鍵はかけてもブレーキはかけない
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次回の更新は、8/26です。
件の流行り病が発生して一日、とりあえず菊乃井は都市封鎖という状況になってる。
現在のところ、町に大きな混乱はなく、領民は粛々と過ごしてくれてる様子。
関所では出入りを制限しているから、菊乃井に入りたい旅人は、そこに設置された待機所に泊まるか、近隣の町に引き返しているそうだ。そっちはうさこと衛兵さん達がなんとか頑張ってくれてる。
菊乃井における感染者は十名にも満たないけど、たった一回食堂で行き会っただけの旅人夫婦から屈強な冒険者グループに感染していた。そこから推測するに感染力はかなり強く、毒性も結構強いと考えた方がいい。
旅人夫婦と接触してから菊乃井を出た人がいないのが幸いだ。
少しずつ旅人夫婦の行動が明らかになって来てるんだけど、菊乃井に来る前はロートリンゲン領の冒険者ギルドにルマーニュ王国のとある冒険者ギルドから転移したそうだ。
旅人夫婦が旅費をあまり持っていなかったのは、この転移の費用に費やしたことと菊乃井に来るための乗合馬車を利用したこと。あと菊乃井に夫婦の子ども達がいるから、お金の都合はつけてもらえると踏んだらしい。
遠距離映像通信魔術でブラダマンテさんから夫婦の事情を聞かされたときは、思ったよ。これもやっぱり試練だったんだなって。
だってその旅人夫婦は……。
「えー? シエルくんとアンジェのおとうさんとおかあさんだったの?」
「そうなんだって」
「アンジェたちはしってるの?」
「うーん、まだ言ってないんだよね」
もしゅもしゅと、クルミ入りスコーンを食べてるレグルスくんに聞いてみる。
皇子殿下方との会談も終えて、レグルスくんとおやつ。
奏くんや紡くん、それから源三さんは今日から暫くは自宅待機だ。
家の庭に関しては、看病に行ってないマンドラゴラ達と私とレグルスくんと菊乃井の屋敷にいる人達で何とかすることになってる。
けど完全に蟄居状態だと身体に悪いので、多人数で集まらないことを徹底してくれたら、散歩や農作業、日用品の買い物などは許可を出してるんだよね。人間一日一回は日光に当たらなきゃ、具合も悪くなることだし。
レグルスくんも庭で日課の素振りはしてきたそうだ。
都市が封鎖されててもされてなくても、私の仕事は変わらずにそこにある。封鎖されてるからこそ降り積もるってこともあるんだよ。だって役所だって最低限の人員以外出仕停止だもん。
それに菊乃井のロックダウンはこの後に続く都市のための実験的な側面もあって、データーとか色々きちんと取っておかないと。
医学的なものは菊乃井のお医者さんと大根先生の研究者グループがやってくれるから、経済とか社会的な動向に関してはお役所がやる。
私は毎日決められた時間にお歌を歌うのが今一番重要なお仕事だ。
解呪を優先的に進めたお蔭なのかはこれからの検証になるけど、今のところ封鎖している宿屋さん以外の感染者報告はなし。
近隣のお店の人達にも大事を取ってマンドラゴラ衛生兵を派遣してるけど、こっちも特に何もないんだって。
これはマンドラゴラネットワークでの連絡で、ござる丸が宿屋さんに置いてるスクリーンからゴザゴザ報告してきた。通訳はラシードさん。
それで旅人夫婦の話にもどるけど、あの二人はシエルさんのお世話になった人が心配したような事情で菊乃井に来たそうだ。
恥知らずにも自分達が邪険にして追い出した娘が有名になったから、お金を集りに来たんだってさ。
最初は旅に出た娘たちに会いたくて~とかお涙頂戴をしてたんだけど、話してるうちにボロが出て結局目的を白状したそうだ。
体調がよくなったら圧迫面接してやろうか? お?
私としてはそんな感じなんだけど、当事者二人はどう思っているのか。
なのでアンジェちゃんのフォローをお任せしたレグルスくんに意見を聞いてみよう、と。
「ん-、アンジェはあいたくなさそうだったよ」
「シエルさんはどうかな?」
「シエルくんは、アンジェに『もしも父さん達が来たら、アンジェは会いたかったら会っていいんだよ』っていってるんだって。でもアンジェ、ちょっとこまってた」
「ちょっとこまってた?」
思わぬ言葉に顔が引き攣る。
それって親に会いに来られて困ってるのか、シエルさんの「会いたかったら会っていいんだよ」という言葉に困ってるのかで、随分話が違ってくるんだけど。
ちょっと思い当たる節があって、冷や汗が出る。
「うん。シエルくんも『おとうさんはアンジェのこと大事だと思ってるよ』っていうんだって。でもアンジェ、だいすきなシエルくんにイジワルするおとうさんなんかきらいだし、あいたくないから、そういうこといわれてもこまるって」
あ゛ー!! やっぱりかー!!
身に覚えがありすぎて、顔を両手で覆って縮こまる。しかもレグルスくん、今「シエルくんも」って言ったよ? 「も」って!
私も前はレグルスくんに「父上はレグルスくんのこと大事に思ってるよ」なんて、薄っぺらい思い込みを押し付けてたもんなぁ。穴があったら自主的に埋めたい過去だ。縮こまった背中を擦ってくれるレグルスくん、尊い。
因みに菊乃井歌劇団のお嬢さん方は、この半蟄居に近い生活の慰めになればと遠距離映像通信魔術を利用して領民に歌を届けてくれている。
数時間おきに、少人数のシフトを組んで、気分が明るくなるような歌を聞かせてくれてるんだよね。これのお蔭で今のところ不満があっても、暴動を起こすほどじゃないってのもあるかも。
閑話休題。
旅人夫婦のことだ。
レグルスくんの聞いた限りでは、アンジェちゃんは訪ねてきた父親と継母には会いたくない感じ。
シエルさんもそれはそうなんだろう。
まあ、もう、これは本人達に聞いてみるしかないか。会いたくないって言ったなら、然るべき手続きを踏んで菊乃井から退去していただく。出来るのはそのくらいだな。
背中を起こすとレグルスくんに、そんな話をする。ひよこちゃんも結局それしかないだろうと思ってたのか「それがいいとおもう」と言ってくれた。
それでおやつの時間は終了。
その後はレグルスくんは同じお部屋でお勉強、私はというと次男坊さんにお手紙を書いた。
この病、解呪を先にやるとそれ以上酷いことにはならない。
菊乃井での疫病対策で一番功を奏したのは解呪だから、この情報は伝えておかないと。
シュタウフェン公爵領に感冒の患者が増えているのであれば、この情報は何よりも武器になるだろう。
この情報を次男坊さんが上手く使える状況であれば、シュタウフェン公爵領の犠牲者も少なくて済むはずだ。けど、あの父親と長男で果たして……。
というか、そもそも神聖魔術をどう領民にかけるのかっていう問題があるんだよなー。
デスクで唸っていると、防疫対策に勉強に来た晴さんがこてっと首を横に倒す。
「この病は呪いが含まれてるって公表する訳にはいかないの?」
「物的証拠がないんですよ。限りなく怪しいという状況だけでは、疑わしきを罰することは出来ない」
「そっか……」
シェヘラザードは商業都市で、共和制っぽい。だからか帝国よりも「疑わしきは罰せず」が浸透しているのか、「証拠がない」ことの重要性はすぐに理解してくれたようだ。
でもこの病に対して一番の薬は解呪、或いは神聖魔術による祝福。それを不自然ではない方法で、あらゆる種族の人達に浴びせないといけないわけだ。そうすればより状況は改善されて、普段の感冒と変わらない対策で救える命が多くなる。
そこまで解ってて、だよ。そこまで解ってて、不自然じゃない神聖魔術の浴びせ方だけが思いつかない。
菊乃井でそれが出来たのは、偏に私が神聖魔術を使えて、領民に慰めとして歌を聞かせてもおかしくない存在だったから……。
つらつらと晴さんに説明していると、レグルスくんがふっと顔を上げる。何か思いついたって顔だ。
あ、待てよ? あそこはどうだ?
浮かんだ考えを口にする前に、レグルスくんがにこっと笑った。
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