こわいおはなし
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次回の更新は、7/26です。
「そんなことしませんよ」
ムスッと唇を尖らせると、画面の向こうの二人の目が半目になる。
何だってそんなクソ面倒臭いことを、私がせにゃならんのだ。
こっちは春のお祭りに向けてだんだん忙しくなってきてる。わざわざ病気にかかりに行くような真似をやってる場合じゃないんだよ。
大体今の話だって憶測の域をでない。
これを確実にするにはまず美奈子先生に問い合わせ、それからブラダマンテさんにも問い合わせだ。
そういえば、シオン殿下が『ああ』と頷く。
『ブラダマンテ様は呪いにもお詳しいんだったっけ?』
「はい。神罰としての呪いも、呪術者の使う呪いも一通りご存じだそうです。共通して浮かぶ痣がそうなのか、確認はできるかと」
『では、それはお前の方でやってもらえるか?』
「はい。疫病対策は菊乃井家の事業でもありますから。それに……」
魔力の多い貴族が重症化して数を減らすことが分かれば、あちらは帝国に縋りつくだろう。今のところマンドラゴラの栽培に成功してるのは菊乃井だけ。薬も菊乃井と梅渓家が共同で開発してるんだから、嫌でもあちらはこちらに頭を下げざるを得なくなる。
さて、ルマーニュ王国の貴族達は頭を下げられるだろうか?
『お前、薬を駆け引きに使う気はないんだろう?』
口に出した疑問に、統理殿下が鼻白む。
当然そんな駆け引きをする気はない。ないけど、アッチが頭を下げられないのは知ったことじゃないよな、と。
そうなれば何が起こるかっていうと、貴族が数を減らす。つまり貴族による統治能力が益々下がるってことだ。
これでどうなるか?
革命派が力を強めて貴族派を押し切って革命を成功させる。もしくは帝国に吸収されたい派が台頭するか。
こんな話をすると、統理殿下が天を仰いだ。
『お前、なんでそうエゲツナイ予測を出してくるんだ……!』
『そうだよ! どっちにしたって帝国が巻き込まれるじゃないか……!』
「そうですけど、動きやすくなりません?」
ルマーニュ王国の体制を維持させようと思うなら、早いところルマーニュ王国に頭を下げさせるべきだし、そうじゃないなら放置。そういうふうに国を細らせることも出来ないではない。
ただし対岸の火事を対岸のままで終わらせられれば、だ。
この流行り病が帝国に入り込んだら、逆に帝国が弱体化する。それだけは避けないと。
何も国に不満を抱えてるのはルマーニュ王国の民だけじゃない。
帝国の臣民だって、長年の搾取に対して怒りが燻っている。ただ国として平民全体に苛烈な圧政を敷いているわけじゃない。だからまだ革命だの何だのっていうレベルに至ってないだけだ。
けれどここで疫病対策をしくじって、臣民に不安と不満の種を撒いたら……。
ルマーニュ王国のことより、寧ろこっちの方がエゲツナイ予測だよ。
『嫌なことを突き付けてくれるな……』
『否定できる材料があまりないのが痛いところですね』
突き付けた未来に対して、皇子殿下方は大きくため息を吐く。
ルマーニュ王国の今は帝国の未来かもしれない。
私が疫病対策やら大発生対策に力を入れてるのは、結局のところ今の帝国の状況を維持もしくは改善させられるかもしれない方法だからだしね。
平和じゃないと、ミュージカルも娯楽も何もあったもんじゃない。そのために叩かないといけないお尻があったら叩くんだ。
という訳で。
「調べるのはやりますが、その後はよろしくお引き取りくださいね。あと、魔力クラファンに協力しろって圧を貴族的に色んなところにドンドコかけてくださったら」
『お前、本当にとんでもないものをぶん投げてくるな?』
『本当に立ってる者はなんでも使うよね?』
「お二方とも頑張ってくださいね!」
にっこり爽やかな笑顔で、同じくらい爽やかな気分で通信を終わらせる。
この後私がやることは、名前を呼ぶのもちょっと戸惑う蛇従僕の報告書をエルフ先生方と大根先生に共有すること。それからブラダマンテさんに蔦状の痣と呪いの関係性を尋ねることだ。
机から便箋を取り出してブラダマンテさんにお手紙を書くと、呼び鈴を鳴らしてメイドさんを呼ぶ。
暫くしてやってきたのはエリーゼだった。
「エリーゼ、ブラダマンテさんのところにお手紙持っていってほしいんだけど」
「お任せくださいませ~」
手紙を受け取ると軽やかに挨拶してエリーゼが部屋を出ていく。
今日は先生方は屋敷というか、空飛ぶ城の大根先生の実験室でマンドラゴラ達に魔力を与えているはずだ。
私も皇子殿下方との話が終わったらそこに行くはずだったしね。
母のところの名前も呼びたくない蛇従僕からの報告書を携えて、屋敷の外に出れば敷地内の丘の上に今日も今日とてぷかぷかと空飛ぶ城が浮かんでる。
空飛ぶ城から伸びる階を登るのも一苦労ではあるんだけど、私には強い味方がいるんだ。
「ターラーちゃーん!!」
大声で呼ぶと五数えるまでに背後に気配を感じて振り返ると、ポニ子さんに手綱を咥えられた颯が。
足元にはちゃんとタラちゃんもいて、ちょっと申し訳なさそうな雰囲気。
どういうことよ?
何が起こってるのかちょっと解らなくてポニ子さんと颯とタラちゃんを順番に見ると、ポニ子さんが咥えた颯の手綱をグイグイ押し付けてくる。
「……タラちゃんでなく、颯で行けってこと?」
差し出された手綱を受け取って尋ねると、「そうですよ」とばかりにポニ子さんが一鳴き。タラちゃんが尻尾で地面に「すね……お役に立ちたいそうです」って書いてた。颯が拗ねてポニ子さんが困るってヨーゼフが言ってたっけ?
しっかり鞍まで着けてお出かけの雰囲気なんだけど、空飛ぶ城に行くだけなんだけどな……。
何とも言えないでいると、ポニ子さん達の真後ろからこちらに駆け寄ってくるヨーゼフが見えた。しばらく待っていると私に気が付いたヨーゼフが足を速めて、こちらにやってくる。
「だ、だだ、旦那様っ!?」
「どうしたの?」
「そ、それが、い、いき、いきなり、ポニ子さんと、は、颯が脱走さして!」
「あー……私がタラちゃんを呼んだからかなぁ」
苦笑いすると颯もポニ子さんもタラちゃんも目を逸らしてるような雰囲気だ。
前から思ってたけど、うちの動物達って結構主張が激しい。労わるようにヨーゼフの肩を叩く。
「今日は颯でお城にいくよ」
「あ、は、はい。く、轡を……」
「ああ、うん。大丈夫、タラちゃんに頼むから。ヨーゼフはポニ子さんのお世話をお願いするね」
「はい、おま、おまかせください」
そんなわけで颯に跨ると、タラちゃんに手綱を任せて歩き出す。
階段をぽくぽく上っていくと、段々と地上が遠くなる。高所恐怖症じゃないからいいけど、流石に空に浮かんでる城だから標高が高い。
城の門は既に開いているけれど、その前まで来ると屋敷と菊乃井の町が一望できる。
平和だ。
一歩外に出れば色々問題はあるけど、少なくとも菊乃井の町は凄く平和。
今、あの町にはレグルスくんがいる。
あの子が安心して遊び、学び、生きることができる場所は、レグルスくん以外の人達にとってもそうなんだ。
もっと盤石に、そして発展させていく。それが私の野心と言えばそうなんだろう。
誰にも邪魔はさせない。
皇子殿下方が怖いっていうのはこういう部分のことなんだろうな。だけどあの二人だって私のことを武器に使ってるところがあるし、お互い様だよ。
城の前庭にある馬留めの石の近くで颯から下りると、タラちゃんが颯をその石に繋ぐ。するとひょこひょことうさおが寄って来た。
「お馬さんはこちらでお世話しておきますね」
「うん、よろしく」
颯に水と飼葉をやってくれるというので頼むと、タラちゃんと並んで城内へ。
何だかよく解らない違和感に振り返るとうさおの後ろ姿が一瞬だけ見えた。
タキシードを着ている筈のその裾が、燕の尻尾のように見えたのは気のせいだったんだろうか?
お読みいただいてありがとうございました。
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活動報告にも色々書いておりますので、よろしければそちらもどうぞ。




