世にも奇妙なアレやコレや
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次回の更新は、6/24です。
次の朝のことだ。
いつもの元気なご挨拶のあと、ひよこちゃんが何か言いたそうに私を見上げた。
「どうしたの?」
「えぇっと、なごちゃんとのにっきなんだけど」
「うん。何か書いてあった?」
「ゴボウのマンドラゴラがなごちゃんのおうちにきたんだって」
それ自体は昨夜大根先生から聞いていたから、簡単に説明して。
新種っていう評価を聞いたレグルスくんが、こてりと首を傾げ「だからかな?」と呟く。
それにこっちも首を傾げて続きを促すと、ちょっと困ったような表情でレグルスくんが話し始めた。
なんとそのゴボウマンドラゴラ、庭の寿命を迎えつつある木と同化してしまったそうな。
「え? なにそれ?」
「おにわのもうかれそうなきのなかにすみたいっていってたんだって。きも『いいよ』っておへんじしたから、きょうからなごちゃんのいえのきになるんだっていってきのなかにきえちゃったってかいてあった。それでマンドラゴラもおにわのきもだいじょうぶかなって」
「マンドラゴラって、そんなことできるの……?」
「わかんないから、に、あにうえにきこうとおもったんだ」
「ああ、なるほど」
眉毛をへにょりと曲げたレグルスくんに答えてあげたいんだけど、正直私もそんなの解らない。だってござる丸からそんな話は聞いた覚えがない。
いうて私とござる丸って話せているようでそうじゃないから、もしかしたら聞いてるかもしれないけど。
でも、そんな変わった習性の話なら覚えてるはずだけどな。そうじゃないってことは聞いてないってことだと思う。
だけどまあ、解んないことは聞けばいいや。
私の背後ではロッテンマイヤーさんが静かに、レグルスくんの後ろでは宇都宮さんが少しそわっとしながら待ってる。
「とりあえず、朝ご飯食べようか。大根先生にお尋ねしてみてもいいし」
「うん! じゃない、はい!」
そんなわけで食卓へ。
レグルスくんの疑問は、大根先生によって呆気なく解決した。
「うむ、そういうこともあるな」
「あるんですか?」
今朝の食卓には焼き立てのレーズンパンとくるみパンが登場して、香ばしい匂いがテーブルのそこここでしている。
優雅にパンをちぎってバターを塗った大根先生が「珍しいことだがね」と一言付け加えた。
「めずらしい?」
きょとんと瞬くレグルスくんに、大根先生は大きく頷いた。
「ああ。珍しいことだけれど、ないことじゃないんだ。マンドラゴラは魔物といえど植物の性質もあってね。他の植物に自ら接ぎ木して、木として生きることを選択する個体もいるそうだ。ただし完全に植物になるのではなく、危機が迫れば一部を切り落として植物と分離してマンドラゴラに復帰する。植物の方は依り代になる代りに、その植物の種子を体内に保存してもらえるという利点があるな」
「依り代になったほうは寿命が迫っているそうですが……」
「最後の新芽をマンドラゴラに保存してもらって、そのマンドラゴラが分離する際に別の土地に新芽を運んでもらえるんだよ」
「ではそこでは枯れたとしても、別の土地で再生できるということですか?」
「そういうことだね」
へぇ。
感嘆というか感心といか、そういう音が私の口からもレグルスくんのお口からも洩れる。
それに対して楽しそうに大根先生は頷く。
学術的に貴重な現象なんだそうな。
「じゃあ、おにわのきは?」
「枯れること自体は覆せないが、マンドラゴラが融合したことで寿命はかなり延びるだろう。そうさな、事例としては後三年もてばいいと言われていた木が三十年程生き続けたというのがある」
それは凄いことなんでは?
だって十倍じゃん。
マンドラゴラの生態はまだまだ奥が深いようだ。
朝の食卓はエルフ三先生も加わって、大根先生の「マンドラゴラ講座」のような感じで興味深いものだった。
そんな有意義な朝を過ごして、レグルスくんは早速和嬢へお返事を書いたみたい。
安心してくれるといいね。
可愛らしく甘酸っぱいやり取りをしてるひよこちゃんと同じ部屋にいるのに、私の読んでる書類のしょっぱいことと来たら!
いつものように書斎兼執務室の机は飴色に磨かれていて、そこに映る自分の顔がげんなりしてるのに目を逸らす。
ジャミルさんが例の病に呪詛を混ぜて兵器に転用するっていう研究の行く末を調べてくれたんだけど、なんとその研究者は私がかかった流行り病と同じ病で既に三年前に死んでいた。
あのときの流行り病が結構に強力だったので、兵器とするのに目をつけて研究していたらしい。けれどそれが元で件の病に感染、そして高齢だったため他色々で冥府へ赴くことになったそうな。
ミイラ取りがミイラになるってこういうときに使う言葉だっけ?
ジャミルさんから送られてきた手紙には、埋葬地も墓も確認した旨が書かれていた。そこまでやってくださったことにびっくりだ。あんまり無理とか危ないことはしないでほしい。
それはそれとして、ジャミルさんの手紙には気になることも書いてあった。
その研究者が死ぬ前に、彼の家に出入りしていた人間が数名いるらしい。更にその研究者の最後の言葉は「奪われた」だったとか。
これは研究者に家を貸していて、偶々身寄りのない研究者の臨終に立ち会うことになってしまった大家さんの証言なんだって。
大家さんは研究者がなにをやっていたかは知らず、泥棒にでも入られたか、過去恨みに思う何かがあったのだろうと覚えていたんだそうな。
何処かのお国の諜報部よりもジャミルさんの頼りになることよ。
振り出しに戻った気分だ。
そうは言っても変な動きをしてる奴らが怪しいのはセオリーなので。
「象牙の斜塔はどうなっています?」
ジャミルさんからの手紙を持って来て、そのまま後ろ手に手を組んで立っているオブライエンに尋ねる。
「混乱と言いますか、水面下で色々派閥争いが激化しています。まともな研究者は粛々と研究を続けていますが……」
「長を救出する動きは?」
「表向き交渉はしていますが、進んでいる様子はありません」
「えー……長、人望がないんですね」
「人望でしたらフェーリクス様や、梅渓におられる竹林院のお方のほうが上かと」
「さもありなん、ですね」
竹林院というのは、梅渓にいらっしゃる美奈子先生の元の家名だ。
梅渓家に召し抱えになる辺りで、美奈子先生から直接宰相閣下にお話があったそうな。
曰く、自分は竹林院という旧い侯爵家の末の娘で、研究に生きるために家を出奔したとか。
公爵家の令嬢の教育係をするのだから、黙っていても調べられる。それならば自分から話した方がいいし、そこで不信感を抱かれるのは自身を信用してくれている大根先生に申し訳ないからと、ご自身から打ち明けてくださったらしい。
それでも一応調べないといけないし、裏取りする過程でちょっと怖いことも知ってしまった。
これも胃もたれしそうな話なんだけど、今現在竹林院は貴族名鑑には断絶した家として記載されている。
しかも断絶した理由が、美奈子先生のお父さんだった当主とその次の当主である美奈子先生のお兄さんが次々と事故死なさって継ぐ者がいなくなったから。
他にもご兄弟、親戚がいたらしいけど、結局誰もいなくなった……だ。
そしてどうも次男坊さんに宛がわれる家名が、この竹林院で内定してるみたい。
歴史ある名跡だから絶やすのはもったいないとして、次男坊さんに宛がうつもりだったようだけど、美奈子先生の存在でちょっと変わる……筈もなく。
美奈子先生ご自身は家名は捨てたものだから、好きにしてほしいってさ。
今頃は水面下で色んな調整が入っているんだろう、多分。
「それで、研究者や賢者様方の流出は起こりそうですか?」
「もう既に始まっています。大半が帝都に向かうようですが、フェーリクス様に縁ある一派はこちらを目指している様子で」
「でしたら、無事にこちらにつけるようそれとなく手配を」
「は」
礼儀正しく頭を下げて、オブライエンが退出する。
その背中を見送って大きなため息を吐いた私に、ひよこちゃんがにまっと笑ってサムズアップ。
「あにうえ、がっこうけいかくがすすむね!」
「ああ、そうか……」
そうだな、ポジティブに考えれば先生が増えるんだ。
流石、ひよこちゃん! 良いこと言うね!
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