対策は最前線じゃなく会議室で動くもの
いつも感想などなどありがとうございます。
大変励みになっております。
次回の更新は、8/5です。
とりあえずルマーニュ王国から直接菊乃井にやってきた人に対しては、関所で七日間の隔離待機。
その間に発症してしまったら、少し離れた場所に設置する療養施設で隔離の上治療を施す。
冒険者ギルドの転移魔法陣を使って転移してきた人に対しても、同様に七日の隔離待機。これに関しては転移する前に、ルマーニュ王国の冒険者ギルドで了承をとるようにしてもらう。
七日の隔離待機に同意した人だけ転移を許可するってことで、ローランさんは手配すると言ってくれた。
後は美奈子先生に話を聞きに行ってくれた大根先生だけど、これがビンゴと言っていいかどうか。
美奈子先生が仰るには、彼女の同門だった研究者が病に呪いを混ぜる研究をしていて、その呪いが命に係わるタイプの物であったのはたしかだけど、そこに魔力が強い、或いは魔力の量が多い等で重症化する人間を識別するような術式を組むという話は出てなかったそうだ。
構想としては、いつも冬になると流行る「高熱が出て身体の節々が痛む感冒」をベースにしているのは間違ってない。人為的な物でなく、自然発生の病とカムフラージュして、大量に人を殺す。そういう兵器にしたかったようだ。
だから例の病の症状として出ている「咳・くしゃみ・鼻水・高熱・節々の痛み」は、病を兵器にしようとしていた研究者の構想とは合致している。
呪いに関しても命を奪うのを目的としている物であれば、蔦のような痣も出来るだろう。
結論としては、状況証拠ばかりだけど「この病は、病を兵器として転用する研究の成果物と言えないこともない」だ。
こっちがやれることは、この報告の纏めを作って宰相閣下にぶん投げることで。
「確定的な証拠が出るまで、象牙の斜塔が関わっているとも、この病が『病を兵器に転用する研究の成果物』とも公表出来ないと仰ってました」
「でしょうね」
会議の後、ロマノフ先生が纏めを宰相閣下に提出に行ってくださったんだけど、もらった返事がこう。
そもそも流行り病だと思っていた物が実は呪いで、更に人を殺すことを目的として作られたものだったなんてショッキングすぎるだろう。確定的な証拠が出るまでは、滅多なことは言えない。
そうなると治療のためにって司祭さんを患者さんの傍に置くのが難しくなる。だって病の床に司祭さんが来るって、臨終の前の懺悔みたいだし。治るものも思い込みだけで悪化しそうだ。
この世界では理論があるかどうか知らないけど、前世では偽薬効果ってのがある。自己暗示の一種だけど、司祭さんの姿を見て「助からない」と思い込んだ患者さんが、「助からない」って自己暗示をかけて弱っていきかねない。
菊乃井では私が病に不安になってる患者さんを元気づけるため~とかって、もっともらしい理由をつけて歌で呪いを祓うこともできる。でも他の地域どうすんの?
幸いなのは、まだ本格的に帝国で病が流行ってないことだけど……。
「次男坊さんのところにも、一応今回の病に関する連絡を飛ばしておきましたけど……」
「シュタウフェン公爵領は特になんの対策もしていないようですよ。宰相閣下がそちらは動向を探らせているみたいですけど」
「隣接する天領や獅子王領は?」
「ルマーニュ王国からの人の流入を制限し始めたようです。その場で体調が良くないものは、入国を拒否しているとか」
「それに関してルマーニュ王国から抗議などは?」
訊ねるとロマノフ先生が静かに首を横に振る。
「言いたくても言えないんでは? 病に対して手をこまねいているのは事実ですし」
「……彼方が素直に象牙の斜塔の長との不自然な関わりを打ち明けてくれたら、話はトントン進むと思うんですけども」
「そりゃあ、公に出来ない事柄があるからでしょう。それに象牙の斜塔の自作自演のていで話していますが、そもそも象牙の斜塔の長と付き合っていた貴族が、彼らが病を兵器に転用する研究を行っているのを知っていて、実験させたのかもしれませんし。そうなると何処に使うつもりだったのかという疑問もでる」
そらそうだな。追及されると、さぞや困るだろう。
そうはいっても今の段階では象牙の斜塔が病を兵器に転用する研究を行っていたとも確定は出来ない。だって過去研究者はいたけど、そいつは破門されたわけだし。今の斜塔にその研究を継いでる人間がいるとも言い切れないしな。
何人も有罪が宣言されるまでは無罪と推定される、だ。
眉間にしわを寄せていると、ほんの少しロマノフ先生が口角を上げる。
「美奈子先生は例の研究の基礎となった病自体は、通常の感冒と同じ治療で大丈夫と仰っていたんでしょう? 予防法もそれで大丈夫だ、と。ならば隔離施設での療養は、呪いの解呪以外はマンドラゴラ達でも十分対応可能。少しは対応しやすくなったじゃないですか」
「たしかに。治療方針が僅かでも立てられるだけましですね。あとはお医者さんが増えるといいんですけど……」
無理だろうなっていう諦めを滲ませてため息を吐くと、ロマノフ先生も眉を八の字に下げて頷く。
大根先生の一門は大概医学の心得があるんだけど、それでもお医者さんほどじゃない。唯一大根先生が帝国で使える医師の免状を持っているくらいか。
因みに菊乃井の町のお医者さんは一人だけ。以前は二人いたんだけど、二人は親子で、かつて私が流行り病から復活したのを機に親御さんの方が引退しちゃったんだよね。
なんでも自分が力を尽くしてもどうにもならなかった私が助かったのは奇跡。奇跡を目の当たりにして、自分の医術の腕に疑問と、命の神秘に信仰心が湧いてきちゃって、結果医者を引退して楼蘭教皇国への巡礼の旅に出ちゃったそうな。まだ帰って来てないっぽい。
時々菊乃井に残ってお医者さんを続けてる息子さんに手紙が届くらしいので、無事ではいるみたいだ。
ブラダマンテさんが孤児院の子達の健康診断や病気のときに、その若先生にお世話になるそうで、世間話的にそんな話を聞いたとか。なんか、ごめんやで。
閑話休題。
菊乃井からルマーニュ王国が遠いので、直接あっちからこっちに入ってこようって旅人はあまりいない。菊乃井はそれで助かっているところが大きいんだけど、防波堤になってくれているロートリンゲン公爵領が心配。
そう口にすると、そっちはヴィクトルさんが資料とか一式届けに行ってくれているそうだ。
ラーラさんは隔離施設や療養所のための交渉に、シェヘラザードへ。
シェヘラザードの冒険者ギルドの長である津田宗久さんに、病に関する資料をもって説明に行ってくれてるんだ。
あそこは津田さんが結構な権力を握ってるから、彼を口説き落とせれば話がかなり簡単になる。ラーラさんの言だ。
今できるのはここまでだろう。
ため息しか出ないよ。
会議の後ロッテンマイヤーさんに淹れてもらったお茶が冷めている。
温くなっても美味しいそれで喉を潤すと、重い雰囲気を晴らすようにロマノフ先生が努めて明るい声をだした。
「そうだ。帝都から菊乃井の冒険者頂上決戦にエントリーする冒険者パーティーが決まったそうですよ」
「あ、そうなんですか?」
「ええ。ジャヤンタ君と同格の冒険者パーティーで、結構有名な人達が来ますよ」
「有名……」
って言われても解んないや。
そんな感じの顔をしてたのは先生にはバレバレだったようで。
「何かとジャヤンタ君達に張り合っているそうで、今回の冒険者頂上決戦ではジャヤンタ君達との勝負を望んでいるようです」
「ははぁ、いい勝負になってくれればいいですね」
当たり障りのない答えを返していると、ロマノフ先生が意味深な視線を向けてきた。
お読みいただいてありがとうございました。
感想などなどいただけましたら幸いです。
活動報告にも色々書いておりますので、よろしければそちらもどうぞ。




