何度もあれば少しは学ぶ
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次回の更新は、6/21です。
こういう胃もたれするような話は、本当に嫌だわ。
なんとも言えない気持ちになっていると、ロマノフ先生がこてりと首を傾げた。
「それで、どうします?」
「どう、とは?」
そんなこと言われても「別にどうも」としか答えようがない。そんなのは先生も解っておられるだろうに。
私は先生方やソーニャさんや大根先生方のお蔭で、エルフに特に嫌な印象を持たない。若干アレなのにも出会ったけど、そんなのは個体差だよ。あの夏休みの三人組がそういうタイプだっただけだろうし、人間にも嫌なヤツはいる。
某シュタ何とか公爵とかその長男とか、元父とかその実家周りとか、うちの母上様と蛇従僕とかさ。
主語を大きくするとろくなことにならない。奴らは奴ら、種族は種族。それだけだ。
実際同盟の件も、帝国の初代皇帝陛下も親友のことが好きだから力になれればいいなって感じだったんじゃないの?
そう尋ねれば、これは意外。大根先生が「是」と返してくれた。
「吾輩はそのころもう象牙の斜塔にいたんだが、同盟の草案作りに駆り出されてね。ぼやいておられたよ。『俺は友人とその愛する者を守りたいだけなのに、なんでこんなにややこしいんだ』と」
「あー……解ります。権力があっても右向け右がすぐ出来る訳じゃないですし」
「皇妃殿下が宥めておられたけれどね。『きちんと法を作っておけば、帝国がある限り友達を守れるんだから』と」
渡り人だった初代の皇妃殿下にとって、法は絶対に守られるべき物だったんだろうな。だけど、法は変えることも出来る。
それを軽々にやらせないためにソーニャさんがいるんだろうけど。
けれどそれなら双方向の交流が必要になるんだ。
結局のところ揉め事というのは、相互理解の不足から起こることなんだから。
それなのにエルフのほうは閉じこもるばかりで、理解をしよう求めようという動きがない。実際は違うのかもしれないけれど、それがこちら……帝国の末端の権力者側からは見えないんだよね。
もっと上、皇家はソーニャさんと近いからちょっと違うのかな?
疑問を口に出せばヴィクトルさんが首を横に振った。
「伯母様以外は何もしてないよ。僕も宮廷音楽家だったけど、距離を取ってたからね。それに座して滅びを待つなら、潔く滅んでしまえって思ってたし」
軽く言ってるけど、こういうところを宰相閣下は案じてらっしゃるんだろうな。
思わず顔がきゅっとなる。なんかこう、酸っぱいものを食べたときみたいに。
これに関してはラーラさんも頷いてるから同じなんだろう。
だからさー、こういう問題をさー、なんでたかだか八歳の私が突き付けられないといけないのかっていうさー……。
思わず白目を剥きそうになったけど、ここで現実逃避をしても仕方ない。
蜜柑茶の甘さにささくれた心を癒されながら、考えを纏める。
「とりあえず、菊乃井は種族を理由に扉を閉ざすことはありません。もしも助けを求めてエルフが菊乃井の門を叩くのであれば、エルフ側に非がない限りは受け入れます。今だって別にそれは変わらない。でもエルフだけを特別扱いはしません。人間、魔族、獣人、エルフ、ドワーフ、その他種族の別なく、あらゆる種族に菊乃井の扉は開かれる」
もう何度もこの話はしている。
けれどこれまで明文化はしてこなかった。もういい加減、そういうきちっとしたものを作るべきときが来ているのかもしれない。
何だったら菊乃井領に入る大門に「この門を潜る者は一切の差別意識を棄てよ」とでも書いてやろうか?
馬車もそうだけど領内法も、家格と世情に合うように整備しないといけないんだろうな。やることが多すぎて辛い。
っていうか、こんな問題私だけじゃなんともならんわ。
明日か明後日にでも帝都の皇子殿下方に連絡付けなきゃ。
がしがし頭を掻きながら大きくため息を吐くと、にこやかにロマノフ先生が首を横に振る。
「そういうことじゃなく。いや、君の姿勢は今まで一貫してますからね。そこは不安に思うことはありません」
「え?」
いやまあ、そりゃそうか。
拍子抜けしてきょとんとすると、ラーラさんが「ああ」と呟く。
「今までの傾向からして、人材が集まると何かあるよね?」
「あー……ねー……」
目線をラーラさんから逸らす。
思いきり目をそらしていた現実を思い出して、今度こそ腹の底から大きなため息を吐いた。それ、だよな……。
「私達も姫君のお言葉を君から聞いて、今までの傾向を顧みてみたんですよね」
「うん。問題の大小にかかわらず何かが起こるときは、前後して人がやってくるんだよ。ちょっと前だって色んな人が来てくれたでしょ? 今回はエルフの里の大物である大巫女様だよ。何かあるでしょ、絶対」
「……ですよねー……」
ロマノフ先生とヴィクトルさんが苦笑いしつつ言うのに、全く反論が出来ない。
神様方の加護は問題に対処するために色んな縁を結んでくれるそうだけど、裏を返せばその人達に協力してもらって問題に当たれってことなんだよね。
この理屈でいうと、今まで出会った人の中に解決法を持つ誰かがいる問題が起こる。さもなければこれから対処しなきゃいけない問題を持った誰かがもう菊乃井にいるってことだ。
今思い当たる大きな問題っていえば神殺しか。
でもそれはまだ先でいいはずだし、となると……。
「ルマーニュの流行り病で何か動きがある……?」
「さしあたり、可能性が一番高いのはそれですかね?」
病、病か。
口に出すと厄介さが増すような気がする。
ロマノフ先生もヴィクトルさんもラーラさんも、眉をしかめて黙ってしまう。
そこに「あ」と大根先生が零した。
視線が一斉に大根先生に向かう。
「美奈子君から聞いた話だが」
おぉお、来ちゃったー……。
うへぇという顔になった私に、大根先生が苦く笑いながら手をひらひらと動かす。
「ああ、病の話ではなくて」
「そうなんですか」
「美奈子君の弟子になった公爵家のお嬢さんの話なのだが」
予想外の方向の話で、私は大根先生の方に身を乗り出す。
和嬢の話ならレグルスくんから色々お話がくるんだけど、特に今聞いてることはなかった。
教師としての評価なのかな?
それだったらもうレグルスくんはおねむの時間だから、明日教えてあげよう。
大根先生の言葉を待っていると、にこやかに彼が口を開く。
「今日の朝一緒にクッキーを作ったそうだ。そのときに、厨房に間違って入ってしまったマンドラゴラを保護したそうだよ」
「え? それって」
「ああ、あちらでもマンドラゴラコミュニティーが形成される兆しが出てきたようだね」
「それは凄い!」
ついつい拍手してしまった。
菊乃井だってマンドラゴラコミュニティーが形成されるまでは一年くらいかかったっていうのに、梅渓では半年程度だ。これってめっちゃ早い。
それは梅渓という土地が物理的にも魔力的にも豊かな証でもあるから、羨ましいといえばそう。
「ただそのマンドラゴラなんだが、ゴボウによく似ているんだそうだ」
「ゴボウ? え? ゴボウ?」
「ああ。だから厨房もマンドラゴラだとは思わなかったそうだ。彼女の家でも大根や蕪、人参には注意していたらしい。だがゴボウはまったく気にしていなかったそうだ。危うくお嬢さんの好きなポタージュにするところだったとか」
「危ないところでしたね」
なるほど、これは和嬢が明日の日記に書いて来るかもしれないな。
だけど、だ。
「……ゴボウ?」
「ん? ゴボウはたしかに新種だな。吾輩も長くマンドラゴラを研究していて、大根・蕪・人参への擬態自体は知っていたがゴボウは知らなかった」
「皮とかも薄いだろうし、葉っぱって……?」
「葉っぱもきちんと育てれば生えるよ。花もとげとげした丸い紫の花が咲く」
「へぇ、根っこしか見たことないです」
何か引っかかったけど、まあいいか。
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