回る世界と人の輪と
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なんだったんだ、あれ?
「……では本来済まないんですけど、敵意もなく去っていった以上それだけとするしかありませんね」
「ええ、はい。なんかビックリしちゃって」
だって出会い頭でドラゴンと目が合うとか、私の人生における想定にない。
あの後城からすぐにロマノフ先生やヴィクトルさん、ラーラさんや大根先生が駆けつけてくれた。でも既にドラゴンは去った後。
特に何かされるでもなく、聞かれたことは菊乃井歌劇団の歌は何処に行ったら聴けるのかとかそんな。ついでに今の菊乃井がロックダウン状態にあることを説明したら、その状況も理解してくれて。
「配慮があるね」
ラーラさんがぷちりと零す。
このロックダウンの二日、町は粛々と生活が送られてて特に問題はなかった。けど関所の方でひと悶着あったそうな。
ルマーニュ王国から来たどこぞの商人のお嬢さんが、わざわざ菊乃井に来たんだから入れろってさ。
勿論関所ではロックダウンが明けたらいくらでも入ってくれたらいい、けどロックダウンの間は蟻の一匹も通せないって断った。それが許せないって暴れたんだよ。結果は護衛の冒険者共々氏名を押さえて所払い。
商業ギルドを通じてお嬢さんの実家に抗議しておいたし、護衛の冒険者は何処かの冒険者ギルドで、そこのマスターからお叱りを受けるだろう。
こっちは真面目に病を何処にも出さずに封殺するために苦労してるってのに。
それは置くとして。
レグルスくんと一緒に大根先生とロマノフ先生に聞いてみたんだけど、ドラゴンが歌を歌ってたとかいう事例はないというか、お二人とも知らなかったそうな。
そして今回現れた歌劇団に興味を持つドラゴンの存在に、物凄く興味津々だった。ロックダウンが明けたら来るそうなので、二人ともそのときを楽しみにするってさ。
レグルスくんは絵日記に大根先生とロマノフ先生に教わったことを書いたみたい。
そうして日々が何処か長閑に過ぎて行って。
マンドラゴラの看病部隊は、マンドラゴラ医療班という正式名称を得た。私が作った前世の看護師さんのスクラブに似た服を、お揃いで着ているのがその目印だ。マンドラゴラ医療班といいつつ、繰り手花のしゃてーや物資運搬のためのタラちゃん率いる蜘蛛蜘蛛ネットワーク構成員が混じってたりするけど。
ロックダウンに入って七日目には、宿屋さんの封鎖が解けた。全員初日には熱は下がってたんだけど、患者さんの誰からも風邪症状もなく、宿屋夫妻に至っては宿が封鎖される前より元気らしい。勿論、ブラダマンテさんもナジェズダさんも無事で、マンドラゴラ達にもしゃてーにも蜘蛛ちゃん達にも異状なし。
そこから更に七日、新たな感染者もなく、最早他所への感染もないだろう。そういうことで、ついに菊乃井のロックダウンは終了することとなった。
よく耐えてくれた領民達への労いの言葉を遠距離映像通信魔術で伝えると同時に、病気平癒記念としてイゴール様の神殿のお守りを現在菊乃井にいる人達に配るのも伝える。
この世界は神様がいらして会えることすらあるから、不満よりも「本当に御利益あるかも」って話に持っていけるのは凄く助かるんだよね。
遠距離映像通信魔術用の布も、納品できる限界量をお国に納めた。今は持ち出しでちょっと辛くはあるけど、この作戦が功を奏したらお国からがっぽり入ってくるから我慢のしどころだ。
そして菊乃井で病が完封出来たことで、帝国全土から疑似エリクサーのための魔力クラファンに、参加協力する意思表示として魔力が入った魔石が沢山送られてくるように。
いい方向に色々転がり始めている。
そのなかでびっくりしたことが一つ。
凄く質のいい魔石と一緒に、ちょっとしおしおのマンドラゴラが四匹ほど送られてきたんだ。
しかも送り主は新年の参賀のときに、お隣になった人の良さそうなおじさん侯爵さん。名前はたしか……。
「オットー・フォン・リューネブルク。領地は帝国の東の方、菊乃井の反対側というか、そういう地域で目立った産業がなかったけど人心は安定してて……農業地帯じゃなかったかな?」
書斎兼執務室のソファーにかけたヴィクトルさんの地理講座が始まる。
山岳っていうほどじゃないけど、山があって、川もあって湖もあって、更に隣の領地には海まで。拠点にどこでも観光に行けそうなのに、観光地としてはイマイチぱっとしない。
売りは豊かな自然に、歴史ある建造物や宗教施設。それからなんかの動物。お金はあるようなないような。そういう領地の人だけど、手紙が添付されてた。
書かれた文字にはその人の人格が出るというけど、それならこのお手紙を下さったリューネブルク侯爵はとても丁寧な方なんだろう。凄く整っている。
内容は一緒に送られてきたマンドラゴラのことだ。
「えぇっと……あ、アントニオさんとお知り合いみたいです。マンドラゴラがリューネブルク家の畑にいたので売ろうかと思ったそうなんですけど、アントニオさんが『売るよりまだ生きてるから菊乃井家に送った方がなんぼかお家のためになる』ってアドバイスされたようです」
証拠というのか、アントニオさんからの紹介状まで付いてた。
送られてきたマンドラゴラは本当に弱ってたけど、すぐうちの庭に植え直したので持ち直したみたい。といっても同族の気配を察したマンドラゴラ村の住人達が、荷物を開けた瞬間、送られてきたマンドラゴラを担いで庭に行っちゃったんだけど。
久々に遊びに来てくれた奏くんと紡くんが、大根畑にマンドラゴラが萎びた大根を植えてたって教えてくれたし。
「もしかして自然が豊かだから、マンドラゴラが自生してる……?」
「かも知れないね。でも魔力が不足してるから、上手く育たないんじゃないかな」
「ああ、なるほど」
でも自生してるなら、魔力さえどうにかして話が分かる人を置けば、マンドラゴラコミュニティーを形成できる可能性があるんじゃ……?
でもそれにしては魔石に籠ってる魔力は質がいいんだよね。ということは、リューネブルク家は魔術が得意な家系なのかも。
訊ねてみると、ヴィクトルさんが首を横に振った。
「そういう話は聞かないかな。魔術が得意な貴族のお家なら、宮廷魔術師で出仕して末は宮廷魔術師長とかを狙うもんだけど、ここのお家はそういう動きが一切なくて」
「宮仕えが嫌だとか?」
「うぅん。一時期財政危機で、娘さんが皇宮に侍女として出稼ぎに来てたもん。宮廷魔術師の職があったら、もっと稼げるしね」
「じゃあ、この魔石って……」
「加工が上手いのかもね」
なるほど。
クズ魔石を加工することで物凄く質のいい魔石に変える技術があるって聞いた事がある。そういうことなのかな?
良いものを送っていただいたことに違いない。
早速お礼状を書くとともに、ご家族の分だけしかないけど疑似エリクサー飴も添えた。だってマンドラゴラが増えたら、その分薬の量が増えることになるんだ。還元しなくちゃ。
是非とも今後とも仲良くしていただきたい、侯爵としては新参者だし若輩者なので色々教えてほしい。そういうふうに書いておく。
その手紙を持って、ヴィクトルさんはリューネブルク領へと転移してくれた。
憂いはまだあるけど、菊乃井は段々とそこから遠ざかっていけてる。
代わりにお祭りが刻々と迫ってきていた。
それを思うと半月前後のロックダウンは、正直言って痛手なんだけど。こればっかりは領民の命に代えられるものじゃないしな。
ふと思い立って窓の傍に立つ。そこから庭を見れば、久々にレグルスくんと奏くん、紡くんとアンジェちゃんが仲良くマンドラゴラ達と踊っているのが見えた。
あー、和むわー。これからも、頑張ろ。
お読みいただいてありがとうございました。
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