前々々夜からきっと、君を……
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次回の更新は、11/4です。
一つ考えが纏まると歯車が一気にかみ合って動き出すように、あれよあれよと決まっていく。
これは今菊乃井に皇子殿下がご滞在くださってるから、上との意思の疎通が早いってことと、その会議の内容を先生方が転移魔術で各方面にご連絡くださるからだ。
情報共有と伝達が早いんだよな。
お蔭で大分他の貴族達より情報戦は優位に立てる。
アンジェちゃんに呼びに行ってもらった皇子殿下方に、北アマルナへの支援の話をすると、二人とも「悪くない」って反応だった。
とはいえ。
「最終手段ではあるな」
「はい。解呪が間に合わないというか、一気に北アマルナに病が波及したときの非常手段だと思っていただければ」
眉間を揉む統理殿下と同じくらい苦い顔のシオン殿下。
実は……と教えてくれたことだけど、北アマルナをはじめとした他国へ帝国の持つ最先端技術である遠距離映像通信魔術用の布を貸出することに異論がなかった訳じゃないとか。
あれは菊乃井でしか今のところ作れないし、魔術の解析も宰相閣下と同等程度の実力がなければ出来ないような、ブラックボックス的封印を課している。
国家機密みたいな扱いの布を、他国に貸し出すことは帝国を危うくするのでは……と。
でも世界規模の病気の大感染だ。帝国だってほぼ克服したっていうけど、それだってやっぱり立ち直っていない地域はまだ沢山ある。
そして怖い話だけど病気ってのは変質していくんだ。人から人に感染していく過程で、より薬が効きにくく、より感染力が高くなったり、より毒性が強くなったり。
帝国で病を鎮圧できたとしても、他国で変質したそれがまた戻ってこないとは限らない。
なら今、対応出来ている時点で撲滅に動き出さないと。
渋る連中をそう説得したらしい。
ついでに次男坊さんが出したシュタウフェン公爵家が受けた損害情報も提示したそうな。
ロックダウンした現行と、しなかった場合の予測と合わせて。
死者数が段違いだし、その死者数から考えた領地の生産力の低下とか、凄く恐ろしい数字がでたらしい。
菊乃井だってロックダウンで受けた損害に関しては報告したし、ロックダウンしないで祭りをやった場合の感染予測とか出したら皇子殿下方が震えあがってたな……。
閑話休題。
とりあえず皇子殿下方としては、北アマルナが助けを求めてくるのであればこの方法を提示することは可能だとした。
なのでロマノフ先生とヴィクトルさんには宰相閣下と皇帝陛下の元へ連絡にいっていただいた。
で、結果としてはやっぱり「最終手段」ってこと。
まずはネフェルティティ王女殿下に頑張っていただこう、そういうことだ。
ラーラさんには雪樹のカーリム氏のところに、早速マンドラゴラのござる三兄弟を連れて行ってもらった。
カーリム氏の元にはなんと早馬どころか早小型ドラゴンで、ネフェルティティ王女殿下の親書が届いたところだったそうな。流石ネフェル嬢だ、動きがお早い。
それで、その夜。
「正直言うとな、ネフェルだけでは危うい」
「……そうですか」
イゴール様と氷輪様と連れだって、ロスマリウス様がおいでになった。
お持ちくださったラグに、調理長の作ったお菓子とコーラとハーブティーが並ぶ。
ロスマリウス様はコーラを飲みつつ、凄く苦い顔をされた。
なんでもネフェルティティ王女殿下の神聖魔術は弱い訳じゃない。むしろ年を考えればかなり強力と言って過言じゃないそうだ。
だけど件の病と魔族の相性が致命的に悪いとか。
「魔族ってのは、堕ちた神と人なり獣人なりが結ばれて生まれた種族だ。神威は失せているから呪いは効きやすい癖に、他の神の神威を借りた干渉……要は祝福とか加護だな。そういうのを受けにくい」
「では神聖魔術による祝福や解呪は受け入れられにくい、と?」
「そうだな。今のネフェルでは荷が重かろう。軽症患者には効くだろうが、重症患者にはどうか……」
苦い言葉に、眉間にシワが寄る。
けど、けろっとした顔のイゴール様が「そんな悲観的にならなくても」と。
どういう意味かと首をイゴール様のほうに向けると、イゴール様が「ん?」と首を傾げた。
「や、だって。菊乃井の祭りの音楽聞かせるんでしょ? 鳳蝶だけじゃあれだけど、レグルスや奏や紡の魔力も乗るし、アンジェだっけ? 末の子のお気に入りの女の子。あの子が頑張れば、艶陽が喜んで祝福の大盤振る舞いしてくれるよ。武闘会もブラダマンテって娘や皇子達が頑張るだろうし」
『それに百華の力が増している。それはお前が使う神聖魔術の効力も大きくなるということだ。案じるよりもやってみるがいい』
穏やかな表情で頭にターバンを巻いた、氷輪様が頷いて下さる。
本日の御召し物は、なんだ? 頭にターバン、首にはマフラー的な巻き物、簡素なチュニックにリュートをお持ち。吟遊詩人?
魔族の国に関しては見通し的には危ういけど、祭りの様子とか音楽を配信出来れば何とかなる。ようはそういうことかな?
それなら後はどれだけ大人達が柵をとっぱらってくれるかだけど、これは信じるしかない。
でそうになるため息を飲み込んでいると、急に部屋にいくつもの光が浮かぶ。じっと見ているとそれはやがて人形を結んだ。
でも頭頂に猫耳。イシュト様だ。
「いらっしゃいませ」
ぺこりと頭下げるとイシュト様は鷹揚に頷かれる。
そんなイシュト様にイゴール様がへらっと笑った。
「あ、来たね」
「おお、山の。武闘会の出場者を見てきたんだろ? どうだ?」
氷輪様がご自身とロスマリウス様の間に場所を開けると、すとんとそこにイシュト様が腰を下ろされる。そして持って来ていた徳利のお酒を一口飲み込むと、ロスマリウス様に向けてにっと唇を歪ませた。
「中々面白いことになっているな」
「へぇ。お前好みのやつがいたか?」
「うむ。余の加護を与えてもよいと思えるのがそこそこいた」
思わず遠い目になる。
菊乃井のダンジョンって初心者に優しいダンジョンなんだよ。勿論上級者も適当に稼げる。
だから菊乃井冒険者頂上決戦は、初心者からあともうちょっとで上級者になれるかもって感じの冒険者達が、上級のジャヤンタさん達のパーティー・バーバリアン、或いは上級に至ったばっかりのエストレージャに胸を借りる試合展開になる想定だったんだよ。私の予測では。
けど蓋を開けたら、そりゃ菊乃井では初心者から中堅クラスのエントリーが多いよ?
だけど他所からのエントリーがおかしいことになってるんだよ。
その実力の底上げをしてるのが誰なのかって話だよね。
「間違いなく貴様だな」
「……ですよね……」
駄々洩れの心の声に、イシュト様が「クッ」と笑って答えを下さる。
違うんだよなー。私は菊乃井をRPGでいうところの始まりの町にしたかったんだ。けど現状はラスダン手前の町のありさま。どうしてこうなった……?
強い冒険者を集めるのと、初心者冒険者にこれでもかって付与魔術付けた色々を卒業祝いに低額で販売してるからだよね。知ってる。
「で? 山の。お前の予測では誰が勝ちそうだ?」
「どれも良い。だが余が今一番気になる余が加護を与えた者、ではない」
その言葉にイゴール様もロスマリウス様も「おや?」って顔だ。氷輪様も珍しく驚いたような雰囲気。
イシュト様の今一番気になる人って、武闘会に出てこないのか。それはそれは。
となると武神山派や菊乃井の中にはいないのかも知れないな。
そう考えたところでイシュト様が首を横に振られた。
「アレは武闘会自体興味がない。名を上げる気もない。どちらかといえば、市場の方が気になるそうだ」
「え? そうなんですね」
何となく頷けば、ロスマリウス様が私を指差す。
「コイツは出ねぇだろ? 立場ってもんがあらぁな」
それにイシュト様は「違う」と答えられて。
「アレの本分は歌劇団の娘役の一番手というものになることだそうだ。武道はあくまで自身と、自分の大切なものを守るために修めているだけにすぎぬ」
イシュト様は何処か楽しそうだ。
っていうか、歌劇団の娘役一番手を目指してるのにイシュト様の加護があるってどういうことなの?
お読みいただいてありがとうございました。
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活動報告にも色々書いておりますので、よろしければそちらもどうぞ。




