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書籍13巻・コミカライズ6巻・ジュニア文庫5巻同時発売記念SS「運が良いと思ってたんだ、この時点では(by乙女)」

いつも感想などなどありがとうございます。

大変励みになっております。

書籍13巻、コミカライズ6巻、ジュニア文庫5巻同時発売記念のSSをお届けします。

次回の更新は1/17の6時で、本編の更新に戻ります。

 年も押し迫った日のこと。

 新年参賀の手順や立ち位置の確認などなど、家が大きければ大きいなりに面倒な打ち合わせがあって。

 そのために皇居に出かけて典礼やなんやかんやを司る役人や梅渓卿と話した後、陛下への御目通りを待つために控室へ。

 その道中の廊下にて、白い箱を持ったロートリンゲン公爵にお会いした。


「何ですか、それは?」

「ああ、獅子王卿。今、時間はいいだろうか?」


 ご機嫌ようだの何だのの挨拶もそこそこに、ロートリンゲン卿の持つ箱が気になったので尋ねる。彼のほうはやや遠い目をして、そんな答えを。

 だからというか、丁度行き当たったのが私の割り当てられている控室の近くだったので、そこへと移動することにした。

 控えの間には客の世話をするメイドが割り当てられている。

 係のメイドにお茶の準備を申し付けると、ロートリンゲン卿が困ったように眉を下げた。


「獅子王卿、招かれておいてなんだが。卿は婿取り前のうら若き娘さんなのだから、男と二人きりになるだなんて危ない真似は……」

「え? ロートリンゲン卿、私に何かなさるおつもりなので?」

「そんなつもりは全くないが!? というか、獅子王卿に私が勝てるはずないじゃないか!?」

「ですよね」


 清々しく笑うと、ロートリンゲン卿が肩を落とす。

 いやー、流石陛下の外付け良心。いい人だ。

 帝国広しといえど獅子王家の乙女――帝国最強の剣士と謳われる、この私に対して「嫁入り前の娘さんなんだから、男に警戒しろ」などと言えるのは彼と陛下と梅渓のじい様くらいじゃなかろうか。

 とはいえ、この帝国最強のうたい文句も「エルフの三英雄以外では」という但し書きは付くから、その三英雄のロマノフ卿やショスタコーヴィッチ卿から直接指導を受けたことのある陛下や梅渓のじい様やロートリンゲン卿からすると頼りないのかも知れないけれど。

 でもラーラからは「ボクよりちょっと弱い程度だから、胸張って大丈夫」って言われているんだけどな。

 ラーラは剣より弓の方が本分だけど。

 そんなことを何と無しに考えていると、ロートリンゲン卿が軽く咳払いする。

 それから、掛けたソファーから少し前のめりになって、私の方へと白い箱を押し出した。


「えぇっと?」

「くじ引きだ」

「くじ?」


 クジ、とは?

 私とロートリンゲン卿が間に沈黙が降る。

 ロートリンゲン卿は時々こういう突飛なことをなさるけれど、大体そういうときは自発的になさってるわけでなく、させられていることが多い。

 誰に、か? 一人しかいない。


「陛下がまた何か……?」


 こてっと首を傾げて尋ねれば、顔に「解ってくれて助かる」と書いたロートリンゲン卿が頷いた。


「来年の新年参賀に菊乃井家の新当主が参加する」

「はい、存じています。丁度良いから話してみようかと」


 去年あたりから評判の菊乃井家の当主。

 今年の初めに母親を神殿に放り込み、父親を離縁して辺境に追放したやり手の。

 上辺だけの話を聞くととても七つとは思えない野心家の彼は、ソーニャ様からお伺いした限りではその逆の印象が強い。

 聞いた話だけでなく、放っている間諜が調べ上げた話もそれを裏付けていた。

 大人もかくやというほどに賢いから、親のやることなすことの愚かさに我慢が出来なかったんだろう。

 それでも賢いからこそ親を野放しにして時を稼いでいたのに、その思惑を裏切るほどに親が愚か過ぎた。そして彼の甘い点は、そこだったんだろう。

 その甘さを察知していたから、彼の家庭教師であるエルフの三英雄はこそっと場を整えていた。それも調べれば出てきた。

 いや、彼等三人もそこまで菊乃井卿の親が愚かだと思いたくなかったのかも知れない。

 だって菊乃井領はダンジョンのある土地だ。今代替わりなんぞしたら、我が子を戦場に出すことになる。そのくらいのことは解っているだろう、と。一縷の良識に縋る気持ちがあったのやも。

 結果なかったわけで。

 それに関しては「人間は愚か」と思われたんじゃないかと、密かに私は胃が痛かったけど。

 いや、間諜を放って調べるまで話は聞いていても無関心だった私が、人間の心証の低下に胃を痛める資格などないな。

 案の定、陛下もロートリンゲン卿もかつての先生に相当お叱りを受けたそうだし。

 閑話休題。

 実際に陛下もロートリンゲン卿も菊乃井卿とは会っているし、その本心が何処にあるのかも聞いているとか。

 梅渓のじい様も色々と関わっているそうで、あの家の孫娘と菊乃井卿の弟が婚約したとも。

 そしてシュタウフェン公爵家とは早速睨み合っているとも聞く。

 陛下や梅渓のじい様の評は「面白い」で、シュタウフェン公爵の評は「小賢しい成り上がりの思い上がりも甚だしい子ども」で真っ二つ。

 さて、どちらが正しいか。

 エルフの三英雄が甲斐甲斐しく世話をしているあたりで答えは出ているのだろうけれど、それはそれとしてどんな人物かは知りたい。

 それは帝国の高位の貴族なら、当たり前に考えることだろう。特に私の獅子王家含めて、帝国を支える八つの公爵家と二つある辺境伯家の当主は。

 が、ロートリンゲン卿が首を横に振った。


「陛下からの伝言なのだがね」

「はい」

「『今は寄るな。触るな。いずれ会わせてやる』だそうだ」

「えー……?」


 自分は会ってる癖に、随分な横暴では?

 そういう若干の不満を声に乗せると、ロートリンゲン卿が「解っている」と口にした。


「いや、そういう不満は方々から出ているんだ。特にもう一人のご老人など、まあ、煩い」

「ああ、そうでしょうね。梅渓のじい様が良くて、何故自分が駄目なんだと……」

「そのとおりだよ。なのでクジを引いてもらうことにした。これで当りが出た者だけが、来年の新年参賀で菊乃井卿に話しかけて良いとする。その者以外は次まで待て、ということで」

「あー、なるほど」


 とはいったものの、若干の不満がやはり残る。

 それもロートリンゲン卿には解ったようで、顔に少しの苦悩を浮かばせた。


「まだ七つ、この新年で八つなのだ。苦労を背負わせるのは忍びない」


 解らないでもない。

 私が父の不慮の死で家を継いだ時も随分と若いと言われ、その若さゆえに色々先達から気を遣っていただいた。それは覚えている。

 しかし、それでもこなさなければいけないことはあった。挨拶回りはその最たるものだ。

 それを陛下御自ら制止なさるのも、何か違うような?

 そういうことを言えば、ロートリンゲン卿がやや視線を逸らす。しかしそれはバツが悪いとかそういうことでなく。


「菊乃井卿が神々の覚えめでたいことは伝えていると思うが」

「ええ、はい。それが理由ですか?」


 だとしたら陛下に失望する。

 彼の方も大きな力の前には臆されるのか。

 そう考えたのだけれど、それに対してロートリンゲン卿は苦々しい表情で口を開いた。


「神のご加護の対価を知っているかね?」

「ご加護の対価、ですか?」


 思わぬことに首を振る。

 今まで加護を与えてもらった人間が、そのお礼に何かを捧げることはよくある話だ。そういう話かと思って首を捻る。

 しかし、ロートリンゲン卿の説明はそれとはまったく違うことで。

 加護をいただいた人間には、それなりにその人物を成長させるための試練が訪れるという。

 菊乃井卿は加護を重複して六柱の神々からいただいている加減で、余人より多く試練が訪れるそうだ。しかしそれは何と彼の分の試練だけでなく、弟や友人知人の分まで彼に被さっているとか。


「え? 何故です?」

「菊乃井卿は人間界での地位が高く、それなりに人脈もあって、本人が強くも賢くもあるから、問題の解決手段を用意できる可能性が格段に多い。友人の試練の解決策になっていたり、地位の関係上持ち込まれた問題に対して矢面に立つ立場になることも多いからだな」

「わぁ……」


 思わず真顔になった私に、ロートリンゲン卿は目を淀ませながら続ける。

 これまで彼を襲った試練という名の災難を上げれば、私が知らない小さな家庭の問題から大きな……それこそ去年の武闘会でのバラス男爵に纏わる醜聞や、今年のルマーニュ王国の冒険者ギルドと火神教団を隠れ蓑にした古の邪教の繋がり、空飛ぶ城、生ける武器に破壊神、おまけに我らが皇帝陛下の家庭内のゴタゴタまで。


「ちょ!? ちょっと待ってください! もう結構! お腹一杯です!」

「だろう? それで聞くが、これでまだ菊乃井卿に高位貴族からの値踏みという心労を負わせるのは……どう思うね?」

「……意地が悪いですよ、ロートリンゲン卿。解りました! 解りましたから!」


 なお、ロートリンゲン卿によると悲鳴をあげたのは私で三人目だそうな。

 他の家はそっと「今年は目礼とか会釈だけにします」と言う家や、「逆に会いたくなったんですけど!?」と目を爛々と興味に輝かせる家もあったそうな。

 目を爛々と輝かせる奴には心当たりがあるので、後で頬を抓ってやろうか……。

 もう一人のご老人も流石に大人しくクジを引いたそうで、陛下の御心にここまで声をかけた全ての公爵家と辺境伯家が従ったそうな。


「うん? シュタウフェンもですか?」

「いや、あの家は最初から数に入れていない」

「おや?」

「記念祭の後から何度か警告しているが、一向に態度を改めんのでな。来年何かやらかせば、出仕停止になるやも……」

「早いか遅いか、なりますね」


 肩をすくめると、ロートリンゲン卿が曖昧に笑う。

 先代のシュタウフェン公爵は抜け目のない人だったらしいが、その親を反面教師にした当代はやることなすこと……。

 口に出すようなことでもない。

 しかし少なからぬ家の支持を集めているそうなので、何やら企む連中が担ぐ神輿には良いのだろう。

 危ういことだ。

 目を伏せると白い箱が視界に入る。


「そういうことなら、私もクジを引かせてもらいますよ」

「理解してもらえて助かる」


 ここまでまだ当たりは出ていないそうだ。

 そういえば今年はシュタウフェン公爵家の縁戚の家に、獅子王家の縁戚に当たる家が迷惑を被ったりと、方々揉め事が多くてツイていなかった。

 何か一つくらい良いことがあってもいいだろう。

 そっと箱の中に手を入れて、一枚紙を摘まむ。

 手のうちで開いたそれには「当たり」という文字が大きく書かれていた。

お読みいただいてありがとうございました。

感想などなどいただけましたら幸いです。


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