ったんだ」
識さんの追加説明に、ブラダマンテさんや皇子殿下方が頷く。
リートベルク隊長ってそれなりの家の出だけど、あんまり身分の上下にこだわりはないタイプらしい。じゃなかったら、シャムロック教官やイフラースさんとは組まないか。
因みにイフラースさんはシャムロック教官の教え子たちの残念会の後に、雪樹の宴会に顔を出すって話していたそうな。
あっちもこっちも賑やかで華やいでる。
これなら何でも市場の経済活動も結構な循環になってるんじゃなかろうか。
甘辛く煮られたちょっとこってり感のある煮込みを突く。
雪樹の料理も魔物肉を使ったものが多くて、この煮込みもなんとかっていうモンスターのモツだとか。
ぷにぷにクニュクニュの食感は珍しく、そのモツ自体にのった脂も癖はあるけど上質の甘味がある。
「おいひ~」
「おれ、これすき! りょうりちょう、おうちでできるかな?」
「作り方聞いたら出来るかもね」
ホクホクとしながら舌鼓を打っていると、それを見た皇子殿下方がそれぞれ皿に手を付ける。
統理殿下とシオン殿下の顔が輝いた。
「旨いな、これ!」
「本当ですね。帝都でも食べられないかな?」
「他のも董子嬢の研究成果なんだろう? 世界には美味しいものが沢山あるんだな」
「そうですね。帝国にも各領地に何か名物があるんでしょうけど、僕らそういうこともあまり知りませんしね」
「ああ、資料としては知っているが実際味を知っているのは、菊乃井家の料理とロートリンゲン公爵領と帝都くらいだ」
もっと世間を実地で知りたい。
二人の顔にはそう書いてあるけど、難しいだろうな。
皇子という立場は、勝手に城から抜け出たとあれば、それが自分の意志だとしても処分される人間を出してしまう立場なのだ。
お忍びで王や貴族が町をうろつくなんてものは、フィクションでしかない。今回のようにお膳立てされた「お忍び」はあるかもしれないけど、それだって裏では色んな人が警備計画やらを立てて、それ通りに動いてるんだから。
でも気持ちは解るんだよなー……。
私もお忍びでなんでも市場に買い物に行きたいし。
「ここにいるあいだに、いろんなひととおともだちになったらいいとおもいます」
ジャガイモがゴロゴロのシチューを食べつつ、レグルスくんがピヨッとお話する。
いつの間にシチューを頼んだのかと思ったら、冒険者パーティー・鷲の巣のアギレラさんが通りすがりに「私の奢りよ!」って渡していったとか。
ロマノフ先生が受け取ったときにお礼を言ってくださったそうだけど、後で会ったら私からもお礼を言っとかないと。
で、皇子殿下二人が目を丸くしてて、レグルスくんのお話は続く。
「いろんなひととおともだちになったら、そのひとのおうちがどこにあるか、どんなものをたべてて、どんなおうたがあってとか、いろいろおはなしできるもん」
「それは……」
シオン殿下が一瞬戸惑う。それに対して統理殿下は少し考えて、大きく頷いた。
「そうだな。こんな機会は滅多にない。話せるなら色々な人と話そう」
誰だって最初は初めましてから始まるんだから。
そう言った兄に、弟が「はい」と穏やかに笑う。
そして私の可愛いレグルスくんは言った。
「あにうえ、ジュンタさんにあわせてあげたら?」
これがジュンタさんにもたらされた天啓の意味なのかな?
お読みいただいてありがとうございました。
感想などなどいただけましたら幸いです。
活動報告にも色々書いておりますので、よろしければそちらもどうぞ。




