雁字搦めともやい結びのその先にあるもの
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次回の更新は、8/30です。
「ねぇ、あにうえ。ゆきのじょうおうさまのところは?」
「マグメルの聖歌隊なら、もしかして……?」
同時に同じことを思い浮かべたようで、声が被る。
晴さんはそんな私達兄弟をみてくすっと笑った。
「兄弟って同じようなこと考えるんだね。今の『思いついた!』って顔がそっくりだったよ」
「そうですか?」
「おれ、あにうえとにてた? うれしいな!」
顔を見合わせてキャッキャウフフしたいところなんだけど、そういう訳にもいかない。
っていうか、思い浮かんだのはいいけど、あそこの聖歌隊はそもそも神聖魔術を使えるのかどうか。
神聖魔術だけのことを考えたら楼蘭教皇国が確実なんだけど、慰めになるように歌や音楽に乗せるのと同じくらい不自然じゃない解呪のかけ方ってある?
でも思いついたんだ。今までの経験上、思いついたことに無意味なことはなかった。ならやらないで後悔するより、やった方がいい。藁にも縋るってこういうときのためにある言葉なんだから。
という訳で、先生達にご相談だ。
使いだてて申し訳ないけどって、晴さんに先生達を呼びに行ってもらった。先生達は交代でマンドラゴラに魔力を渡してくれてる。
神聖魔術を乗せて歌うにも魔力はいるから、私のは出来るだけ温存。そのためにレグルスくんやメイドさん達やヨーゼフ、ラシードさんにイフラースさん、そして先生方がマンドラゴラの魔力供給を請け負ってくれてるんだ。
そんなこんなで待つこと暫く。
執務室兼書斎に先生方が集まってくれた。
勿論晴さんもいる。
シェヘラザードの防疫対策は彼女が持って帰ることになってるんだから。
それで私とレグルスくんが思いついた、マグメルの聖歌隊の歌に神聖魔術を乗せて、それを遠距離映像通信魔術であらゆる場所に届けるっていう話をしたんだけど。
「ありといえばありですね」
「マグメルは音楽都市だからね。病の流行で疲弊した人々のために慰めを~とかはありじゃない?」
ロマノフ先生とラーラさんが頷く中、ヴィクトルさんは眉間に深いシワを刻んだ。
「拝金権威主義のあの聖歌隊にそんな御利益あるとは思えない」
きっぱりと言い切るヴィクトルさんに、晴さんがそっと目を逸らす。
この晴さんの反応からして、拝金権威主義に思い当たることはあるんだろう。だけど考え得るのってそのくらいしかないんだよなー……。
だってそれこそ音楽で有名なマグメルを抜かして私がしゃしゃり出るって、帝国の音楽の権威的にどうなのって話だよ。敵を増やすわけにはいかないんだってば。
でも音楽で人心を安定っていいつつ神聖魔術をかけてしまうってのは、公表できない事実があるのならいい手だと思うんだ。だって怪しまれないじゃん。
とはいえ効き目がないのなら意味がない。
皆思ってることは同じなのか、難しい顔で黙ってしまう。そこに座ってたソファーから立ち上がったひよこちゃんが、こてりと首を傾げた。
「キアーラさまにおねがいしちゃだめなの? みんなにまじゅつかけてくださいって」
「あー……」
ちょっと考える。
神様は基本地上のことに関してはあまり干渉しないってスタンスだ。だからそういうお願いをするっていう発想がなかった。だけど考えてみると、ウイラさん達はその神威を守護する地域の人々の安寧のために使っていたはず。
となればキアーラ様も同じことができるんじゃ? ただ帝国全土だから地域が多く、それこそ使う神威が半端ないかもしれない。
ウイラさん達はただ一度武神の加護を私達に付けると、自分達は消滅すると言ってた。それからすると、下手したらキアーラ様が消滅してしまうのでは?
だとすると、この手は使えない。
「やっぱり人間の力で何とかしないとダメなのかしらね?」
顔を顰めたまま黙った私を見て、晴さんが肩を落とす。ひよこちゃんもしょんぼりしちゃったみたいで、心なしかひよこの羽毛みたいな髪の毛もぺしょっとしちゃった。
「神様だって自分の都合のいいときだけ神頼みに神殿にこられても迷惑よね」
重くなった雰囲気を祓うべく、晴さんが笑う。その声には苦みが混じっていたけれど、私には天啓みたいに聞こえた。
「それだ!」
「へ?」
「いらっしゃるじゃないですか、病気退治に本領を発揮してくださる神様が!」
皆、私が突然叫んだから目が点になってる。でもほら、いらっしゃるんだよ。
そして彼の方はこういう話をしていると、呼び鈴を押してこの屋敷を訪ねてくださるんだ。
どうか! お願いします!
天に心の中で祈っていると、暫くして屋敷に来客を知らせるベルが鳴る。
けどベルが鳴ると同時に、部屋のど真ん中に大きくて神聖な魔力の渦が現れた。
「呼ばれたみたいだから、来たよー。僕コーラ飲みたいんだけど?」
シュタっと空から下りて来て、ソファーの上に胡坐をかくように座る我らがイゴール様!
急いで「いらっしゃいませ」とご挨拶して、すぐにメイドさんを呼ぶためにベルを鳴らす。すると心得たとばかりに、素早く宇都宮さんが現れた。
そして部屋にいらっしゃるイゴール様を確認して、一礼する。
「早いね、宇都宮さん」
「エリーゼ先輩が『玄関に気配がないので、旦那様のお部屋に急いで!』と」
「あー……」
「いつも悪いね、メイド少女。今回は鳳蝶のせいだよ」
にこにことソファーの上から手を振るイゴール様に、宇都宮さんが一瞬遠い目になる。毎回呼び鈴が鳴るとビクッとするって言ってたもんな。
でもさっと表情を笑顔に変えて、イゴール様ご所望のコーラと菊乃井家の神様御用達おやつセットを準備するために去っていく。
先生達も膝を折ってたんだけど、イゴール様が立ち上がるように仰ったからそのように。一人、晴さんがぺたんと床に座り込んでいた。
「か、かみ、神様!?」
「うん? 君は……宗久の孫だね。宗久は元気かい?」
「そ、そうきゅ……おじいちゃんは元気です!」
「それはよかった」
穏やかなイゴール様とは対照的に、晴さんはあわあわしてるんだけど、神様にお会いした人のリアクションってこういうのが普通だよね。呼び鈴押せって言った奏くんが、どんだけ規格外だったのかよく解る。
「君もレグルスも大概だけどね?」
「ナンノコトデショウ?」
相変わらず考えていることが駄々洩れで、すっと視線を逸らす。その間にレグルスくんが晴さんを立たせて、近くの椅子に座らせてあげてた。やだー、気遣いの出来る紳士ー!
私の心の中の盛り上がりを聞いたイゴール様の生温かい視線に、何かを察したロマノフ先生が咳払いする。
それを合図に、イゴール様が口を開かれた。
「それで、どうしてほしいって?」
「マグメルの聖歌隊の歌に、祝福というか解呪効果を持たせたいんです」
「僕に地方神の手伝いをしろってこと?」
「手伝いといいますか、支援といいますか。キアーラ様の聖歌隊にキアーラ様の力を乗せても、キアーラ様が消滅しないようにしていただきたいんです」
私の言葉にイゴール様が口角を上げる。擬音を付けるとすると「ニヤリ」って感じの笑い方に、始まったなって思う。何がって? 取引という名の腹の探り合い。
これは要するにそうするだけの利を示せってやつで。
「この病が治まったときには、病人を慰める歌を民に捧げ続けたということでマグメル聖歌隊の名前が上がります。それにつられてマグメルの土地神様の名も。ひいてはそれがキアーラ様を眷属とする姫君様のお力を上げることになるかと」
「うん。いいことだね。でも僕には? 僕には何の見返りがある?」
ニコニコ笑いながらだけど、その雰囲気には凄く圧がある。これってそれだけじゃ取引にならないってことだよね。
考える。何かイゴール様にも還元できるものを。
そう思いつつイゴール様を見ていると、その手首にはいつか私が差し上げたミサンガが。
かつて次男坊さんの支援する孤児院のために、ミサンガの作り方を関係者にレクチャーしたんだった。それでイゴール様の各地の神殿や、ロスマリウス様の神殿で、次男坊さんの支援する孤児院で作られたミサンガがお守りとして売られてるんだけど……。
顔を上げる。
そしてイゴール様の目を見つめた。
「イゴール様の神殿で売ってるお守りを大量に購入します」
「うん?」
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