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勝者の休息、敗者の動機

いつも感想などなどありがとうございます。

大変励みになっております。

次回の更新は、1/15の20時です。

書籍13巻・コミカライズ6巻・ジュニア文庫5巻発売記念SSを投稿します。

 インターバルもこれで最後。

 エストレージャの回復の後で訪れた、菊乃井万事屋春夏冬中チームの控室にはさっきの試合で敗者となった希望の配達人チームがいて。

 菊乃井万事屋春夏冬中は特に怪我こそないけど、シェリーさんへかけた魔封じは結構な魔力消費だったのでアレの出番。

 ついでにラシードさんもわりと魔力の消耗が激しかったので、やっぱりアレを飲んでもらった。

 マンドラゴラの葉をすり潰して、水と禍雀蜂の蜜で溶かしたアレ。

 二人とも物凄い顔で飲み干してたけど、エストレージャの三人はそれをずっと一回戦から飲んでることを告げると「勇者……勇者がいる」と呟いていた。

 それで希望の配達人チームだけど、何をしていたかっていうと魔封じ対策を尋ねに来たらしい。

 アレは魔術師がいるパーティー全部がぶち当たる課題でもあるわけだ。

 意見をラシードさんから聞かれたけど、先生方が首を横に振る。


「この子に魔封じかけるのは僕でも難しいから。失敗したら、逆に隙を作るだけだよ」

「そうだね。反対に魔封じされるのがオチじゃないかな?」

「魔封じされるならいいですけど、亜空間にポイされて半年くらい忘れられるかもしれませんよ?」

「こっわ!?」

「エグい……」


 識さんやノエくん、希望の配達人パーティーの顔が引き攣る。

 ラシードさんはのほほんとしたもので。


「大丈夫だって。中で死んだり狂ったりしないようにはしてるからさ。俺、見たし」


 微妙にフォローになってないんだよなぁ!

 とりあえず後でラシードさんには圧迫面接しておこう。

 魔封じというのは相手を魔力で圧倒してないと出来ない。

 なので戦術に組み込むとしたら、あえてこっちの魔力を相手に低く見積もらせて、ワザと仕掛けさせて隙を作る。その辺りが妥当じゃないかね。

 そんな話をしていると、シェリーさんがキラキラした目でこっちを見る。


「その発想はなかった……!」

「そうですか。恐れられるよりは侮られる方が、相手の油断を誘うのでいい手だと思いますよ。実際希望の配達人パーティーがここまで勝ち上がってきたのは、相手が無意識に貴方方を侮ってたことも大きいんだから。勿論貴方方が上手く隠した爪が、研ぎ澄まされてて鋭かったのが一番だけど」


 世に知られていないうちは、侮られることも武器にはなる。

 ただ顔が売れてくると、侮られるばかりではいけなくなるんだ。侮りを受けるってことは、やすく見積もらせるってことだからね。

 だからある程度になると、侮りを受けるほど弱くもなく、恐れられるほど強くもないって状況にもっていかなくちゃ。

 現状で言えば、私はちょっと失敗気味。怖がられてるんだよねー……。

 親しみやすさをアピールしようにも、庶民の皆さんは受け入れてくれるけど、貴族の皆さんがちょっとね。

 まあ、それはいいや。

 回復は終わったし、もう用事はないだろう。

 菊乃井万事屋春夏冬中の控室から退出しようと思っていると、ラシードさんが「ほら」と希望の配達人パーティーに声をかける。

 するとおずおずとビリーさんが口を開いた。


「あの、ちょっと前なんですけど」

「はぁ」

「隣の領地に依頼で行ったとき、オイラ達を放り出したパーティーのリーダーだった人に会ったんです」


 三人でパーティーを組んでいることについて色々と言われた挙句に、シェリーさんを指差して「役に立たない魔術師モドキ」と嘲ったそうな。

 でも彼らにすればシェリーさんがちゃんと魔術師として振舞えなかったのは、前衛であるその人がきちんと前衛の役目を果たすことなく、シェリーさんを囮のように使ったからだとか。

 それに身を守るための装備もさせてやらなくて、そんな状況では誰だってうまく戦えない。それは実力以前の問題だ。

 勿論彼らはそう反論したらしい。

 結局のところ、リーダーだった男は考えを改めもせず、彼らを嗤うだけ嗤って去っていったそうだ。

 で、そのこと自体は彼らはどうでもいいと思えるようになったという。

 だってもう彼らはそいつが知ってる頃の彼らじゃないし、昔は怖いと思っていたけど今となれば弱い犬ほど……ってやつだと判ったから。

 彼が引っ掛かったのはもっと別のことだったそうだ。


「考えてみたら、村から着の身着のまま出て来て、まともな装備を手に入れられたのって、初心者冒険者講座を受けるときだったなって。それまで見習いで受けられる依頼の報酬じゃ、普通のローブすら高くて買えなくて」

「前に識ちゃんに魔術師のローブ、可愛いのがないって愚痴ったけど、よく考えたらそれ以前の問題だったなって思い出して」

「それでシェリーが『見習いでも買えるくらいのローブがあれば』って言うからさ。それならこの武闘会で優勝して、 EffetエフェPapillon(パピヨン)でそういうの作ってもらえるように頼もうって」


 ぽりっとグレイさんが頬を掻く。

 一方でシェリーさんは目を白黒させていた。どうも彼女はここまで仲間達が考えているとは知らなかったみたい。

 うーん、魔術師のローブはもう菊乃井では初心者でも買える程度の物になってるからな。それを今更別に作る意義があるかどうか……。

 いや、待てよ?

 少し考えてから、こっちを見てる皆—―ひよこちゃんとラシードさんはワクワクしてるし、先生方も何だか興味深そうにこっちをみてるし、識さんやノエくんは苦笑い。希望の配達人パーティーは難しい顔だ――に、「ちょっと保留」と声をかける。

 だって試合再開の合図に使ってる鐘が響いたから。

 さて準決勝だ。

 この試合に勝ったチームが、明日決勝で前回大会のチャンピオンであるバーバリアンと戦う。

 希望の配達人パーティーは菊乃井万事屋春夏冬中の応援に回るのか、控室の前でお別れ。

 選手の入退場口から私とひよこちゃんと先生方はリングサイドへ、菊乃井万事屋春夏冬中チームはリングに。

 この戦いはどうなるかな?

 ここに至るまで泥臭く真正面から戦ってきたエストレージャに対して、菊乃井万事屋春夏冬中は相手の実力を封殺して勝ってきた。

 純粋な剣技とか潜った修羅場はエストレージャの方が強いんだけどな。

 司令塔である識さんをどう攻略するかで話が変わってくる。

 エストレージャの対魔術師用の切り札がシオン殿下に使った魔封じしかないのであれば、恐らく詰みだ。

 一度見た戦術を続けて食らうなんて、一廉の冒険者だったらあり得ない。

 それはエストレージャにも言えることで、これまでの戦いで使われてきた方法はもう彼らには通じないだろう。


「どっちが勝つかな?」

「魔術を封じることが出来ればエストレージャ、そうでなければ菊乃井万事屋春夏冬中ですかね?」

「まあ、どっちが勝ってもバーバリアンとの戦いは見物じゃないかな?」


 先生方の予想としてはどっちが勝ってもおかしくないってとこか。


「レグルスくんはどう思う?」

「うーん、おれはまたエストレージャとバーバリアンのしあいがみたいなぁ!」

「あー、なるほど」


 たしかに去年の決着は見たいかも知れない。

 帝都の武闘会ではバーバリアンが勝って、去年の菊乃井冒険者頂上決戦では引き分け。今回こそはって期待があるもん。

 この試合を何処かでバーバリアンも見ているだろう。

 彼らもエストレージャと決着をつけるべく、ここまで来てるんだ。期待があるだろう。

 でも期待ならラシードさんも背負ってるんだよ。

 雪樹から越してきた一族の、新たな若き族長が期待を。

 強さが全てじゃない。寧ろ知恵の方が菊乃井では必要になるだろうけど、やっぱりリーダーには強くあってほしいっていうのはあるからね。

 向かい合った二組の冒険者パーティーの間で、レフェリーが試合開始を告げるべく手を振り下ろした。

お読みいただいてありがとうございました。

感想などなどいただけましたら幸いです。

活動報告にも色々書いておりますので、よろしければそちらもどうぞ。

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― 新着の感想 ―
ご返信ありがとうございました。読み込みが足りずに考えが浅くて恥ずかしい…もっと作品世界の理解を深めらるように読み返します! 続きを楽しみにしています。 ご体調に無理のないようになさってください。
どっちが勝つにしても、菊乃井の若い力の武威は示せるな。 レグルス君の勝敗予想も「見たい」だからどっちか本当に分からない。
大会のセオリーが固まりつつありますね。 ということは逆に、いかにそのセオリーを破るか、セオリーにとらわれないかという発想も必要になってくるのかな。 続きも楽しみにお待ちしております。
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