友人の言葉は金の蘭の香り、上司の言葉は牡丹の香り
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次回の更新は、7/5です。
バーバリアンやエストレージャはおろか大概の冒険者は、レグルスくんの手合せの相手として源三さんのお眼鏡には適わなかったみたい。
奏くんや紡くんに関してはラーラさん的には「止めないけど、源三がそういうなら出なくてよくない?」という感じだったとか。
「そうなの?」
「うん。ヴィクトル先生も『魔術だったらブラダマンテさんとしーたんとノエたんくらいなら……』って。でもおれらが潰し合っても面白くないじゃん?」
「まあ、盛り上がりに欠けるかな?」
皇子殿下方との対話の後、お昼ご飯を挟んで奏くんや紡くんがやってきた。
私達は武闘会に出るよりももっと大役があるんだよ。即ち姫君様に一曲お捧げするっていう大役が。
私とアンジェちゃんはお箏、レグルスくんは笛、奏くんは三味線、紡くんは太鼓で合奏する。
その練習のために集まったんだけど、ちょっとヴィクトルさんが用事で席を外すことになったので今は休憩中だ。
ヴィクトルさんが「しーたんとノエたん」って呼ぶのは、識さんとノエくんだろう。あの二人はそりゃ太古に封じられたヤバいのに憑かれてて、だけどそれを制御出来てるわけだから強いんだよ。
夏休みのエクストリーム鬼ごっこでもヴィクトルさん相手に善戦したんだし。
なるほど、お祭りのために皆色々考えてくれてるわけだ。
「みんな、ぼうけんしゃさんはぶとうかいとかでたいの?」
アンジェちゃんが首を傾げる。
彼女は私と同じく「武闘会とか興味ないね」派だ。どちらかといえばなんでも市でお店屋さんをやりたいって言ってる。
その希望は一応叶えられる予定。Effet・Papillon商会もなんでも市に出店するので、その店番をお願いすることになってる。
私もお店屋さんやりたかったけど、責任者なので裏方で走り回らないといけないらしい。ちくせう。
アンジェちゃんの不思議そうな声に、紡くんがちょっと考えて。
「みんなじゃないけど、めだちたいりゆうがあるひとはでたいとおもう」
「めだちたい?」
「めだったらゆうめいになるでしょ? そしたらおしごとをいっぱいたのまれるかも」
そういう一面もあるだろう。
勿論、単に自分の力を世に知らしめたいだけっていうのもあるかもしれない。
それに対してアンジェちゃん「ゆうめい」と呟くと、眉根を寄せた。
ふくふくと愛らしい顔に困惑を通り越して、ちょっと迷惑そうな表情が浮かんで、私とレグルスくんと奏くん紡くんは顔を見合わせる。
「どうしたの、アンジェちゃん?」
「ゆうめいになるの、ちょっとこまる……」
「え」
ぽつんと零れた言葉に、アンジェちゃん以外全員首を捻る。
アンジェちゃんはともかく、シエルさんはもう菊乃井歌劇団の男役トップスタァとして結構名前が売れている。
それで有名になるのが困るとは?
ちょっと考えて「あ」と呻く。そういやシエルさんにもアンジェちゃんにも、有名になったらすり寄ってきそうな輩がいたな……。
「もしかして、ルマーニュのお父さんから何か言ってきた?」
「まだです。でもおねーちゃんのしってるひとがおてがみくれて、きをつけなさいって……」
アンジェちゃんの話を聞くとこうだ。
ルマーニュでシエルさんとアンジェちゃんがお世話になっていた劇場の支配人が、菊乃井歌劇団の帝都公演を見に来ていて、その感想を手紙にして送ってくれたそうだ。
絶賛の言葉とともに、ルマーニュにも菊乃井歌劇団の名前が届き始めたことを知らせてくれたという。
でもそれと同時に二人を棄てた父親と継母の凋落ぶりも伝えてくれていて。
もし菊乃井歌劇団の男役トップスタァだということが知れたら菊乃井までたかりに行くかもしれないから気を付けるように……とも書いてあったとか。
「なるほどなぁ」
「そんなひとにきてほしくないよね」
奏くんがむすっと憤り、紡くんがアンジェちゃんを労わる。
腐った父親という共通点を持ってるからか、レグルスくんも心配そうだ。
一応シエルさんはこの件をユウリさんやエリックさんに相談するって言ってたらしい。ヴィクトルさんが席を外した用事ってのはこれかもしれないな。
だとすれば、私にもできることがあるな。
「もしそんな人が来たら、『詳しいことは解らないからご領主さまと話してください』って言ってくれていいよ。そうシエルさんに伝えて? ユウリさんやエリックさんにも伝えとくから。シエルさんとアンジェちゃんを保護したのは私だからね。直接私がお話を聞くよ」
圧迫面接は得意中の得意なんだよ。
それにシエルさんは菊乃井歌劇団の白薔薇の王子様だ。変な大人に汚されてたまるか。
にこっと笑うと、アンジェちゃんがホッとしたのか何度も頷く。その様子にレグルスくんも表情を緩めた。
「あにうえがだいじょうぶっていうなら、だいじょうぶなんだ。おれもアンジェのことまもるから、しんぱいしなくていいよ」
「うん! じゃない、はい!」
元気が出てきたのか、アンジェちゃんがはにかみながらレーズンのパウンドケーキを一口齧る。それを合図に私達も美味しいおやつの時間に突入した。
お茶の後は戻ってきたヴィクトルさんとお稽古。
なんとか一曲様になりそうなくらいにはなってきているというお言葉をもらって、今日のところは解散。
それでお夕飯や色々の後でちょっとだけヴィクトルさんに聞いたら、やっぱり席を外したのはシエルさんの親のことだったそうな。
エリックさんに預けていた伝言用使い魔が、手紙を持ってきたんだって。
中身はアンジェちゃんが言ってたのをより詳しくした感じ。
「向こうがシエルたんたちを邪険にして追い出したって証言は簡単に取れるっていうか、お世話になった劇場の支配人以外にも証言してくれるってさ」
「そうですか、解りました。必要なら私が直接出て行ってもいいですけど……」
「うーん、それ以前に菊乃井に辿り着けるかどうか」
「ああ、結界がありましたね」
肩をすくめるヴィクトルさんは、ややウンザリって雰囲気を滲ませている。
芸術家を私費で支援しているヴィクトルさんにとって、シエルさんの親のような存在は然程珍しくはないものだとか。
無名で食い詰めているときには邪険にして、大成して有名になるとすり寄って来る。それがたまらなく嫌だって、ヴィクトルさんは眉間にしわを寄せる。
解る。凄く解かる。
それを考えると、菊乃井歌劇団がまだ菊乃井少女合唱団ラ・ピュセルだったころのメンバーの家族はかなり慎み深い。
それはやむにやまれぬ事情があったとはいえ、一度は彼女達を売ってしまったことが原因だと思う。疎遠にはなっていない、寧ろ家族は彼女達を応援しているそうだ。だけどその辺の蟠りというか、罪悪感が解消されるには時間がかかるのだろう。
それは置いとく。
菊乃井には悪意や邪念を持つ人間を拒む結界が敷いてある。
そうはいっても全方向完全シャットアウトってなると中々難しいので、悪党は断固拒否の構えだけど、小悪党は迷うくらいに制御しているんだよね。
菊乃井を目指しても中々着かないうちに、諦めて違う町に行くように仕向けているというか。
シエルさんの父親と継母も結界に阻まれて、菊乃井に辿り着けないかも知れない。辿り着いたら着いたで、ユウリさんエリックさんコンビの圧迫面接があり、最終私の圧迫面接があるから、その辺で挫けておいた方がいいだろうけど。
「これが試練って訳じゃないですよね……」
「試練だとしたらアンジェちゃんへの、じゃない? だって同じく加護持ちの君やれーたん、かなたんにつむたんが協力してるし」
「ああ、なるほど」
納得するしかない。
アンジェちゃんは周囲の人に相談するとか、周りの人を頼るとかいう経験を積まされているのかもしれないな。
一人では加護があっても乗り越えられないことがあるって。
私が姫君様に諭されたのも、そういうことだった。
大事なことを思い出して、ちょっとしんみりしてしまった。
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