一つの終わり、一つの始まり
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次回の更新は、10/11です。
花の香りが風に乗って庭にやってくる。
湧きたつような浮き立つような。
そんな気持ちで庭に立つ。
シュタウフェン公爵領で軽症だった最後の患者達が、完全に治って七日。彼の領のロックダウンが終わった。
それから三日、自主隔離をしていた大根先生とブラダマンテさん、それからタラちゃんとござる丸をリーダーとした精鋭マンドラゴラ医療班が帰って来る日だ。
私やひよこちゃん、ロマノフ先生にヴィクトルさんとラーラさん。それからロッテンマイヤーさんが揃って待っていると、中央に魔力の大きな渦が。
「やあ、ただいま」
「ただいま戻りました」
「ゴザー!」
『ただいま戻りました』
「戻りました、ご主人様」
ブラダマンテさんをエスコートした大根先生と、背中にござる丸を乗せたタラちゃん。他にもしゃてーやめぎょ姫、ライラもアメナも、うさこも皆欠けることなく無事だ。
「お帰りなさい!」
「おかえりなさい!」
長きに渡る活動の疲れもあるだろう。
込み入った話はお茶をしながら。
そんなわけで、マンドラゴラ医療班の一時解散を指示すると、タラちゃんもござる丸も私の部屋へと帰っていく。
他のマンドラゴラは畑の土に埋まりにいったようだし、蜘蛛達もそれぞれ落ち着く場所へ。ライラやアメナはラシードさんやイフラースさんのもとに走っていった。その背中にめぎょ姫が乗ってたのは気のせいじゃないんだろう。
ロッテンマイヤーさんの指示でエリーゼや宇都宮さんがお茶を調えてくれてたんだけど、二人ともその香りにホッとした表情を見せた。
「長い間、お疲れさまでした」
「まあ、一月ほどか。菊乃井とは勝手が違ったが次男坊殿? 彼が良くしてくれたよ」
「まずは病が落ち着いてようございました。人々の顔に笑顔が戻ったことが何よりですわ」
労いの言葉に、二人が穏やかに返す。
定時報告で聞いていたけれど、シュタウフェン公爵領に救援に入ったときはそれよりもっと酷かったみたい。
マンドラゴラ医療班のマンドラゴラや蜘蛛ちゃんに要らんことをしようとした人間がいたり、ブラダマンテさんに卑猥な言葉をかけたり。かと思えばエルフである大根先生には阿るような者もいたそうだ。ほぼ全部シュタウフェン公爵家の人物で、次男坊さんに報告すると速やかに制裁されたそうな。
「父親の枕元に見舞って果物を剥いてたらしいが、うっかり手が滑って枕にナイフを突き立ててしまったらしい」
「兄上の枕元でも『うっかりやらかして~』と仰ってましたわ」
まあ、そういうこともあるだろう。
跡取りならぬ身で頑張ったんだもん、疲れて手も滑るさ。
実際次男坊さんは精力的に働いたそうだ。
神聖魔術は使えるけど、彼もどちらかといえば楼蘭教皇国式のほうが得意。でも何とか弓の弦を弾いて邪気を祓う弦打の儀で、解呪を頑張ったとか。
知り合いに頼み込んで、物凄い徳の高い司祭さんが使ってた弓を借りたんだってさ。出所はナイショだそうだけど、ブラダマンテさんにはその弓に見覚えがあるらしい。
この辺は多分触っちゃいけない。
他にもマンドラゴラ医療班を怖がる人には、直接次男坊さんとそのお抱えの魔物使いの人が安全だって説得に行ったそうだし、実際にマンドラゴラに世話される人を傍で見守って上げたり。
感染の危険があってもきちんと最前線に行って説得や説明をする姿は、日頃から彼を知る人々は勿論、シュタウフェン公爵家の一員として彼を嫌っていた人すらも感激させたとか。そのお蔭で次男坊さんの支持率は、お家の支持率と反比例するように上がってるそうだ。
彼が獅子王家へ出ることになって、どれだけの領民ががっかりするだろう。それも御上の狙いなんだから仕方ない。
シュタウフェン公爵家の分家筋の人達も、この流れにはちょっと危機感を抱いているみたい。
何も知らないって言ってるのに、大根先生やブラダマンテさんに絡んで、その報告を受けた次男坊さんに睨まれて小さくなってたそうだ。
聞いているだけでもシュタウフェン公爵家の内情が次男坊さんに都合のいい状態なのが分かる。
なるほど、妹さんも彼と一緒にシュタウフェン公爵家から切り離そうとするはずだ。だって置いといたら必ず良いように利用される。
大きなため息を吐く。
口の中が苦い感じがしてお茶を飲むと、ぽんっとブラダマンテさんが軽く手を打つのが見えた。
「そういえば、魔物使いの方」
「ああ、どんな方でした?」
「それが……」
言い淀んだブラダマンテさんは、とても複雑そうなお顔。
なんだろうと思って大根先生に目線を移すと、こちらも凄く複雑そうで。
どちらも口を閉ざしてしまって、暫く。
ブラダマンテさんが手を握ったり閉じたり戸惑いながら話してくれた。
「顔に痣が……」
「痣……?」
痣。
もしかして何処かの領で病気をもらってたんだろうか?
訊ねればブラダマンテさんが首を横に振った。
大根先生も同じく、厳しい顔で「否」と言う。
「あれは今回の病とは関係ないと思う。種類が違うというべきだろうか?」
「あのような痣は、人の呪いで付くようなものではありません。あれはもっと大きな……」
その言葉に緊張が走る。
もしかして、いや、まさか。
それは私だけが感じたことじゃなかったみたいで、隣でミルクを飲んでいたレグルスくんが顔を上げる。可愛いお顔に白いおひげが出来てるけれど、それに現実逃避は許されなかった。
「あにうえ、もしかして……?」
ビックリしたのかおめめが丸い。
内心の動揺を押し殺して、私はブラダマンテさんに声をかけた。
「その痣は、赤黒く生きているように拍動する蔦状では……? あと、その人、額に」
「はい、角が一本。痣も鳳蝶様が仰ったとおりでした」
ブラダマンテさんによるとその人は怖がられても嫌がられても、根気よくぶっきらぼうで不愛想ではあったけど言葉を尽くして、マンドラゴラの看病を患者さん達に受けさせていたそうだ。
しまいには小さな子ども達から「角のおにいちゃん」と慕われていたらしい。
マグメルの聖歌も私の歌も、彼の拍動する赤黒い痣を薄くすることはなかった。もうその時点で誰に呪われているのか、ブラダマンテさんには何となく解ったらしくて、どうしたものかと思ったという。
何というめぐり合わせ。
驚きつつも事情を話すと、ブラダマンテさんも大根先生も「ああ」と呻く。
ラシードさんの次兄・ザーヒルのことは一応話してあるから、二人とも天を仰いだ。
これが善行として認められるかは解らないけれど、彼の存在が誰かを助けることに繋がったのはたしかだろう。
次男坊がラシードさんの派遣を断ったのは、もしや何かを悟っていたからかもしれない。
その日はブラダマンテさんや大根先生を労うためのささやかなパーティーをして、解散。
それから三日後、約束通り皇子殿下方がお供の近衛の副隊長を伴って菊乃井にやってきた。
何故か物凄く大きな荷物と一緒に。
ソーニャさんが付き添いとして転移して来たわけですが。
「……要らないって言ったじゃないですか」
「俺達も遠慮するなと言っただろう?」
誕生日プレゼントだそうだけど、誰がオリハルコンみたいな希少金属でタンス作ってくれって頼むんだよ。
あまりなことに、皇子殿下方が乗った馬車ごと敷地外に出してやろうかと思っちゃった。
だけど先読みしたかのようにソーニャさんが「まあまあ」と手をひらひら振る。
「これね、彼の名工ムリマが退屈まぎれに作ったタンスなのよ! 見て見て、猫脚の細工が可愛いのよ~」
「あにうえ、ムリマさんだって! あしのところ、ほんとうにぽちのあしみたいだよ! しっぽもついてる!」
ああ、にくきう可愛いよね。はしゃぐレグルスくんも、超可愛いよね。
「ということで、お邪魔するね!」
「今日から暫くよろしくな!」
お祭りまであと五日。
鳥がぴーひょろろと長閑に飛んで行った。
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