一度は言ってみたかった「そこにないならないですねー」
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次回の更新は、11/22です。
いや、宰相閣下がお出ましになっても何にも問題はないんだ。
ないんだけど、なんだろうな?
その後ろにもっと「来ちゃった!」されたら困る人の影がちらつくのは。
駄目だ、考えるな。こういうとき、考えてると本当にそうなっちゃうんだ。
内心で白目を剥いていると、レグルスくんがこてりと首を傾げる。
「あにうえ?」
「ナンデモナイヨー……」
思わず片言になっちゃったよ。
ともあれ、今は飾りつけだ。
Effet・Papillonの屋台は、なんでも市場の会場と町を仕切るために設置してた壁の、その際に配置されている。所謂壁サーみたいな?
当日買い物に来る人が並んでも、他の人が混乱しないような配慮だ。
これ、歌劇団のグッズも併設しておくからっていうのと、旭さんの本のための処置なんだよね。
ええ、本……。
見本誌をちょっと冒険者ギルドに置いたんだってさ。したら「これはどこで買えるんだ!?」って話題になって、もう予約購入分で発売前重版したそうな。
本当に皆、目を覚ましてもろて。
聞くところによると、ロートリンゲン公爵領でも購入者がいたらしい。何となくその購入者が誰か察せられるので、お祭り当日はそのお方に会わないように逃げ切りたいもんだ。多分無理だろうけど。あの将来の国母様、手強いから。
それはもういい。出るものは致し方ない。
あの小説だって、誰かさん達が協力したせいか嘘もなかった。多少の小説としての誇張はあれども、そこは「この小説は一部空想で書かれています」の文言がちゃんとあったしね。
ただ表現の自由は守られるべきだけど、個人のプライバシーとの兼ね合いはこれから考えて行かないといけないかな……とは思う。
文化が隆盛するのに必要な下地とともに、それが誰かを害さないように整えるのもまた必要。新しい課題が見つかったわけだ。
とはいえ、今は読み物を気軽に楽しめる状況になりつつあることを喜ぼうか。
ちょっと前まで菊乃井において本はお金持ちの道楽だった。それは読み書きができる領民はお金持ちであることが多く、書物もまたお金がないと手に入らないものだったからだ。
それが少しずつ誰の手にも届くようになりつつある。
これで「じゃあ自分も時間あるしやってみようかな」ってなってからが本番だ。まだまだ道は遠い。
……というのも、今はおいておいて。
屋台の外観は旭さんがデザインしてくれて、なんでも市場が終わってもまたどこかで何かに使う予定だそうだ。
看板には蝶々やひよこが描かれているのが中々可愛い。
そこにリボンや紙で作った花を飾って、更に更に華やかにしていく。
売り物のアクセサリーを並べる棚も、源三さんやヨーゼフが古い木を組み合わせて趣ある感じで作ってくれていて。
「マグメルのいちばのおみせやさんみたい!」
ニコニコで屋台の柱にリボンを括りつけるひよこちゃん。
あの市場も素敵だったけど、ここの市場も盛り上がるといいな。
そんな風に考えながら商品のディスプレイを考えていると、レグルスくんが不意に何かを思いついた表情になる。
それから屋台の外から、丁度お客さんが会計をするときのように、レグルスくんがひょいっと顔を覗かせた。
「くださいな!」
「え?」
「あにうえはおみせのひとね。おれはおきゃくさん!」
なるほど、ごっこ遊びか。
お店屋さんしたいって言ってたのを覚えていて、それを叶えようとしてくれてるんだろう。
傍にいたロマノフ先生も、本当に他意の無さそうな爽やかな笑顔だ。
レグルスくんのお誘いに甘えよう。
笑顔のレグルスくんに、同じく笑顔で「分かったよ」と返す。
「はい、お客さん。どういったものをお探しですか?」
「えぇっと、かわいいおんなのこのおともだちに、プレゼントをさがしてます。なにかいいのはありますか?」
「可愛い女の子ですか? そうですね、もうちょっとその女の子のことを教えてくれますか?」
「そのこはがんばりやさんなんだよ。おべんきょう、すごくがんばってるんだ!」
そうか、日記のやり取りでそういうのは解るんだね。
順調にレグルスくんが和嬢と仲良くなっているようで、よかった。
婚約者という関係にしてしまうことで、二人の関係に色んな思惑が乗っかることになった。けど本人同士はそんな思惑を乗り越えて、純粋に仲良くなりたいって気持ちだけでやり取りしてくれればいいんだ。
「頑張り屋さんなんですね?」
和嬢を褒めると、レグルスくんがぽっと頬を赤くした。
照れ照れと身体を左右に振りつつ、もっと和嬢のことを教えてくれる
「うん。それにとってもやさしいよ。おれがまいにちげんきでたのしくすごせるように、おいのりしてくれてるんだ。おれもなごちゃんがまいにちげんきでたのしくすごせますようにって、ひめさまにおいのりしてるんだ」
「そうなんだー。和嬢優しいねぇ」
「うん。あ、おみせやさんだよ、あにうえ」
「あ、そうだった」
指をツンツンしながら話すレグルスくんが可愛すぎて、一瞬素に戻っちゃった。だからレグルスくんしか勝たんって言ってるじゃん!
ぎゅっと両手を握って、またお店屋さんに戻る。
「そうですねー。そんな頑張り屋さんで優しくて素敵なお嬢さんには、サシェはどうですか?」
「サシェ?」
「香り袋のことだよ。いい香りのするドライフラワーやハーブを小さな袋に入れたものだね。レグルスくん……じゃない、お客さんのお好きな香りや花を入れて『いつでも一緒だよ』って、渡してあげるのはどうですか? 良い香りにはよく眠れるようになる効果や、心が落ち着く効果があるんだよ」
「そうなんだ……。じゃあ、それください!」
元気よくそう言ったレグルスくんの、首から下げたひよこちゃんポーチがパタパタと飛ぶ。
中に精霊のピヨちゃんが住んでいるせいか、ポーチなのにポーチにあるまじき動きをするからびっくりだ。
かぱっと口を開くと、金貨がポーチからいくつか飛び出す。
いや、ポーチの開け口はお腹なはずなんですけど?
半眼で見ていると、羽でお腹をポリポリ掻きつつ『腹を開けると冷えるンだよ、寒ぃじゃねェか』とかいうし。
見かけに反して中の人は凄くオッサンくさい。
で、飛び出てきた金貨を握って、レグルスくんがそれを私に渡そうとするんだけど。
「ねぇレグルスくん。和嬢と一緒にお買い物するときに買ったら? その方が和嬢の好きな感じが分かるかもしれないよ?」
「んー? なごちゃんとは、ちがうものをいっしょにえらぶやくそくしてるんだ」
「そうなの? でも買わなくても、作ってあげるよ?」
「うぅん。これはおれがかうんだ。おれがギルドでいらいをうけてもらったおカネで」
ふふんっと胸を張る。
なんというか、レグルスくん、こういうところ本当にしっかりしてるな。
幼い頃からお金にまつわる話を聞かせてきたからだろうか。
「そう? でもまだ本番じゃないから、なんでも市場が開かれてからでいいかな?」
「うん、いいよ!」
納得したのか、再び金貨をピヨちゃんの中に戻す。
お腹の中に戻すのかと思いきや、くちばしにぎゅっと突っ込んだ。ちょっと苦しそうだけど、お腹を割られるのが嫌なら仕方ない。
んで、お店屋さんは続行。
今度はなんとロマノフ先生がお客さんをするそうで。
「そうですね。身内のアクの強さを何とか出来る物があれば……」
凄くにこやかに言い切った
なのでこっちもレグルスくんと二人並んでにこやかに対応する。
「あー、その棚にないですかー?」
「ちょっと見当たらない感じですねー」
「そうですか。そこにないならないですねー」
「そこにないならないですねー」
あははと笑う私と、同じようにレグルスくんが先生に返す。
「でも鏡だったらありますよー」
「ありますよー」
「鏡は必要ないですねー」
にこにこ、と。
その光景を遠くで見たラシードさんが一目散に逃げていくのを視界の端で捉えつつ、私達兄弟と先生は和やかにごっこ遊びをするのだった。
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