箱の中の白豚は、寝ているのか目覚めたのか
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結局、幻灯奇術とは、スクリーンになるモノに、鮮やかな映像を投影出来るというだけの魔術だった。しかし、特筆すべきはなんとプロジェクションマッピングのように立体にも投影できること。
でもそれだけ。
ちょっとした娯楽になる程度の、薬にも毒にもならない魔術だ。
「たまに新しい魔術を作る人がいるんですけど、こんな娯楽要素の強い魔術を作るだなんてブレないと言うか」
誉めてない。明らかに誉めてない。
私が唇を尖らせたことに気づいたラーラさんが、「でも」とにっこり笑う。
「ボクはこのネックウォーマー気に入ったよ。魔力を通せば綺麗な花が浮かんでは消えるなんて、お洒落じゃないか。込める魔力だって微々たるものだし、戦闘中は兎も角、普段使う分には斬新で素敵だよね」
「そうだよ。僕はポンチョにその魔術を付けてほしいな」
「二人ともズルいですよ。私もマントに付けてくださいね」
なんだかんだ、気になってるんじゃないですか。
まあ、本当に込める魔力は少なくて、簡単に模様が変わるだけのことだから、魔力が潤沢な人には楽しいおまけかもしれない。
これはEffet・Papillonの売りになるかしら。
そう、今日は正式にEffet・Papillonの製品が世に出た日なのだ。
売り物は今のところ「つまみ細工」・「冒険者用服飾小物」・「カレー粉」の三種だけど。
蝶々が一つ羽ばたきを起こしたのだ。
それを祝して今夜は料理長が腕によりをかけて、庭で出来た野菜や、ロマノフ先生やヴィクトルさん、ラーラさんがこの日のために調達してくれた鴨やキノコ、魚でご馳走を作ってくれて。
屋敷に勤める皆と、Effet・Papillonの職員見習いな奏くんも参加して、ちょっとしたパーティーをしたのだった。
で、お風呂にも入って寝るだけになった時のこと。
ふわふわと窓から季節外れの蛍がやって来て、一際強く光ったと思ったら、人の姿に変わる。
『来た』
「あ、はい。いらっしゃいませ」
なんと本日二度目のご来訪、氷輪様だ。
その安定しない髪色やら雰囲気を楽しむように、秀麗な顔に笑みを帯びる。
『熱は完全に下がったようだな』
「はい、お陰さまで」
『難も避けられたようで何よりだ』
「難を、避けられた……?」
『派閥争いにくみせずに済んだのだろう?』
なんで知ってるんだろう。もしかして神様って未来が読めるんだろうか。
はっとして氷輪様を窺えば、ゆるりと否定系に首を振られる。
『未来など見えんよ』
「それならどうして……」
『今朝、お前の寿命の蝋燭に黒い靄がかかっていた。お前にちょっかいをかけるのは構わんが、それなら災厄から守れと百華から言われていてな』
「ははぁ……」
何だかんだ姫君は本当に優しくていらっしゃる。
施して頂いた厄除の化粧は、水で顔を洗うぐらいじゃ落ちないようで、まだ私の額にもレグルスくんの額にも浮いているのに、更なる手を打ってくださるなんて。
そう思っていると、音もなく氷輪様の手が額に伸びる。そこには赤い花鈿が浮いていた。
『百華の厄除は大概のものは避けるから、お前の前途に靄がかかっていても、致命的になるようなものは避けられる。しかし、代わりに小さな不幸は見逃す。此度で言えば派閥争いに巻き込まれなかった代わりに、風邪をひいただろう。百華の厄除が十全なら、本来は風邪も引きはしない。とりあえずお前を見に行ったら、風邪を引いていた。つまり家から出さぬ方がよいのだろうと思ってな。だめ押しで顔を出したのだ』
「そうなんですか……」
でも風邪だって氷輪様やラーラさんのお陰で直ぐに治ったわけで。
って言うか、さっき未来は見えないって仰ってたけど、寿命の蝋燭とかなんとか仰ってなかったっけ。それがある時点で、どれくらい生きるとか未来が大方解るんじゃなかろうか。
そう口にしてみると、『否』と静かに否定された。
寿命の蝋燭は人間一人一人にあって、長さは皆均等なのだとか。
その割に、皆均等に亡くなったりしないのは、その行いにより長くなったり短くなったり、細くなったり太くなったりするのだそうだ。
しかもこの変化は善行を施したから太く長くなるとか、悪行をなしたから細く短くなるわけではないとか。
その人間が自らの行いで、自身の魂に磨きをかけたその時、蝋燭は太く長くなり、逆に己の魂を貶めるような真似をすると細く短くなるのだ。そこには悪行・善行の区別なく、どれだけ自らの魂を磨けたかがあるのみ。
それで言うと、ここ暫くの私の蝋燭は本当に安定しないらしい。
物凄く短かったところから、物凄く細長くなったり、太短くなったりを繰り返しているんだとか。
離魂症と言うから暫くしたら迎えに行く日がくるかと寿命の蝋燭を見たら、えらい太長い時もあったり。
ただ、昨年の今頃よりはかなり太く長くなったのは確かで、普通はそんなに変動したりしないらしい。
『お前はここ数ヵ月で目覚ましい成長を遂げている。同じくらいの年頃のこどもの蝋燭は、そうそう変化したりはしない。それはお前が知恵者で、色々と成しているからだろうよ』
知恵者なんてとんでもない。偶々前世の知識がダウンロードされて、しなくちゃいけない努力をそっちのけにした「チート」なだけなのに。
誇れる訳がない。
思わず俯くと、おでこをペチりと弾かれ、顔を上げると氷輪様がやっぱりにやっと笑っていて。
『誉められたのだから素直に受け取っておけ……と、百華ならば言うだろうな』
「でも……」
『お前はこれから、誉められれば嬉しくなくとも笑わねばならんような立場の人間と関わることになるだろう。その練習とでも思え』
それ、余計不敬じゃないかしら。
唸って考えていると、余計に氷輪様に笑われた。
解せぬ。
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