複雑にしたのは誰でなんのためなのか?
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次回の更新は、10/18です。
さて翌日。
私達兄弟と、皇子殿下方は朝から日課の畑仕事。
皇子殿下方まで参加しなくていいって言ったんだけど、昨日紹介したリューネブルク産マンドラゴラと親睦を深めるためにってことみたい。
皇子殿下方は私と同じく魔物使いの才能はないようで、主従関係になったとしてもマンドラゴラの言葉は解らないそうだ。
なので単語帳を作って意思疎通を図っている。
万が一マンドラゴラが帝都で増えるようなら、皇室にマンドラゴラとの意思疎通を助ける通訳として魔物使いを派遣することも考えた方が良いかもしれないな。
そういうことを話すと、皇子殿下方は「ラシードでいいんじゃ?」という反応。
これにラシードさんはというと。
「俺、微妙に出自がややこしいぞ? その辺がヤバいだろうから、やめといたほうがいいんじゃないかな」
こんな感じ。
冬に植えておいたキャベツの葉の巻き具合もいい感じに仕上がって来た。
「その出自を隠しきるなら悪い話じゃないぞ? 菊乃井以外でも雪樹の民が必要とされる場所を模索出来るじゃないか」
「それはそうかも知れないけど、俺一応里長になる訳だから帝都にいつもいる訳にはいかないし」
会話の成り行きを見守っていると、首を縦に振らないラシードさんの反応を、皇子兄弟は楽しんでるように見える。素直に本音で付き合える相手がいるのが楽しいんだろう。遊ばれとるな。
断りあぐねるラシードさんを見ている私の、その生温かい視線に気が付いたのか皇子殿下方が目をそっと逸らす。
しかし、だ。
「皇子殿下方が仰ることにも理はありますよ。菊乃井の政において魔物使い達が重要な事業を担うのであれば、それを取り入れる領地も出てくるでしょう」
「それは、たしかに」
素直に頷くラシードさんに、言葉を重ねる。
「そういう場所の領主と交渉して、その地で働く魔物使いの地位と名誉と報酬を保証させるのも貴方の仕事になりますね。それは将来人材を育成して、各地に派遣するという事業の一環になる」
「ああ、あくまで所属は菊乃井。その領地には技術を提供するだけってことか」
「その方が、足元を見られにくい。寄らば大樹の陰ともいいます。菊乃井の庇護下にあると思われたほうが都合がいい」
語尾に「今は」と付けるべきなんだろうけど、そこはあえて付けない。権勢が上向いてるときはそれでいいけど、下向きになったときはかえって悪いことになりかねない。それはラシードさんが判断することだけど、今はまだ形になってないことを気にするより未来に向かって進むときだ。
とうのラシードさんは「なるほどなぁ」とか言ってるけど、統理殿下が苦笑いする。
「ラシードの引き抜き話をしてたのに、菊乃井の新規事業での魔物使いの長の立ち回りの話に変わったぞ?」
「中々上手くいきませんね。次はどうやって仕掛けましょう?」
「ラシードの魔物達に賄賂でも送るか? 将を射んとする者はまず馬を射よというし」
「ちょっと、そこ。聞こえるように悪だくみしない!」
油断も隙もない。というか、この二人ついでに私でも遊んでるぞ。
若干イラっとするけど、キャベツ畑の向こうでレグルスくんがマンドラゴラと踊ってるのを見ると癒される。
このダンスも意味があるらしくて、レグルスくんがござる丸から聞いた話によると成長促進効果があるそうな。
どう考えても、私よりレグルスくんに魔物使いの素養がある件。
でもタラちゃんとござる丸と颯とグラニの言ってることくらいしか分からないんだってさ。それでも絶対私より才能あるよ。私は土に埋まってるマンドラゴラの話くらいしか分かんないもん。
感心しながら眺めていると、私に気が付いたレグルスくんがにぱっと笑って手を振ってくれる。お手振りいただきました!
脳内で幸せ物質がドバドバ生成されてるのを感じていると、ジト目で私を見てるシオン殿下が目に入った。
「なんです?」
「いやぁ、僕も大概だけどさー……」
「大丈夫ですよ。私より上がいるし」
「え? そんなのいるの?」
「奏くん」
「君さ、五十歩百歩って知ってる?」
「目糞鼻糞を笑うも知ってますよ」
ふふふ。
にこやかだけど、見る人が見れば私の背中にもシオン殿下の背中にも何かがいて「フシャーッ!!」って威嚇し合ってるのが見えると思う。
その雰囲気に怯えたのか、ラシードさんは「俺、レグルス手伝って来るな」とそそくさとレグルスくんのいるキャベツ畑の方へと逃げて行った。
苦笑いを崩さないまま、統理殿下が声を潜める。
「シュタウフェン公爵家の魔物使いだが」
シオン殿下はラシードさんが席を外すことを狙って仕掛けてきたんだろう。
統理殿下に頷くと、二人とも神妙な表情になる。
「報告が上がりましたか?」
「ああ、雪樹の一族の次男坊だそうだ。本人の口から、呪いを受けてるのも聞いていたらしい」
「ラシードの次兄のほうは呪われていることを理由に『自分がいれば悪化するかも知れないから』って、領から退去しようとしたそうだよ。だけど……」
ちょっと微妙な表情になりつつ、シオン殿下が説明してくれたことによると、ラシードの次兄は件の病がシュタウフェン公爵領に流行るしばらく前に、彼の地に流れ着いた。それも相当に草臥れた姿で。
そこを偶々次男坊さんに拾われたとか。
顔にどう見ても物凄い呪いを受けてる証はあるし、何より額に角が一本、連れている使い魔は帝国では珍しいガルムという犬の魔物。
私が手紙で知らせた、雪樹の一族の騒動に纏わるあれこれの中心だった男の容姿と当てはまる。
なので次男坊さんは早々に、その草臥れた男がラシードさんの次兄・ザーヒルだと気が付いていたそうだ。
だからって何も追及することなく、黙ってやりたいようにやらせてたある日。当の本人が自分のことを話したそうだ。
でも次男坊さんは「ふぅん」で終わらせた。それだけじゃなく、何と無しにザーヒルを色々連れ回してやったみたい。
ザーヒルの態度が軟化して、次男坊さんのダンジョン巡りとかにもついて来るくらいになった頃にロックダウン騒動がやってきた。
ザーヒルはシュタウフェン公爵領に疫病が蔓延したのを、自分の呪いの余波だと考えたらしく、自主的にシュタウフェン公爵領から退去しようとしたそうだ。
しかし、これを次男坊さんは許さなかった。
「アイツ『一々呪いをかけた後、神さんがお前のことなんか気にするか、自意識過剰野郎! そういうのは神さんに「お?」って思われるような働きをしてから言えや! この、すっとこどっこいのスカポンタン!』って怒鳴ったんだってさ」
「わぁ、身も蓋も底もない……」
「まあでも、それで気圧されて粛々と協力していたそうだ。今もグチグチ言いつつ、次男坊の後始末を手伝ってる」
「仲良くやってるんですね」
皇子殿下方の説明を聞いたけど、なんか複雑だな。
いや、呪いを受けてても次男坊さんなら平気なんだろう。加護があるからじゃなくて、なくても「お前はお前」って言いきれそうな豪胆さがあるもん。イゴール様に気に入られてるのはそういうとこみたいだし。
ただ問題は、そのザーヒルの今をラシードさんにどう伝えたもんか……。
兄の安否は常に気にかかってるようで、彼は一日一回「兄貴、無事だよな?」って聞いて来る。何かあれば私に報せが来るような魔術はかけてるけど、命の危機に無いってのが分かるだけで、衣食住が賄えているか、誰か傍にいて孤立してないかまで分かるようにはしてない。
悪い状況ではない。ではないけど、どうなんだろうな?
視界の端で、レグルスくんに手を引っ張られて踊るラシードさんが見えた。
なんだってこう、世の中は勝手に複雑化していくのか。
皇子殿下方と顔を見合わせると、深々と三人でため息を吐いた。
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