12巻発売記念SS・目標は天に届く味
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天高く馬肥ゆる秋ってのは、異世界人が持ち込んだ諺とかいうものだ。
秋は気候が穏やかだし、自然の実りも多い。旨いものが沢山あって、ついつい馬も肥えるほど食が進む季節だって話なんだろう。
菊乃井屋敷ではビックリするほど沢山の食材にお目にかかる。
ついこの間なんて龍みたいなドラゴンのリュウモドキっていうモンスターの肉が入ってきた。
その前には滅多に採れない星形のキノコとかも。
その度に同じ見習いのアンナさんと「どうやって料理するんだろう?」とか首を捻ってたわけ。
でも料理長はすぐに「ステーキにするか」とか「炊き込みご飯だな」とか決めちゃう。流石だよな。
おれはいつか、妹のゲルダが団員の菊乃井歌劇団の専用劇場に設置されるレストランの料理長になるんだ。
そのために今日も料理長から技や知識を学んでいる。
アンナさんもそうなんだけど、彼女はレグルス様のご実家でも料理人見習いとして修行してたらしい。
でもそのときは、お屋敷の料理長から「目で盗め!」とか言われてて、あんまり技術も知識も教えてもらえなかったんだって。
だけどうちの料理長は新しいことをするたびに、おれやアンナさんに今から作る料理の名前や使う技術なんかを積極的に教えてくれるんだ。
料理に使う器具の名前や用途、調味料の扱い方、材料の切り方。どれ一つ疎かにしても、料理は美味しくなくなる。
そう言って。
料理は愛情っていうけど、それは愛情があればいい加減に料理を作っていいってことじゃない。
食べる人が美味しく料理を感じられるために必要な技術、適切な調理道具と方法、美味しく料理を提供するための知識、それから環境作り。そういった物をきちんと揃えることをしようと思う、その心に愛が宿るってことなんだとおれは考えてる。
そういう考え方を出来るようになったのは、料理長が丁寧に指導してくれるからだ。
おれは料理長を心の底から尊敬している。
でも最近、その料理長を悩ませることが度々あって。
「え? カレー味のポムスフレとカレー味の煎餅を神殿にですか?」
「ああ。海神ロスマリウス様と武神イシュト様の思し召しだそうだ」
「わぁ……」
料理長が厨房のテーブルに手をついて、悩ましそうな顔。
めっちゃ困ってるのは解るんだけど、おれはちょっと誇らしい。
ポムスフレとカレー煎餅は菊乃井家の代表的おやつだ。
国から特許も出ているし、売り物にするなら菊乃井家の許可がいる。
帝都の皇族方もカレー煎餅やカレー味のポムスフレを召し上がることがあるらしいけど、それは特別に料理長が用意したレシピで作られているくらいだ。
つまり料理長のレシピは帝国一ってこと。これが誇らずにいられるだろうか。
だけど、それが料理長のお悩みだったりするんだよな……。
隣にいたアンナさんが、痛ましそうにだけどちょっと誇らしそうに、手を胸の前で組んだ。
「大変だけど、名誉なことじゃないですか……! ね、カイ君?」
「はい! 凄いです! ロスマリウス様だけじゃなく、イシュト様もなんて!」
「まあ、たしかに。名誉なことなんだよな……名誉なことだけど……!」
重圧が半端ない。
料理長の口から零れた呟きに、おれもアンナさんも「あー……」と遠い目だ。
いやー、そうだよなー。神様だもんなぁ……。
おれもアンナさんも時々忘れるけど、この菊乃井屋敷には神様が結構な頻度でおいでになる。
生きてるうちに神様にお会いできる人間なんか、ほとんどいない。
だけどおれは一度百華公主様をこの目で見たことがあるし、遠目からだけどイゴール様や艶陽公主様と思われる小さい女の子も見たことがある。
ほとんどの人間が経験しないで終わるようなことを、結構経験してるんだ。
でもおれやアンナさんは厨房にいてるから目撃くらいだけど、メイドの宇都宮さんやエリーゼさん達は直にイゴール様や艶陽公主様とお会いしたりするから、結構ドキドキするらしい。
だってイゴール様、呼び鈴鳴らして屋敷に入ってこられるから。
お客様の迎えに行くのはメイドさんのお役目だもんな。
宇都宮さんはここではアンナさんの先輩だけど、レグルス様のご実家ではアンナさんが先輩。仲良く休憩時間に話してるのに混ぜてもらうんだけど、たまに凄くぐったりしてるときがあって。
そういうときはイゴール様が呼び鈴鳴らしてお屋敷にいらしたときだ。
一般人からしたら神様なんてそういう凄い存在だもんな。
若さま、いや、もう旦那様なんだけど、一番神様にお会いする頻度が高い。でもぐったりしてることはないから、それだけでもうおれは旦那様を尊敬する。
勿論それ以外の部分でも尊敬してるけど、おれは特にそういうとこが凄いと思う。だって旦那様、今よりちっちゃいときに神様に「押し付けなんかクソくらえだ!」って反発してみせたらしいし。マジすげぇ。
いや、でも、料理長がぐったりする原因は旦那様だしな……。
それも思えば凄いんだ。
だって旦那様たら、神様に自分のおやつ食べさせたんだもん。
イゴール様が最初においでになったとき、若さまは料理長が作ってくれたクッキーでおもてなししたそうだ。
神様にクッキー出すとか、正直おれなら無理。怖すぎて逆におもてなしなんか出来ない。
でもそのお出ししたクッキーをイゴール様がお気に召して、海神のロスマリウス様に「美味しかったよ~」って仰ったそうな。
それでロスマリウス様が「クッキー食べたい」と仰せになったから旦那様はそれにお応えになった。
で、今ここ。
厨房で料理長がめっちゃ困ってる。
だって旦那様、美味しいお菓子が出来た傍から神様方とのお茶会に出すんだもん。
その度にお褒めの言葉を神様からいただいてるけど、それも裏を返せば「この次も期待してるぞ」ってことだよなぁ……。
アンナさんもおれも、唸る料理長を見てるしかできない。
料理を作りだしたら野菜の皮むきとか、下拵えとか、その辺りの手伝いは出来るんだけど。
見守ってるおれたちの視線に気が付いたのか、料理長が顔を上げた。
それからちょっと考えて、おれを呼んだ。
「カイ、悪いが町にいって董子さんに連絡してくれないか?」
「董子さんですか?」
菫子さんとは、町に住んでるハーフエルフの学者さんだ。
研究は色んな美味しいものや調味料の使い方、米や麦の品種改良、ほか色々。菊乃井の名物をもっといいものにしようって、料理長と頑張ってくれてる人だ。
カレー味を煎餅やポムスフレに付ける方法を考えてくれて、おれたちとも仲良くしてくれてる。すごく頼りになるんだ。
首を傾げると、料理長がにやっと笑う。
「ああ。カレー味の付け方は董子さんが考え出したことだからな。彼女にも神様方からお褒めの言葉があったのを伝えたい。それに次の味のバリエーションを一緒に考えてもらわにゃ!」
「ああ、なるほど。了解です。行ってきます」
新しい味のバリエーション。
その言葉におれの心が躍り出す。
料理長は次はどんなものを作ってくれるんだろう。
おれもいつか、料理長のように神様からも「旨いものを作る」って思ってもらえるような料理人になりたいな。
身に着けていたエプロンを取ると、おれは町へと走り出した。
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