良薬は口に苦し
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更新は二月より月曜と金曜の週二回を予定しております。
そんな訳でベッドと氷輪様と親交を深めていると、部屋の扉がノックされる。
入室許可を求めるのは、出ていったラーラさんじゃなくて、宇都宮さんだった。
『若様、入っても大丈夫でしょうか?』
「ああ、はい。大丈夫ですけど……移ったら大変だから……」
『余り近づいちゃだめってことですよね?』
「はい、その方が良いかと……」
扉の外からの呼びかけに返すと、ごそごそと外で何か起こってるようで。
バンッと扉が勢い良く開くと、金髪のひよこちゃんが首根っこを掴まれながらうごうごとしていた。
「はーなーしーて! うちゅのみや、はーなーしーて!」
「ダメですよぉ! 離したらレグルス様、若様に飛び付くでしょ。お風邪が移ったら若様がお気にされますよ?」
「うー! だっこー! にぃに、だっこー!」
今日はえらく聞き分けなくて甘えん坊だな。
普段は「ダメですよ」の一言で大人しくなるのに。
心の中で首を捻ると、ひやりと冷気が漂って、ベッドに氷輪様が腰かける。するとレグルス君が大きく目を見開いて、さらにうごうごと暴れだした。
『お前の弟は、我の気配を感じ取っているようだ』
頭に直接響く忍び笑う声に驚く。
氷輪様のお姿は、普通は人に見えないと仰ってたけど、レグルス君は見えるひとなんだろうか。
頭の中を読んだのか、氷輪様が首をゆったり横に振った。
『見えてはいないだろう。ただ、常ならざる者が側にいるのを感じているようだな』
なるほど。
声に出して感心する訳にもいかないので、とりあえずひよこちゃんの要望に答えて両腕を広げる。
「おいで」の合図に気づいたのか、とことことレグルス君が近付いてきて、ベッドにあがった。
すると、再びくつりと笑って、氷輪様が立ち上がる。
『今日のところは帰るとしよう』
お構いも出来ませんで。
脳内で返すと、氷輪様がマントを翻して部屋の隅の暗がりに消える。
その方向をじっと見ていたレグルスくんが、ぎゅっと抱きついて来た。
もしかしたら、お母様が亡くなったときにもレグルスくんは氷輪様の気配を感じたのかも。それでちょっとナーバスなのかな。
ぎゅっと力一杯しがみついてくるレグルスくんを抱っこすると、宇都宮さんが申し訳なさそうにお辞儀する。
「申し訳ありません。宇都宮、これからレグルス様のお部屋のお掃除をしなくちゃいけなくて……」
「ああ、はい。行ってきてください。レグルスくんは大人しく私といましょうね」
「うん……じゃなくて、はい! れー、ごほんもってきた!」
ぱぁっとレグルスくんの顔が輝く。
あああ、ひよこちゃん可愛い。
ふわふわの金髪を撫でくり回していると、子供特有の高い声できゃらきゃら笑う。
と、既に開いている扉をノックする音が。
「入るよ、まんまるちゃん。薬湯を煎じて来たから、お飲みよ」
「薬湯……」
薬湯と言えば、薬草を擂り潰したり煮とかして作るやつで、名前からして苦そうだ。
紅茶のように皿つきのカップに淹れられたそれを、ラーラさんから受け取って中を覗くと、色がやっぱり凄い。
青汁っていうか、超緑。ヤバいくらい緑。
これはアカン。
どれくらいアカンかといえば、同じく中を覗き込んだレグルスくんが、小さな声で「ひえ!?」って悲鳴をあげるくらい。
「……気持ちは解るけど、飲まないと治るものも治らないからね?」
「は、はひ……」
覚悟を決めて薬湯に口を付ける私を、レグルスくんが固唾を飲んで見守っている。
カップを傾けると口に流れ込む青臭い液体……じゃなくて、ゲル。流動体なんかそんな簡単に飲み込めない。手間取っていると、舌の上にどんどん乗ってきて、エグ味と苦味が咥内を占める。
これは飲み込まないと、味覚が死ぬ予感しかしない。
「にぃに、がんばって!」
「うぐ……ぐふっ……!」
レグルスくんの応援を受けつつ、何とか飲み干す。
えげつないくらい後味も悪くて、白目になりそうだ。
味覚への暴力をやり過ごして、飲み干したカップを皿に置く。そうすると、ラーラさんがすかさずあめ玉を口のなかに放り込んでくれた。
柔かな甘味がエグ味と苦味に蹂躙された口のなかを、一瞬にして爽やかにしてくれる。
「テンペスト・キラービーの蜜を凝縮して作ったあめ玉だよ。少しは口の中がましになったかい?」
「ふぁい、なんとか……」
「おや、早く効く薬湯を持ってきたけど、早速効果が出てるね。洟と咳が止まってる」
「あ、本当だ」
その前に氷輪様に和らげてもらってたけど、更に良くなった感じ。
でもそのかわり、結構な眠気が襲ってきて。
あめ玉を舐め終わった辺りで、レグルスくんを抱っこしたまま一眠りしてしまった。
連日の夜更かしは、知らずに疲労を蓄積させていたらしく、結局私はおやつの時間まで爆睡していたようだ。
私が揺すっても声かけても起きない姿は、ロッテンマイヤーさんを始め、屋敷の人たちにはトラウマ的な何かになってるらしく、起きた時にはロッテンマイヤーさんが、宇都宮さんに「今は廊下を走っても構いません」って伝えに行かせたらしい。
ラーラさんが苦笑いしながら教えてくれた。
うーん、しくじったな。ついつい氷輪様にお芝居にはまって欲しくて、一人ミュージカル開催したけど、だからって体調崩してどうする。
料理長が作ってくれたミルク粥をお昼御飯がわりに頂く頃には、熱もすっかり下がっていて、ラーラさんから許可を貰ってベッドで編み物することに。
レグルスくんは遊びに来た奏くんと、魔術の練習に。
奏くんと遊ぶようになってから、対抗心と自立心が芽生えたようで、レグルスくんは最近、着替えとかは自分でするようになった。
そうやってちょっとずつ私の手を離れていくと思うと少し寂しい気もしないではない。
でもいずれ道は分かたれるのだから、それで良いんだろう。
くるりと指先に毛糸を巻き付け、編み棒に潜らせる。
今編んでるのは、ラーラさんのネックウォーマー。材料は絹毛羊の毛を縒って作った毛糸で、手触りはシルク、暖かさは羊毛、それ自体に耐寒とか氷結耐性があるとか。
絹毛羊の生息地は寒冷地帯で、一年を通して吹雪じゃない日が珍しいそうだ。そこには他にも氷嵐狼や氷嵐熊がいるそうだけど、一番強いのがなんとこの絹毛羊。何故かっていうと体格が氷嵐熊の四倍、口からは電撃を吐く。そりゃつおい。
「なんにもしなきゃ温厚なあたり、まんまるちゃんといい勝負なんだけどね」
「なんだろう、凄く嬉しくないです」
絹毛羊の性質は温厚で、野生と言えど人間に懐いて、その上質な毛を刈らせてくれるのだそうな。
ラーラさんがこの羊で作った毛糸を持っていたのは、たまたまその年の毛刈りの時期に、羊の毛を刈る職人の住む村に行って難しい依頼をこなした報酬として貰ったから。
ちゃかちゃかと編み棒を動かしていると、むずむずと鼻唄の一つも歌いたくなってくる。
───恋はやさし野辺の花よ
───夏の日のもとに朽ちぬ花よ
───熱い思いを胸にこめて
───疑いの霜を冬にもおかせぬ
───わが心のただひとりよ
一番を歌い終えた辺りでネックウォーマーが編み上がる。
毛糸の最後を始末すると、出来立てのそれにアイロンをかけたいと言えばラーラさんが魔術でやってくれた。
「はい、出来ました」
「うん、ありがとう。早速使わせて貰うね」
「不備がありましたら直しますので、なんなりと」
メンテナンスも承りますとも。
そう伝えればラーラさんは、ネックウォーマーを身につける。
「これは……凄いね。物凄くポカポカする」
「それは良かった」
どうやらお気に召して頂いた様子。
ホッとしていると、閉じていた扉を叩く音が。
ロッテンマイヤーさんが、ロマノフ先生とヴィクトルさんの帰宅を伝えてくれた。
目配せして頷くと、ラーラさんがドアを開ける。すると、直ぐに二人が現れた。
「ただいま戻りました」
「ただいま!」
「お帰りなさい、お二人とも。名代、お疲れ様でした」
労いの言葉をかけると、それぞれ頷いて笑顔を見せてくれた。
しかし、ラーラさんの首もとにあるネックウォーマーを見て、二人、特にヴィクトルさんが目を眇る。
「あーたん、風邪引いて謁見に行けなくて良かったかもよ」
「ええ、本当に」
微妙な言葉に、私はラーラさんと顔を見合わせて首を捻った。
作中の歌詞は「恋はやさし、野辺の花よ」です(著作権は調べたかぎり問題ないようなので)
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