匠の神髄とこの世の地獄のありか
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次回の更新は、11/25です。
そんなこんなで楽しく屋台の飾りつけを終えて、視察にまた戻る。
ハンドメイドも色々あって、陶芸を出している人もいれば木の工芸品を出してる人もいるみたい。
屋台もそうだけど看板に凝ってる人もいて、そういうのを見ているだけでも楽しい。
それで雪樹の一族の人が出す屋台に通りかかったんだけど、煌びやかな鳥がいて客寄せなのか「寄ッテッテ!」なんて喋ってる。
なので近寄ってみると、鮮やかな絨毯が目に入った。
「あー、ご領主様ー。こんにちはー」
「ああ、こんにちは」
「こんにちはー!」
屋台の内側から顔を出したのは、以前挨拶に来てくれた雪樹の人の中の一人だ。
村の名産の魔物の毛皮を使った衣服や小物、毛織物を中心に持って来てくれたそうな。
「おかしいなぁ。さっきまでラシード、じゃない、族長いたんだけどなぁ」
「そうなんですねー」
笑顔を顔に張り付かせて誤魔化しておく。
さっきまでいたの知ってるけど、何かに怯えてスタコラサッサと逃げちゃったんだよね。何でかは知らんけど。
というか、彼らは既にラシードさんを族長としてついて行くことに決めたんだろう。族長と呼んだことがその証だ。
だって雪樹の本家の族長はカーリム氏だもの。
戻る気があるならラシードさんを族長とは呼ばない。
その心意気にこちらも応えないとね。
って訳で、お祭りの当日寄らせてもらうように声をかけると、「ぜひ!」と喜んでくれた。
次に行ったのは源三さんのお友達で、奏くんの鍛冶のお師匠さんのモトおじいさんのお店。
たしか出品は金物とかあったけど。
寄らせてもらうと、丁度モトおじいさんが屋台の準備をしてらして。
「こんにちは!」
「こんにちはー!」
「お久しぶりですね、お邪魔しますよ」
挨拶するとこっちに気付いたおじいさんが「おお!」と手を挙げて歓迎してくれる。
「おう、若様も弟様もジイさんも元気やったね?」
「はい」
「うん、げんきだよ!」
「ジイさんは余計ですよ。私なんて、まだ若い方なんですから」
「二百年以上生きとったら、ドワーフじゃまあまあ年寄りのほうたい」
うーん、長命種あるあるか。短命な人間にはどっちにしろ途方もない。
これも異種族間ギャップなんだろうな。
それはそうとして、ちょっと屋台を見せてもらう。
看板は木の幹を削って半分板にした面に、焼き鏝で「モトじいさんの店」って付けたもの。これだけでも何か素朴でいい感じ。
それでもう売り物っぽいものがチラホラ。
脚立みたいに使える椅子に動物の彫り物を施したものとか、把手に可愛い細工の小花が付いたジョウロとか、竹で作られたまろやかな曲線のざる、日用品なんだけどとても趣がある。
こういうのなんだっけ? たしか……。
「用の美、ですね」
「ん?」
「使うために作られたものに宿る可愛さとか美しさ? そういう素敵なものがここにはあるなって」
「若様はそういうのが好きなんね?」
「はい。沢山の刺繍もビーズもレースも心が踊るけれど、日常の何気ない場所にそっとある可愛いものや、使われるための美しさを持つものだって大事ですよ」
「そうね」
モトおじいさんが穏やかに優しい目で頷く。
洗練された技術は芸術に等しい。
モトおじいさんの作る物からは、それがよく解る。
思わずほわぁっと大きく息を吐くと、モトおじいさんが豪快に笑った。
「そげなん気に入ったなら、一個持っていかんね?」
「え? ダメですよ! 売り物なんだから買います」
おじいさんの言葉に言葉にブンブンと首を横に振る。
するとモトおじいさんは笑みを苦笑いに切り替えた。
「いやぁ、これは趣味で作ったモンやけんね。本業を放り出してこっちをやるもんやけん、増えとるとよ。女房はなんも言わんけど、家が大分狭くなっとうけん申し訳なか。そんで売れればよか。売れんかったら売れたモンのオマケにでも付けて、数を何とか減らして帰らな」
「ああ、それは……」
物作りが好きな人あるあるだよね……。
私も色々作りたいんだけど、作った後の行先がないんだよな。主に逆鱗の。
気持ちが分かるだけに、それならやっぱり買うというと「オマケしちゃるけん」と言ってくれる。それは有難くもらっておこう。
そんなわけでプレお披露目として、品物を見せてもらう。
木のテーブルに簡素な布を敷いた上に並べられる商品には、多芸多才なのか陶芸作品まであって。
というか、この敷物の布だって結構いい品だ。
並べられているペーパーナイフ達はまるでレグルスくんが持つ木刀のように、綺麗な彫り物が極小の鞘に施され、お使いの籠はアケビの蔓で編まれて頑丈な中に飴色の輝きが見て取れる。どれもこれも素敵。
そんな中に、ひときわ目を引く茶碗があった。
まさしく前世で茶道に使われたような茶碗が。
漆黒の肌に、煌めく宇宙の星を思わせる斑点が付き、その斑点の周りを青や紫の暈が輝く。
陽の光に当たれば、黒の釉薬に散る大小の星の、その周囲の暈が虹色や瑠璃の光を弾いて美しい。
あまりの美しさに、ため息しか出ない。
咄嗟にその茶碗を手に取る。
「これを、いただけますか!?」
「うん? おお、その茶碗は初めてうまかこと出来たやつなんよ。俺も気に入っとうったい」
にこやかに応じて、モトおじいさんがその茶碗を箱に入れてくれた。
レグルスくんも箱の中の茶碗を覗き込んで「きれいだねぇ」と、感嘆の息を吐く。
という訳で、これはお買い上げ。価格としては、普通に売ってる瀬戸物のお茶碗と同等くらいのお代。高くはないっていうか、お買い得だよ。
それでおまけの方はというと、これはレグルスくんがほしいといった鍔を付けてくれて。
すごく綺麗な透かしの鍔で、レグルスくんはいつか源三さんが免許皆伝の証にくれるだろう刀につけるんだそうな。
それを聞いたモトさんは、何か凄く喜んでた。おまけのオマケに小柄を付けてくれるくらいに。
いやー、良いものを買えてしまった。最高だね。
だけどまだなんでも市場の開催前だ。とりあえず予約って感じ。
モトおじいさんには商品を取り置きしてもらうことにした。
それでお隣のソーニャさんのお店なんだけど、モトさんはなんとソーニャさんともお知り合いだそうな。
「あン姐さん怒らしたらいかんばい」
「……怒らせたこと、あるんですか?」
「俺の親父がな」
「えー……あー……」
なんでも、モトさんのお父さんはモトさんと同じく腕のいい職人さんだったけど、飲む・打つ・買うの三拍子揃った挙句に、飲むと暴れる飲まれやすい人だったそうで。
酔っ払ってソーニャさんに絡んで、翌朝モトさんの家の庭木に吊るされてるのを発見された後は、人が変わったようにお酒を断ったとか。
彼の人が言うには「この世に地獄があった」だそうで。
ロマノフ先生が手を額に押し当てて、こっちから目を逸らす。レグルスくんも驚いたみたいで、物凄く目をまんまるにしてる。私もなんか真顔になっちゃった。
「世の中には怒らせたらいけない人がいるってことですね」
ぽそっと先生の視線が益々私達兄弟から逸れていく。そういえば先生達、そんなソーニャさんでも手に負えない悪戯してたっていってたような……。
更にそのことでナジェズダさんにお尻ぺんぺんされたって聞いたぞ。
となると、一番恐ろしいのはナジェズダさんなんでは?
辿り着いた答えにそっと蓋をする。キジも鳴かずば撃たれまい。触らぬ神に祟りなし。
すっと顔に笑顔を張り付ける。
「やー、ソーニャさんの商品ってどんななんでしょうねー。屋台の飾りつけ、お花とか散ってて可愛いですねー」
何も聞かなかったことにしよう。うん。
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活動報告にも色々書いておりますので、よろしければそちらもどうぞ。




