沼の住民互助会
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次回の更新は、9/27です。
レグルスくんの傍にいたヴィクトルさんとラーラさんが目を逸らす。
それを尻目に奏くんがしれっと「だからひよさま家にいた方が良いって言ったじゃん」とか言ってるけど、まさしくだ。
菜園の世話を皆でしてたときに、ドラゴンさんはおいでになったそうだ。
それで改めて「菊乃井歌劇団の公演見たいねん」とドラゴンさんにお願いされたレグルスくんは考えた。
だって私が留守。
だから町に行ってもいいよとは言えなかった。なのでヴィクトルさんにお願いして、去年の帝都の記念公演を幻灯奇術でうちにあった布に投影して見てもらったそうな。
今二周目してるらしい。
城から下りる前からメタリックグリーンの大きいものが鎮座してるなとは思ったけど、実際に城から出て家の庭でドラゴンさんを見ると本当に大きい。
という訳で、庭に面したリビング。
スクリーンに見入ってるドラゴンさんに声をかけるのも無粋な気がして、私達はお茶だ。
「私はてっきりアンジェちゃんのご両親絡みで何かあるのかと思ったんだけど」
「えー? アンジェちゃんのクソ親父達なら捕まったぜ?」
「は?」
「シエル姉ちゃん達の寮に忍び込もうとして、衛兵さんにしょっ引かれたってローランのおっちゃんが言ってたぞ」
「マジか……」
奏くんの情報に、ヴィクトルさんが頷く。
ロックダウンが明けてすぐのこと。彼の夫婦はシエルさん達菊乃井歌劇団のお嬢さん達の寮に、不法に侵入しようとして現行犯で捕まったそうだ。
娘に会いに来たって言ってるけど、招かれざる者が家屋に勝手に侵入するのは罪なんですわ。
懐に宿屋の備品も入ってたから、牢屋で余罪を追及されてるとか。
初犯なら罰金のうえに所払いかな。悪質クレーマーとして、数年菊乃井出禁も追加しておこう。
紡くんは持ち前の好奇心がうずうずするのか、ドラゴンさんを観察してるし、その様子をメモしてる。
それはそうとして、シュタウフェン公爵領の様子を少し皆に話す。
空から覗いただけだけど、混乱とか暴動が起こっている様子はない。空気は僅かに淀んでたけれど、菊乃井で封鎖した宿の最初の雰囲気があんな感じだったように思う。
だからマグメルの聖歌隊の歌が効けば、淀みも晴れていくはずだ。
そんなことをお茶を飲みつつ説明すると、皆が真剣な顔で頷いた。
あとはギルドの転移陣経由で楼蘭教皇国から人員と食料とか医療品が届く手筈。
町の様子は次男坊さんも遠距離映像通信魔術用のスクリーンを使って、逐次獅子王閣下と皇子殿下に連絡を入れることになってるそうだ。
私には大根先生とブラダマンテさん、うさこが連絡してくることになってる。
菊乃井は疫病に関してはもうすっかり落ち着いた。
ルマーニュ王国からの旅人に関しては徹底的に隔離してるし、それ以外の地域からやってくる旅人に関しても、イゴール様のお守りを持ってるかいないかでちょっと対応を変えてる。
持ってる人達は疫病対策をしている地域から来てると判断して、軽い問診と診察。持ってない人達は問診して暫く隔離。そんな感じ。
お蔭で宿屋に使えるくらい、組み立て住宅があるよ。落ち着いたらグランピング施設とかに転用してやる。
帝国のほぼ大半の領地が菊乃井式防疫対策を始めたことで、帝国全体では病は必要以上に恐れなくていい存在にはなって来てるみたい。
これでシュタウフェン公爵領の感染が押さえ込めたら、親シュタウフェン公爵派も折れざるを得まい。
あとは外国、それも一番の根の部分だけど……。
押し黙って考えてる耳に、コツコツと何かを叩く音が庭の方から聞こえる。
顔を向けると、ドラゴンさんが爪で窓をコツコツしてた。
ロマノフ先生が窓を開けると、ドラゴンさんが顔を窓に寄せる。
「やー、ええもんみたわー! あ、お帰り。お邪魔してます」
「いえいえ、ようこそ。留守にしていて申し訳なかったです」
「ええんよぉ。うちが勝手に来たんやし」
ひらひらと手っていうか前脚? それを動かして愛想よく言ってくれる。
気遣いが同族より出来てる。頼みもしないのに、付き合いのない親戚と面会させるシュタ何とか公爵に爪の垢を煎じて飲ませたいくらいだ。爪の垢なさそうだけど。
それでドラゴンさんの御用だけども。
「歌劇団の公演はそんな感じなんですけど」
「凄いけど、これ、生で見れんの?」
「座席の大きさが人間用なので小さくなっていただければ……」
「うち、大きさ変える魔術苦手やねん」
しょぼん。
落ち込んでしまわれた。なんか罪悪感を感じる項垂れぶりに、レグルスくんが私をじっと見る。その目が「あにうえならなんとかできるはず」って言ってて、言ってて……。
しょぼんとしてるドラゴンさんの雰囲気と合わさると、これはなんとかしないといけない気になってくる。
「あの、今度お祭りがあるんですけど」
「お祭り?」
「はい。そこで生で公演を見られるように手配しましょうか?」
「ほんまに!? うれしいわぁ!」
ぱあっとドラゴンさんの目が輝く。爬虫類ってあんまり表情あるように感じないんだけど、このドラゴンさんは喜怒哀楽が激しく解かるような。
奏くんやロマノフ先生の顔が「あーあ、流された」って言ってる。でも沼の住民がしょぼんとしてたら手助けするのは、同じ沼の住人としては致し方ないんだ。
内心で言い訳を重ねていると、ドラゴンさんがハッとする。多分。
「でも一方的にしてもらうばっかりは悪いから、うちもお礼するし!」
「え? や、別に、大丈夫ですよ?」
「あかんよ、いいもん見せてもらえるんやし」
バサッと背中で翼がはためく。
ゆったりとドラゴンさんの身体が地面から離れるのが見えた。
「次来るときはええモン持ってくるさかい!」
「あ、お祭りの予定日なんですけど……」
空を飛ぶ準備に入ったドラゴンさんに日にちを伝えると、コクっと首が上下する。そして来たときと同様唐突に「ほななー!」と天へと飛んで行ってしまった。
「で。なんであのドラゴン、歌に興味あんの?」
「あ、聞きそびれた」
ショック。
私もだけど、理由を聞きたかった紡くんも同じくらいショックを受けてるんだろう。そういう表情になってた。
どこか緊張した毎日の中に、唐突にこういう訳の解らないことがあるってのは、張り詰めた物を良い感じに緩ませる。
世界ってそういう物。
その理不尽さに怒りを覚えることもあれば、お腹を抱えて笑えることもある。今回は笑える方だった。そういうことだろう。
そんなわけで、この日はこれでわちゃわちゃしながら終了。
次の日は動物の世話と菜園の世話を終わらせて、皇子殿下方との定時報告会。
今日はレグルスくんも同伴。
一応ドラゴンさんが菊乃井のお祭りに参加することを、警備の問題があるから話しておく。
すると二人とも半目でため息を吐いてくれた。
『お前、それ悪意はないからいいけど、普通は物凄い騒ぎになることだぞ?』
「でも対話できるし。悪意がない相手に敵意で接するって無理でしょう?」
『それは、まあ』
頷く統理殿下に、ビミョーに嬉しそうなのがシオン殿下だ。何でだろうと思ってると、レグルスくんがシオン殿下に話しかけた。
「シオンでんか、ドラゴンさん、マリアさんのおうたもすきかもです」
『うん、中々趣味が合いそうだよね。鳳蝶が招待するくらいなんだし』
「歌劇団を好きでいてくれる人に、悪い人はいないんですよ」
思い込みだけどね。
雑談はそこまでとして、シュタウフェン公爵領の話に入る。
『大分重症患者が減っているらしい』
「なるほど」
ここまではまず、狙い通りだ。
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