ジュニア文庫4巻記念SS・よく効く胃薬を探し始めたのがこの頃
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「ジジイ、頼むから予告なしで大型新人連れてくんな」
「はて?」
苦情を申し立てた俺に、ジジイ……エルフの大英雄なんて言われちゃいるが、中身は何百年と生きてるわりに大人げない男であるアレクセイ・ロマノフが首を傾げた。
俺とこのジジイ、いや、ロマノフ卿の付き合いは、俺の時間感覚では結構長い。
その長い付き合いの中で、このジジイが突拍子もないことをしやがることも知ってるが、今回はまたとんでもないことで。
ふらりと帝国認定英雄のパーティー仲間であるショスタコーヴィッチ卿とラーラを伴って現れたかと思うと、菊乃井を拠点にパーティー活動を再開するって言いやがった。
それはいい。
菊乃井は税金は安くなったし、飯も珍しいものが出来た。
でもそれだけじゃ目玉がまだない。そこにエルフの大英雄である冒険者パーティーが拠点を置いたとなれば、注目度が上がる。十分な目玉だ。
三人揃って菊乃井家に世話になってるらしいから、その恩返しってのもあるだろう。それに菊乃井の若様は、ジジイの教え子だ。それもここ最近で一番贔屓にしてるってぐらいの。
だからその若様の領地改革のための一手なんだろう。
ジジイの思惑通り、大英雄三人が拠点にした菊乃井に冒険者は集まって来だした。
俺は冒険者ギルドのマスターだから、冒険者がやってくるのは有難い。
そりゃ閑古鳥が鳴くよりは、忙しくて目が回る方が誰だっていいだろう。
燻っていたギルドの職員達も、賑やかになって来て士気が上がるってもんだ。
それでいつの日か「菊乃井にこの人あり!」って有望な冒険者を輩出出来れば、冒険者ギルドのマスターとしての誉れってなもんよ。
それに菊乃井の将来はほんの少しずつ明るくなっている。
なにせあの若様がいるんだ。あのお方が志を諦めずに、大人になってくれれば……。
ちょっと前までは希望すら湧かなかった場所で、俺は今未来を望むことができる。
あの若様は、枯れかけた大人にとってはそういう存在なんだ。
だから、若様のためになることならちょっとくらい頑張ってみようかって気にはなる。
なるんだけど、職員を気絶させるんは止めてくれとしか。
俺は正面に座って寛いでるジジイを睨む。
冬のある日のことだ。
若様が弟様とダチの奏と、冒険者の見習い登録をしてダンジョンを見学に行きたいと、冒険者ギルドにやってきた。
奏が七つに、若様が六つ、弟様が四つだったか。
冒険者ギルドってのは身分保障の何かがほしいヤツのために、赤子からでも登録が出来るようになっているが、それでも見習いになるとしても早い方だ。
ダンジョンのある領地を統べる貴族は、その対応を知っておかねばならない。そのためにはダンジョンを直に見て、冒険者がどうしているか学んだ方がいい。
ジジイの教育方針のもと、若様は素直に冒険者登録しに来たそうだ。
奏と弟様も、その若様のお付き合いで来たんだろう。
まあ奏は将来家業を継がないなら、冒険者になる選択肢があっていいだろう。あいつの爺さんは、俺は行き会わなかったけど引退するまでは名の知れた冒険者だったし。
軽く考えてたんだよ。
そうしたら、なんだ?
若様は奈落蜘蛛を連れていた。
奈落蜘蛛っていえば、滅多に人里付近に来ない賢くて強い魔物だ。
なんでそれをまだ六歳の子どもが「可愛いでしょ? 私の使い魔です」なんて連れてくるんだ?
いや、まあ、魔物使いっていうのは生まれつき才能がなきゃなれないが、才能があればなれるんだから、若様には才能があったんだろう。
それに奈落蜘蛛だって帝国認定英雄が三人もいれば、生捕りにするくらいは簡単だ。若様が欲しがったから捕まえてやったのかもしれない。
蜘蛛を欲しがるのはちょっとどういう趣味かと思わないでもないが、ガキンチョってのは虫が好きだったりするしな。
そういうふうに自分を無理に納得させたって言うのに。
「マスター、私、目がおかしくなったんでしょうか……?」
副ギルドマスターが目を回した。
原因は奏と弟様のステータスのせい。
なんで七つのガキンチョに弓術B++ついてんの?
弓術Bっていったら、その辺の腕のいい狩人並みってことだ。それに「+」が二つ付いてるってことは、その辺の腕のいい狩人よりもまだ腕がいいってことで。
弟様なんか剣術Aだぞ? どうなってんだ? あと「百華公主のひよこ」ってなんだ?
大体二人とも何で魔術Cなんだ? 魔術Cって下級の魔術なら一通り使えるってことなんだが?
意味が解らない。
こんなもの見たら、最近かなり忙しくて疲れてた副マスターも目を回すってもんだ。俺だって目がおかしくなったと思ったんだから。
で、だ。
この結果に驚いてたのは、なんと俺と副マスターとメイドのお嬢ちゃんだけで。
後の大人は奏の爺ちゃんでさえ「なるほどなー」という感じ。
ショスタコーヴィッチ卿とラーラに至っては「だろうなと思った」だし、ジジイは「鳳蝶君はもっと面白いですよ」とかぬかしやがる。
奏と弟様で副マスターが目を回すくらいなんだから、若様は多分倒れるな。
そんな予感をニヤッと笑うジジイのツラから感じて、俺とジジイでステータスチェックをしたんだが、案の定だった。
以前に見たときもえらいモンを見せられたもんだが、あのときから更にえらいことになってんだからな。
なんだよ調教Aって。
魔物使いになったからか?
剣術がEなのはなんかそんな感じだなって解っちまうんで、いい。だいたい六つだ、このくらいならまだ伸びしろはあるだろう。
本人は若干気にしてるみたいだが、別に悲観するほどじゃない。
調理だの裁縫だの栽培だの工芸だの、凡そお貴族様の跡取りとは思えないもんが高いのは前のときもそうだった。
で、魔術A+?
え? おかしくね? 宮廷魔術師になれる魔術ランクのだいたいの目安はBなんだが?
それになんだ?
祝福の紡ぎ手(究極の一)って何? 見たことねぇんだけど? つか究極の一って、個人が持つスキルで唯一無二を意味するんだが?
他にも百華公主の寵臣? 前はお気に入りじゃなかったか? 何で格上げされてんの? ほんでイゴールの加護(中)? 増えてんな? おまけに氷輪公主の御贔屓? 何やったら贔屓されんの? 贔屓ってそもそもどういうアレだ?
頭ン中に浮かぶのは疑問符ばっかりだ。
これはちょっくらじっくり話を聞かにゃなるまい。
そう思ったんだが、俺の口からでたのは「ぬぁんじゃ、こりゃぁぁぁぁぁ!?」という野太い悲鳴だった。
いや、俺の喉から絹を裂くような悲鳴が出たら、俺が嫌だが。
さしものジジイもこれほどとは思ってなかったようで、びっくりして思わず若様を拝んだ俺を尻目に、若様の頬っぺたを思いっきりもちってやがった。
ジジイも混乱したらしい。
そのジジイの焦りっぷりに、ちょっとだけ溜飲が下がったけどな。
なんつうか、色々ありえねぇ。
その色々あり得ないステータスに、聞き取りやらなんやら本当はした方がいいんだろうが、何となく「絶対に迂闊に他人に開示するな」っていう注意をするだけに留めた。それでもジジイと二人がかりで小一時間くらいやったけど。
訊くな、特別視するな、話すな。
そういう天の声みたいなものがあったんだよ。一応俺もスキルに【直感】あるし。
つらつらとジジイにそんな愚痴を零せば、ニッコリ笑ったまま「その方がいいと思います」とだけ。
神様の加護があるんだ、俺の感じた圧は恐らくそれ関係なんだろう。
だけど愚痴ぐらいは許してほしい。
これから今までの比じゃない何かがやってくるし、若様とは長く付き合うことになるって俺の直感が言ってるんだから。
今抱えてる案件だって、食い詰めた若手をベテランが食い物にするなんてこすっからい話なわりに、隣の貴族が噛んでるって厄介な案件だ。
大きなため息を吐きながら言えば、ジジイが笑う。
「まあ、見ていなさい。私の教え子の出来の良さは尋常じゃありませんから」
その言葉と俺の直感が正しかったことを、この後どれだけ何度噛み締めることになったか。
それは神様とその後の俺と副マスターのみが知ることだ。
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