重き荷を背負って歩くがごとしとはいっても
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次回の更新は、9/13です。
菊乃井がロックダウンしていても世界は回っていた。
そのなかでいくつか解ったことなんだけど、まず菊乃井で件の病を発症した夫婦は、先にロートリンゲン公爵領に立ち寄っていた。
だけど幸いなことにロートリンゲン公爵領では、件の病を発症した者は出なかったそうだ。
ただ夫婦が乗った乗合馬車が悲惨なことになったようで、菊乃井で夫婦を降ろして向かった他領に病をまき散らしたそうな。
菊乃井の水際対策が完全に機能する前の話だけど、この辺はちょっと悔やまれる。機能してたところで乗合馬車の停車場は菊乃井の関所の外だから、何とも出来なかったかもしれないけど。
それと何故夫婦が菊乃井で発症したか、なんだけど。
これはもう盲点というか。
夫婦の魔力量が菊乃井で跳ね上がったために、呪いが発動したみたい。
菊乃井で使われる野菜などなどは魔術を使って育てられていて、それを食べた領民達は格段に魔力保有量が上がっているそうで。
もともとそこそこ素質がある人が菊乃井で食事を摂ると、その人の魔力量を上げる効果が出る。それがこの夫婦が病と呪いを持ってたために、悪い方に作用したという。
しかし良いことも解った。
宿屋夫婦が件の病に感染しても、さして症状も呪いも出なかった理由だ。
彼らは宿屋を開いていたから規則正しい生活を送っていて、そこそこ体力もあった。そこに精霊の贈り物……ようは精霊の祝福がかかった物を長く食べていたお蔭で呪いに対する抵抗力がかなり上がってたみたい。
つまり菊乃井は病の感染が起こると大変なことになりやすい土地ではあるけど、領民のほとんどがその病と戦い得る土地だったわけだ。
更に。
「菊乃井は百華公主様の御座所といってもいい土地。かの姫神様は癒しを司るお方だ。その方が人間達に少しばかり目こぼしをしてやると仰ったからだろうね。疲れや病を癒す力が、そこここに領民達が植えた花々から感じ取れる。それも作用しているんじゃないか、というのが今のところの我ら研究者チームの見解かな」
「姫君様の……!」
大根先生がお弟子さん達が出して来たレポートの詳細を教えてくれた。
そのどれもに、街中にある花壇や民家の植え込みから、魔術になる寸前の微量な癒しの力を感じるっていうのがあったんだって。
特に回復魔術の研究をしている識さんや、魔術音楽療法を研究しているハリシャさんは詳しく測定までしてたとか。
「というわけだから、吾輩が言うまでもないだろうけどお祭りは力を入れてやった方がいいね」
「はい、勿論!」
という訳で、ロックダウン以降はじめて演奏の練習のために集まった皆に共有しておく。
皆の手首にはイゴール様の神殿から購入して、領民全てに配布したミサンガが巻かれている。
奏くんに尋ねると「父ちゃんも母ちゃんも喜んでた」とのことで。
「なんか、腰痛とか肩こりにも効く気がするってさ」
「あー、医学の神様だしね。御利益あるかも」
「おれも紡もイゴール様のご加護あるから、肩叩きとか腰揉んでやるとかなり楽になるらしいんだけど、ミサンガつけてるともっと効く感じするんだって」
「……そんな効果あるの?」
「知らんけど」
「知らんのかい」
適当だなぁ。
でも奏くん、物怖じしないついでに時々イゴール様にマッサージの方法とか教わってるらしい。
その方法が神殿に行って「イゴール様ー! ちょっと教えてー!?」って叫んで、来てくれるイゴール様に色々ご教授いただいてるんだって。それで奏くんが許されてるのは、教わった手技を惜しみなく他の人にも教えて、イゴール様を信心するように言ってるからだろう。
ともあれ「イゴール様の御利益があるかもね」っていうのは菊乃井では浸透しつつあって、体調が良いのも御利益の一つに考えてる人も多いらしい。善きかな。
半月前後の停滞はあったものの、祭りの準備は進む。
以前マリアさんが「前座を」と申し出てくれたことにも漸く返事が出来た。
やっぱり前座だけでマリアさんの出番が終わりっていうのは凄く勿体ない。なので歌劇の始まりだけでなく、武闘会の開会を告げる歌を歌ってもらって、優勝者にお花や賞品の目録を渡す役目もやってもらえばいいかなって。
だって帝国一の歌姫だよ? トップアイドルだもん。
これに関しては手紙を書いて、ラーラさんにマリアさんのところに届けにいってもらったんだけど、快く「誠心誠意務めます」と善きお返事をもらった。
それと同時にマグメルから、聖歌隊も遠距離映像通信魔術でお祭りに参加したいという連絡があって。
菊乃井は病をいち早く克服して、その対応メソッドを確立しようとしていることに敬意を表したいっていう理由から。
もともとマグメルの神聖魔術の乗った歌は菊乃井でも聞けるようにしようとしてたから、拒む気は全然ないんだけど、音楽的な権威ある聖歌隊の歌だから扱いが少々難しい。
なのでこちらはお祭り全体の開始を告げる歌を歌ってもらうことに。
なんか一地方のお祭りなのに大規模になって来ちゃったよ。
因みに、マグメルの聖歌隊の歌は帝国全土希望する領には届くように、遠距離映像通信魔術用のスクリーンの配布が始まってる。
獅子王領と天領、梅渓公爵領にロートリンゲン公爵領、リューネブルク侯爵領に辺境伯領、それから主だった上級貴族領は配布どころか買取を申し出たそうな。
けど思ったとおりシュタウフェン公爵領は拒否。
言い分としては「病は気からというし、毎年感冒で沢山の民が死ぬのと何が違うのか解らない」だとかなんとか。
次男坊さんからイゴール様経由で渡した資料のお礼の手紙が来たんだけど「最悪、親父と兄貴の二人とも半殺しにすることも考えてる」ってあった。どうにか穏便に次男坊さんに領地の指揮権が渡ってほしい。
遅々として対応が進まないところもあれば、防疫対応が迅速に行われている所もある。
シェヘラザードだ。
晴さんが学んだ菊乃井の対策を早速実施していて、マグメルの聖歌隊の歌を全ての市民が耳に出来る状況を作るべく、帝国から遠距離映像通信魔術用のスクリーンも購入したと聞く。
待機所も療養所も、既に準備が完了したとか。迅速。
理由としてはロックダウンに入る状況になったら、人心が荒廃する。
菊乃井で領民の不安や不満をいなせたのは、大事になる前にきちんとロックダウンの必要性を説明し、我慢を強いる代わりに出来るだけ領民の心の安定に努めたから。それには歌劇団や私の歌がとても有効だったから、ってね。
他の地域もこの対応には興味をもっているようで、他国から帝国だけじゃなくシェヘラザードにも防疫に関して接触があったそうだ。
帝国もシェヘラザードも、菊乃井のデータを求める国には開示すると言ってる。
で、こういうとき残念な動きをするのがルマーニュ王国なんだよなぁ。
帝国からデータを開示しようかと打診したにもかかわらず、件の病は通常の感冒であって特殊な病ではないって言い張ってるんだってさ。そして集団免疫の獲得を目指すそうな。つまり何にもしないんだってよ。
頭が痛いな。
黙っておくわけにもいかないからルイさんにこの報せのことを話したんだけど、物凄い顔をしてたな。
物思いに耽りながらも、目の前に置かれた箏をつま弾く。
練習を重ねたお蔭か、指が上手く動くようになってきた。これに歌を付けるのも、今や何とか形になってる。
「あにうえ、なんでもれんしゅうだね」
「うん?」
「きのうできなくても、きょうはできるようになってるし、あしたはもっとうまくなってるんだ。なんでもきっとそうなんだ。びょうきのことも、りょうちのことも、きょうなにもできなくても、あしたはできるようになってるかもしれないし、あさってはもっといいことをおもいつくかもだよ!」
にぱっと笑うレグルスくんに、奏くんや紡くん、アンジェちゃんも「がんばろうね」って笑う。
そうだ。
一つ一つ積み重ねた結果の今、明日は今日の分積み上がってるんだからきっと。
皆に頷いて、私は箏の絃に触れた。
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