真実は夜の帳の向こう側
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次回の更新は、7/8です。
その日の夜のこと。
『来た』
「はい、いらっしゃいませ」
月の光が射す窓辺から、氷輪様が影を伴っていらっしゃった。
今日のお姿は、なんだろう? 前世の医療用スクラブ? そういうのを着ておられる。
髪の毛も黒と白との二色だし、顔の左半分は皮膚の色が濃く、そもそも顔を二分するように左から下に向かって手術痕というのか、そういう傷が走っていた。
このキャラクター、見覚えがある。でも名前が喉の手前まできてるのに出てこない。
ただ、職業は解ってる。
「お医者さん……ですか?」
『さて、我には解らぬ。お前の記憶から出てきたものだからな』
「ああ、そうか……。多分お医者さんです。最近疫病の話とかその対応をしてるから、無意識に出て来ちゃったのかも」
『ふむ、流行り病か……』
少し考えるように顎を擦る氷輪様が、私のベッドに腰かけられる。
それで私にも隣に座るように促されるから、そのように。
『ルマーニュ辺りから死者が増えている』
「!?」
突然の言葉に目を見開いた私に、氷輪様が小さく頷く。
流行り病の威力が強くなっているんだろうか?
それだったら疑似エリクサーの増産体制を強化しないといけないかもしれない。
そんなことを考えていると、氷輪様が首を横に振られる。
『いや、言い方が良くなかったな。死者が増えているのは支配者階級、お前達のいうところの貴族だ』
「え……?」
『お前達支配者階級、或いは経済的に豊かなものは医者にかかることができる。故に庶民よりも死ににくい。だが今ルマーニュ王国で流行っている疫病は、貴族たちのほうが圧倒的に致死率が高い。貧民の方はいつもの感冒と変わらぬ』
なんだそれ。
人間も生物も個体差っていうのがあるけども、それを一切鑑みず、経済だけの観点で見れば、そりゃ庶民よりお金を持っている貴族の方が、感冒やらなんやらでは死ににくい。
医者にかかれるっていうのは、豊かな証拠なんだから。
なのに今回の病気は医者にかかれる人間の方が死にやすい。
それは……。
「医者の処方する薬に反応して重症化するのか……?」
だとすれば医者にかかることの出来ない庶民のほうが助かる率が高くなるかもしれない。でもだ。医者にかかることは出来なくても、薬師にかかることは庶民でも可能なんだよね。
だって薬草とか毒消し薬なんかは、普通に町の小間物屋や雑貨屋においてある。
そういう店がない場所だって冒険者ギルドが商ってることもあれば、行商人もいるし、一家に一束くらい解熱や鎮痛薬になる薬草は備蓄されてるはずだ。
それなら死者が貴族階級に偏って来る理由にはならないんじゃなかろうか?
であれば、なんだ?
考える。
そういえば、象牙の斜塔の長がルマーニュ王国の貴族の家に軟禁されている話がある。
元はと言えば治療に当たっていた象牙の斜塔の研究者が亡くなったから、責任を取って長が治療に当たっているという話だ。
治療されている公爵家の夫人は症状が良くならないらしい。だが研究者のように亡くなるには至っていないようだ。
この差も関係あるのか……?
医者の処方する薬が原因で重症化するなら、この公爵夫人が一進一退なのはどうして?
そもそもルマーニュ王国の流行り病は純然たる病でない可能性もある。
病が人的に作られたものであれば、殺す対象を識別できるのではないか?
だとしたらその識別になるものは一体なんだ?
疑問ばかりがどんどん頭に浮かんでくる。
けれどそのどれもが一つに繋がりそうで、でも真っ直ぐな一本の糸にならない。
ごほんっと咳払いが聞こえて、私はふっと思考の海から顔を上げる。
氷輪様がじっと私を見ていることに気が付いた。
『地上のことに介入するのはあまり良くないが、ここで歯止めをかけておかねば我の仕事が増えるやもしれぬ』
「氷輪様のお仕事……ですか?」
『ああ。生前の償い切れていない罪を償わせること、それが終わった魂の浄化、浄化の終わった魂を再び輪廻の輪に戻すこと。あとは生死の理に逆らう者に対する監視や誅罰も、だ。中でも死者の管理に大きく時間が取られる。死者が増えればそのための時間も増す』
なるほど、冥府ってそういう役割の場所なんだ。
ルマーニュ王国の疫病が食止められなかったら、死者が増えて氷輪様のお仕事が増えるのか。
地上のあれこれもそれだけじゃすまないんだな。
うすぼんやりそんなことを思っていると、氷輪様が私の頭を撫でた。
『放っておいてもお前は事実に辿り着くだろうが、方向性を与えておいてやろう』
「え?」
『何故貴族に致死率が高いか。我は先ほど支配者階級と言ったな?』
「はい」
『支配者階級とは何故支配者階級なのか。その辺を考えてみよ』
どういうこと?
顔に疑問符を張り付けて氷輪様を見る。すると氷輪様は困った顔で仰った。
曰く、直接的にヒントになるようなことを告げると、それは解決のためのご神託になってしまうそうな。
ご神託を授けてしまうと、必ずその物事を解決しなくてはならなくなる。
つまり直接首を突っ込まないといけなくなるんだって。
今だって間接的に関わっているけれど、それでも矢面に立つのは私でなく帝国だ。それが直接矢面に立たないといけなくなっちゃうとか。
それは嫌だ。
という訳で、ここから先は自分で考えて辿り着きなさいってことで。
この氷輪様から聞いたことを他の人にも話していいそうだから、後は有識者に相談だ。
なのでこの話はこれでお終い。
去年から氷輪様がお訪ねくださっているときはミュージカルの話だけじゃなく、実際に手芸を一緒にするようになった。
ニードルフェルトのマスコット作りは、まだ氷輪様の中でブームが続いてるみたい。
その準備をしようとして、一瞬迷う。
エルフの弱体化とお怒りは続いているのか……。
聞きたい気もするけど、それはお尋ねしていいことなんだろうか。
いつもの手芸の道具をベッドサイドの棚から取り出して氷輪様にお渡しすると、裁縫箱を受け取った姿勢のまま氷輪様が唇を引き上げた。
『お前も怖気づくことがあるとは』
「え、や、私、怖がりですけど……」
『エルフの件、尋ねたかったのであろう?』
「あ……」
ちょっと唇を尖らせる。
怖気づくというか、お怒りが持続していたらどうするのかとか。まだ考えが纏まらない。それだけじゃなく、私には皆様優しく接してくださるからお怒りが想像できないというのもある。
『エルフどもはまだ我らの怒りが持続していると思っているようだが、我らはそれほど奴らごときに執着はない』
「それは……」
『裁きは終わり、罰は与えられた。それで終わりだ。嫌う者はいようが、罰が与えられた上は、それ以上何をする気もない』
「では、もうお怒りは解けている、と?」
私の問いかけに、氷輪様の首が小さく上下した。
氷輪様の柔らかな視線に、それが真実であることを悟る。
『それに罰と救済は表裏でなくてはならぬ。罰が与えられ、悔い改めれば救済はされる。エルフどもにも、救済法は既に与えられている。ただ、奴らはそれに気づいておらぬのだろうよ。だからお前が案じるほどの弱体化を招いたのだ。我ら神は真綿で首を絞めるようなまどろっこしい滅びを用意せぬ。滅ぼすのであれば時間をかけず、罰を与えた時点でエルフ一人残らず地上から失せている。そうしなかったのは償いの手段があるからだ』
「じゃ、じゃあ、エルフは滅びに向かう種族ではないんですね?」
『自らで己の首を絞めているだけだ。それが解らぬほど愚かなら、滅びるより他なかろうよ。生きるということは愚かではなせぬ』
氷輪様のお言葉は厳しかったけど、目はやっぱり柔らかい。希望があるのは本当なのだと確信が持てた。
これも有識者に相談だ。
きゅっと握り拳を固めると、気合を入れる。
でも、だ。
じゃあ、ビックリするほど弱体化されるほどの罪って何なんだろう。
迷った末に、氷輪様の優しい目に甘えることにした。
「あの、エルフの罪ってどういうものだったんですか……?」
『神を殺した』
!?
お読みいただいてありがとうございました。
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活動報告にも色々書いておりますので、よろしければそちらもどうぞ。




