対策だって必要なのは人手とお金
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次回の更新は、7/29です。
名前を呼びたくない蛇従僕からの報告書、それからオブライエンと武神山派の人達からの追跡調査の結果と。
それぞれ先生方にお見せしつつ、私と殿下方で立てた仮説……この病は一定以上魔力を保持する人に対して重症化するような呪いが付加されている……を説明する。
返って来た反応は「あり得る」というもので。
「詳しくは美奈子君に聞く方が早いかもしれんな。この資料は持ち出しても?」
「複製を作って持って行っていただければと思っていましたので」
「解った。すぐに作ろう」
早速大根先生が美奈子先生に問い合わせするために動いてくれることになった。
もう一人、仮説の仮を取るための証言を得なければいけないブラダマンテさんには、さっきエリーゼが手紙を届けるために町に出てくれたところだ。大根先生が美奈子先生にお話を聞いてくれてる間に、こちらはお話が進むといいな。
この説で確定してくれればいいと思う。そうすれば身動きがとりやすい。
新種の病に対しては、症状を打ち消すなり改善に向かわせるなり出来る薬を見つけるのが先決だ。それと並行して予防法やそれ以上感染を拡げない方法を探らないといけない。
やることはいっぱいあるから、せめて原因だけでも特定されてくれたら、対処のやり易さが段違いだもんね。
それでルマーニュ王国から病は段々と広がりつつあるわけだけど、これも原因には心当たりがある。
まあ、人の移動だよね。
病の潜伏期間中、或いは発症中に別の土地に行く。そして行った先で人に感染させてっていう。
感冒に罹った人に接触しても、接触した人が健康で抵抗力があれば必ずしも病に罹患する訳じゃない。
感染したとしても病の特徴が明らかになっていなかった以上、解らなかったかもしれないけどね。
そんなことを考えていると、ヴィクトルさんがハッと目を見開いた後、ガシッと私の肩を掴んだ。
「あーたん、魔力が高い人が重症化しやすいんだったら、この病気は菊乃井に入れちゃ駄目だ……!」
「ええ、勿論入れないようにはしますけど……?」
感染症は水際で防ぐのが対策のセオリーだとは思うけど。
それは今更いうような話じゃない気がして首を傾げると、ヴィクトルさんが真剣な顔で「そうじゃない」と首を横に振った。
「農業魔術が確立されて、菊乃井全体に魔術で育てた野菜や穀物、それを食べて育った動物の肉が出回るようになったよね?」
「ええ、はい。それがどうかしたんですか?」
「菊乃井の住民全体の魔力量が底上げされて来てるんだ。魔素神経が発達しやすくなってきてるというか。潜在的に魔力を持ってる人が出て来てるんだ」
「……まずいじゃないですか」
いや、住人皆が魔術を使える可能性が出てきたってのは喜ぶことなんだけど。だけどタイミングが悪すぎる!
なんでそんなクソみたいな雑な識別法付けてんだよ、畜生め! まだ確定じゃないけど!
顔も知らない病を兵器に転用する研究をしてたクソ野郎を罵る言葉が次から次に浮かぶけど、死人に対する罵倒ほど意味のないことはないわけで。
ぐぬぬと歯を食いしばりつつ、気を落ち着かせる。
ロマノフ先生が大きくため息を吐く。
「幸いなのは菊乃井の住人分程度なら疑似エリクサー飴が揃いそうなところですね」
「本当に」
「とりあえず冒険者ギルドや、菊乃井の関所での健康診断を強化するかい?」
ラーラさんの言葉に少し考える。
それから思いついたことを口にする。
「それだけじゃなく、ルマーニュ王国からくる冒険者や商人に一定期間隔離を課しましょう」
「一定期間ってどれくらい?」
「例年の感冒の潜伏期間が三日程度、なので大事を取って七日ほど。勿論その間の休業補償として三食と宿泊費はこちらで持ちます。もしも隔離期間中に発症したら、そのまま隔離施設で療養してもらいます。治療費に関しては治ってから相談ということで、出来る限りの配慮はします。お金に関しては疫病対策費としてお国に都合をつけてもらいます!」
「それなら関所と冒険者ギルドに隔離施設がいるね。それはどうする?」
そういう宿泊施設を今から用意するとなると、場所はともかく物資が不足しそうだ。うちからルマーニュ王国は遠いと踏んでたから後手後手だけど、実際まだ病は帝都にも来てないから何とか間に合うか?
そろそろシュタウフェン公爵領と天領、その近くの獅子王公爵領に届きそうな気がするけどな。
来てない物に対しての対応ってどうしても杞憂とか言われて批判されがちなんだけど、菊乃井領に是が非でも入らせてはいけない理由がある。ここは強権を発動しても、冒険者ギルドにも協力してもらうぞ。
そういうようなことを言うと、ラーラさんがひらひら手を振る。
「ローランなら大丈夫だよ。きちんと根拠があるなら、君の提案に乗るさ。他の都市の冒険者ギルドに対しても影響力が大きくなってるからね。菊乃井がやるなら、他の都市もやるかもしれないよ」
「え? 唯々諾々と従うなって言ってるのに?」
「唯々諾々じゃない。きちんと理と根拠があって、説明と資料に納得するっていう過程が必要なんだから。むしろ危ういのは『ローランがいうならそうなんだろう』って他の冒険者ギルドがきちんと情報の精査もせず、対応にだけ乗っかる可能性があるってところかな」
「シェヘラザードは資料を要求して来ますかね?」
「そうだね。とりあえずシェヘラザードとルマーニュ王国王都の冒険者ギルド、楼蘭教皇国、あとコーサラ、それから帝都の冒険者ギルドからは資料請求がくると思うな。もしかしたら隣のロートリンゲン公爵領都の冒険者ギルドも」
そのくらいじゃないと、これからの冒険者ギルド運営は厳しいと思うけどね。
肩をすくめて呟かれたラーラさんの言葉は、とりあえず聞かないことにする。今、冒険者ギルドの運営の状況とか聞いてる場合じゃないし、何となくでも疫病対策に協力してくれるならそれでいい。
あと必要なのは隔離施設の設置だけど。
それに関してはロマノフ先生が「それこそシェヘラザードに相談してみては?」と。
「シェヘラザードは商人の都市です。仮設の宿泊施設に商機が見出せるなら、乗ってくれるかもしれませんよ。疫病対策はなにも菊乃井だけの問題でも帝国だけの問題でもない。世界中で起こる問題ですからね。ここでなんらかの実績をだせば、その後の商売に繋がらないこともない」
なるほど、そういう動かし方もあるのか。
菊乃井に利を見出せば、あそこは商業都市国家だから或いは……。
予算とか経費の話はここでこれ以上話し合うより、ルイさんやローランさんにも集まってもらって話す方がいいだろう。
さて、仮に仮設の療養所のようなものが出来たとして、あとはそこに詰めてもらう人材だ。菊乃井の領民は魔力量が高いのであれば、療養施設に詰めた人から感染爆発が起こるかもしれない。下手な人材は置けない。
悩んでいると、ツンツンと服の裾を引っ張られる感触があって。
その感覚を追って下をむけばござる丸を始め、マンドラゴラ村の住人としゃてーが私の足元に集っていた。
なんかゴザゴザ言ってる。
分かんないんだよなー。
という訳で懐から誕生日にヨーゼフから貰った単語帳を引っ張り出すと、ござる丸に向けて差し出す。
するとござる丸はその単語帳を見つつ、ぴっと私に書かれた文字を示した。
「うーんと、『自分達』……『する』……? えぇっと『病気』……『治す』……『手伝い』……?」
「これは……」
ロマノフ先生の声に困惑が滲む。私だってビックリだよ。
「待って、ござる丸。自分達が病気の人の看病するってこと?」
いや、そんな。
いくらマンドラゴラが色々出来るからって……。
困惑していると、ござる丸とマンドラゴラ村の住人達、それからしゃてーが「ふんす!」と胸を張る。
相変わらず胸とか分かんないけど。
お読みいただいてありがとうございました。
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活動報告にも色々書いておりますので、よろしければそちらもどうぞ。




