闇というほどのことはない暗がり
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次回の更新は、6/17です。
「それで、大巫女様は今日のところは帝都に戻ったのかい?」
「はい。当座の服や日用品を準備しないといけないし、ナジェズダさんが持っていた古王国第三王朝の貨幣をどうにかしないと使えないので」
ほんの少し首を傾げた大根先生の疑問に、蜜柑茶を飲みつつ答えた。
本日の飲み会の肴は胡桃と大豆を炒ったもの。ちょっと塩味が付けられているので、お酒にはいいらしい。私も炒り大豆結構好きなんだよね。
あの後、ナジェズダさんは移住することを決定事項として、今日のところはソーニャさんと帝都に戻った。
家は人の営みがよく見える町の方がいいという希望があったので、いいところを探してもらえるようヴァーサさんに連絡。
彼はエルフのお針子さんが増えることに驚きはしたものの、雇用契約書をきちんと作っておくと、家探しと共に引き受けてくれた。
万事有能な人は話が早い。
そのことを説明すると、大根先生は顎を擦った。
「それで紡君は族長が菊乃井に来ない理由については納得したのかい?」
「そうですね。奏くんの言うことだから一応。でもちょっと疑問はあると思います」
紡くんだけじゃなく、レグルスくんもちょっと疑ってるとは思うけどね。あの子は鋭いし、息してるだけで可愛い天才だもの。
奏くん自身もちょっと違うと思いつつも、エルフの里長が菊乃井に来ない理由を説明してた。
曰く、「来たことのない土地には転移が出来ない。菊乃井に里長が一度でも来たことがあるなら、もう姿を現しているだろうし」と。
それと「全方向の種族を拒否してるのに、頭を下げてまで菊乃井の場所を聞いたりしないだろ。それをするくらいなら、とうに若さまに手紙の一つも届いてる」ってさ。
エルフの里長はここに至るまで私にコンタクトをとっては来ていない。
先生達が里に呼び出されるっていうことは、ナジェズダさんは菊乃井に現れるだろうと見当はついてるにもかかわらず、だ。
人探しっていうのはどうしたって他者と会話なり関りなりを持たないといけない。他種族と付き合うことを倦厭してる種族にそれが出来るとも思えない。そんなようなことも言ってたな。
どれも間違ってはいないんだろう。
ただ決定的な理由でもないっていうだけ。
大きく息を吐くと、ロマノフ先生がこっちを見ているのに気が付いた。その目が学習内容の確認のためのテストをするときのそれにそっくり。
つまりこれも試験なわけだよ。何処まで私が気が付いてるかっていう。
そして大根先生が面白そうに「鳳蝶殿はどう思うのだね?」なんて聞いて来るし。
「帝国とエルフの里が同盟を結んでいるという件について、私は少し引っ掛かりがあったんです」
「何故? 帝国の初代皇帝陛下と我らが里の英雄が親友同士だったんだ。決して不自然ではなかろうに」
「そうですね。友誼だけを考えれば」
異種族の個人の友情が異種族間の同盟や連帯に繋がるなんて話はよくあることだ。けど、ここにエルフの事情を加味すると、見える景色が違って来る。
「ナジェズダさんはエルフは神様の怒りを受けて滅びに向かっているようだと言ってました」
「そうだね。ボクらも子どもの頃から耳にタコができるくらい聞かされた話だよ。だからって神様をお怨みしてはいけないってね」
「恨むのであれば、先祖の不明を怨みなさい。決まり文句だったよね」
茶化すようなラーラさんやヴィクトルさんの言葉に、ロマノフ先生や大根先生も頷く。
当事者にとって、その話がどれほどの重みをもつのかは正直分らない。
だって理不尽な話ではあるんだ。問題を起こした当事者でもないのに、その結果ばかりを負わされるって。
だけどそうでもしなければ贖罪にはならないほどの重大事を起こした証拠でもある。
私に出来るのはそのお怒りは継続してるのか、もう取り返しがつかないのか、お訊ねするだけだ。
それはこの試験の後の話として。
「問題はそこでなく、制裁の内容です。エルフの能力低下は著しいそうですね」
「ええ。恐らくもう、私達と同等の力を持つエルフは生まれないでしょう」
ロマノフ先生の微妙な言い回し。嘘じゃないけど本当でもない。ナジェズダさんは可能性はなくはないと言ってたけど、先生にとって可能性は無いんだろうな。
でもこだわるべきはそこじゃないんだ。
蜜柑茶で喉を潤す。
「ナジェズダさんから、先生方の同世代で先生方ほどの力を持つ者はいないと聞いています。先生方は国家から英雄と認定されるほどの力を持つ。だから人間も、人間だけでなく他の種族も、エルフとは『そういう者』という印象が強い。でも夏休みに私が対峙したエルフ達はお世辞にも強いといえる存在ではなかった。あれだったら皇子殿下方やラシードくんの方がまだしもです」
更にナジェズダさんは「あと百年もすれば、エルフの魔力は人間と同等レベルになるのでは?」とも推測していた。
神様にとっては先生達の力も赤子同然に過ぎないという。だけど人間にとって先生方の力は天災に近い。
その天災に近い力を持つ種族が、私達人間と同等の力しか持たなくなる。そしてその能力低下のスピードが恐らく尋常じゃないくらい早いんだろう。だってあと百年だぞ?
夏休みに出会ったエルフだって、神様の色々で強化された私にとって敵ではなかっただけで、普通の人間には十分脅威だ。
それが百年もすれば普通の人と同等だ。こんな怖いことってある?
そしてそれはエルフにとって怖いことであっても、他種族にとってはそうでもない。問題はこれなんだ。
「帝国と同盟を結んだのは、エルフが人間と変わらないどころか、人間よりも更に弱い存在になったときのことを考えたからでは?」
だって多数のエルフがロマノフ先生と同じような力を持っているなら、帝国と対等な同盟を結ぶよりも有利で不平等な不可侵条約とかを交わせたはずだ。
そうでなく同盟にしたのは、恐らくもうそのときにはエルフの著しい能力低下はどうにもならないところまで来ていたのでは?
そしてそのどうにもならない所の先を見据えて、人間とエルフを対等な存在として同盟を結んだ。
ソーニャさんが帝都に在住して政治にも関与しているのは、同盟を結んだ帝国を長く存続させるため。
つまり弱体化したエルフの庇護者を失わないための尽力……。
個人的な友誼で対等な同盟を結んだと思われるのは、人間よりも寧ろエルフのほうに都合がいい。
エルフは弱体化する以前から人間を尊重して対等な同盟を結んだのだから、同じく人間もエルフを尊重して対等な存在と遇せよと要求もできるし。
それに誰でも自分の弱体化なんか知られたくないだろう。
であればエルフが他種族との交流を断っている理由も解る。
弱体化を知られないため、ロマノフ先生達が作ったエルフの強い虚像を守るためだ。弱体化を知られれば報復されかねない。そんなようなことをエルフはしてきた覚えがあるんだろう。
そして里長が先生方に強く出られないのも、要は先生達が里長より強いから。菊乃井にこれないのも、私の方が今里にいる多数のエルフ達より確実に強いからだろう。
身内に手を出されたときの私が、エルフの里に対して破壊の星を使わない保証はどこにもないもんな。
先生方に里に戻ってほしいのも、里の守りを固めたいからだ。
つらつらとこんなことを説明すると、ロマノフ先生がゆったりと手を打つ。拍手されてもなー……。
「よくできました」
「えー……当たってるんですか……?」
「そうなんですよ、これが。というか、君の【千里眼】はかなり精度が上がってますね?」
「……この間、中級になってました」
「色々巻き込まれますからね」
ロマノフ先生だけじゃなくヴィクトルさんやラーラさん、大根先生までもが遠い目をする。私もだよ、ちくせう。
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