動く大根に託すこもごも
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次回の更新は、11/11です。
研究費を出せと言う割に、どんな研究をしているかきちんと説明しない。
説明したとしても再現性がなかったり、根拠になる資料を提出できなかったり。
挙句研究費の使用内訳を出せと言うと、全くといってそういう物は出ない癖に金額だけは高く提示してくる。
帝都の方に流れている研究者はほぼそんな感じ。
一部に真面目に研究している人達もいるけど、長居せずに旅に出るらしい。
「菊乃井に向かってな!」
「えー……あー……それは、私が謝るとこですか?」
「いや、それはいい。それはいいが宰相が『吾も菊乃井に引っ越したいですぞ』って嘆くから、なにか面白い研究論文の一つも送ってやってくれ」
「あー……はい。何かあれば」
答えつつ大根先生に視線を送れば、ちょっと考える素振りを見せてから「ああ」と呟く。
「吾輩の弟子がまた幾人か菊乃井に着くらしい。面白いことをやってる弟子がいたはずだから、見繕っておこう」
大根先生のお弟子さん、まだ全員集まってないんだよな。
その中で私が今一番待ってる人がいるんだけど、その人はどうなんだろう?
ふと気になったので尋ねてみる。
「大根先生。先生のお弟子さんに繰り手花による健康管理を研究されているお弟子さんがいるって前にお聞きしたと思うんですが……」
「ああ。あの子からも連絡がきておるよ。菊乃井のマンドラゴラの医療管理を他所で聞いたらしくてな。採取が終わり次第こっちにすぐに来るそうだ」
「そうなんですね。しゃてーの健康管理能力をマンドラゴラ医療班にもっと活かせれば、今回の疫病だけじゃなく災害現場にも派遣できると思うんです」
「そうだな。あの子もそういう感じの話をしていたよ。着いたらすぐに紹介するので、話を聞いてやってほしい」
「勿論です」
こくこくと頷く。
それを見ていたシオン殿下方が「それなんだけど」と入ってきた。
「僕達もリューネブルク産マンドラゴラをもらったわけだから、そのマンドラゴラによる医療管理研究に加わる資格があると思うんだ。コミュニティーはまだ形成されてないけど、マンドラゴラを育成できる可能性があるっていう点で」
「そうだな。勿論タダとは言わない。それなりの予算が付くようにする。というか、ここでいっちょ噛みしておかなかったら、帰って父上にも宰相にも叱られる」
お、都合のいい感じに転がったな。
皇子殿下方に魔物使いとしての才能がない、研究者が菊乃井にいる。
その時点で研究は菊乃井に主導権があるのは確定だから、成果だけ持っていかれることもない。悪用される可能性も低いとなれば、特に断る理由もない。
大根先生だけでなくロマノフ先生やヴィクトルさん、ラーラさんの表情を窺うと、特に反対もない感じ。
それなら受けても大丈夫だろう。
いつも鋭いこと言ってくれるレグルスくんもニコニコだしね。
皇子殿下方に「解りました」と答えると、二人ともホッとした感じ。
研究に関しては一先ずそれで終了。
象牙の斜塔に関してもまだ大半の人は、崩れかかっていることに気が付いていない。なのでちょっとの間、静観の方針。
そういうことで朝ご飯は終了だ。
皇子殿下方はご自身のマンドラゴラとの親睦を深めたあと、またブラダマンテさんとお稽古に行くそうな。
私とレグルスくんは庭仕事が終わったら、それぞれ仕事と剣のお稽古とお勉強。お昼からなんでも市場の視察。
もう気の早い人はお店のセッティングを始めるために、色々貸し出された机や椅子を使って、自分のお店をコーディネートしてるんだって。見に行くの、めっちゃ楽しみ。
私とレグルスくんもEffet・Papillonの店舗の飾りつけ、ちょっとやらせてもらえることになってるんだ。
当日の店番はメイドさん達に奏くんや紡くんに加え、ナジェズダさんが立ってくれることに。
ナジェズダさんは自分の作品も、Effet・Papillonのブースに出店してくれるんだって。
ただしアンティークになるようなものじゃなく、お支払いしたお給料で買った最近の毛糸とか布や糸で作ったやつ。
ソーニャさんも出店してくれてるから、当日市に来た人は思いがけない掘り出し物に出会うだろう。
そういうのだってお祭りの醍醐味ってわけ。
そのお楽しみの前に、片付けないといけないのがお仕事だ。
キャベツの収穫の後、書斎兼執務室でお籠り。
やってくる書類はロックダウンの後始末にかかった経費やら、お国から依頼されて納品した遠距離映像通信魔術用の布のお代が入金されたとか。
お金のことがほとんどなんですよねー……。
中には税収が右肩上がりっていう喜ばしいものもあるんだけど、大体は次の政策にかかるお金の試算とかどんだけ足りないとか。頭の痛い話だよ。
内容を確認して決裁するものはして、報告だけの書類にはサイン。
単純作業だけど気の抜けない仕事のなかで、ノックの音に顔を上げる。入室を許せばオブライエンが音もなく入ってきた。だから蛇従僕っぽくなるのやめてもろて。
「ネフェルティティ王女殿下によるハープ演奏が、北アマルナで開始されました。同時に看病のためのマンドラゴラと魔物使いの一団が、雪樹の一族から北アマルナへと派遣されました」
「予定通りですね」
「はい。雪樹から派遣された魔物使いは、族長の許婚だそうです」
カーリム氏に許婚がいるのはラシードさんから聞いたことがある。親が決めた許婚といいつつ、二人は真に愛情と信頼で結ばれているそうな。
その大事な人を行かせたあたり、これは北アマルナっていうより私への証立てか。
別にカーリム氏の誠意を疑っちゃいないんだけどな。
それはラシードさんから、協力へのお礼とともに伝えてもらおう。
「それで、成果は?」
「今のところは上々といいますか、重症患者が中等症患者に、中等症患者が軽症患者に、軽症患者は寛解に向かっているそうです」
一度言葉を切って「が」とオブライエンが続けた。
「あちらは菊乃井やシュタウフェン公爵領ほどには効果が出ていないと分析されているようです。特にネフェルティティ王女殿下ご本人が、そのように仰っているようで」
「なるほど」
ロスマリウス様の仰った通りだ。そしてネフェルティティ王女殿下ご自身が、それを何より実感しておられる。
ネフェル嬢は今頃苦しい思いをしているかもしれない。
優しい人だ。病に罹った人を苦しみから解放してやれないのは自分の力不足のせいだと、己を責めていることだろう。
貴方のせいではない。
そう言うのは易いけど、そう言われたところで納得なんか出来ないんだ。だって何とかする力を僅かでも持ってるんだから。
私の苛立ちを表すように、指先がコツコツと机の表面を叩く。
目を伏せると、よく磨かれた飴色の机の表面に、天井から下がっているシャンデリアの上にタラちゃんがいるのが映ってる。
ふと思いついたことがあったから、オブライエンをさがらせて。
「タラちゃん、ござる丸を呼んで来てくれる?」
声をかけるとタラちゃんが素早く窓から外に出ていく。
それから暫くして戻って来たときには、背中にござる丸がちょこんと座っていた。
「ござる丸。マンドラゴラネットワークを使わせてくれる?」
「ゴザ!」
「ネフェル嬢に花を届けてほしい」
「ゴザ~?」
ローダンゼとシロタエギク。
どちらもキク科の植物だ。
花言葉をござる丸に伝えると、何処にあるか分からない胸を張るように身体を反らす。
「頼むよ?」
「ゴザゴザ!」
元気よく返事をすると、タラちゃんに乗せてもらってござる丸は窓から庭へと出ていく。
どうか、伝わってほしい。
祈るような気持ちで、窓から北アマルナの方向へと視線を向けた。
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