個人の自由に勝る理由はない
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次回の更新は、6/14です。
簡単な話だ。
引きこもりエルフのナジェズダさんに会えるような友人は、間違いなく人間ではない。だって里が人間というかエルフ以外の種族を明らかに嫌忌している。その里で重要な立場にあるナジェズダさんに会える他種族はいないだろう。
そこに加えてナジェズダさんに近い旅をするエルフといえば、そりゃあロマノフ先生やヴィクトルさん、ラーラさん、それから大根先生だろうけど、先生達はナジェズダさんが菊乃井に来る手伝いはしない。というか、するんだったら最初からしてるだろう。
そして私は他に旅するエルフを二人知っている。
夏休み最中に出会ったキリルさんとファルークさんだけど、このうち明確に菊乃井に滞在してるのはキリルさんだけ。
となればキリルさんかなぁっていう。
でも先生達はキリルさんを知らなかった。
これの答えも簡単。先生達が里から家出している間に知り合っただけ。
「貴方達が里を出ている間、色々私にもあったんです」
「それは……そうですね。本当にご無沙汰しておりました」
つんとナジェズダさんにあしらわれてロマノフ先生が苦笑する。
ロマノフ先生達もナジェズダさんや家族のことを気にすることがないではないけど、あそこは時間の流れが遅すぎて少しの変化もないっていう思い込みみたいなものがあるそうだ。
その姿勢を里に残ったエルフ達は「自分達を軽視している」と取っているらしい。
だけどロマノフ先生達に言わせれば、人界の変化の目まぐるしさについて行くのが精一杯で、そういう変化のない里のことまでは追いつかないんだってさ。
どっちが悪いとかはない。
ライフスタイルやライフサイクルの違いってやつだ。
因みにキリルさんからナジェズダさんの話を聞かなかったのは、恐らくナジェズダさんの立場を慮ったからだろうって。
此方のエルフの里は、同じエルフでもちょっとこう排他的というか。
そういうところが最近……ここ百年か二百年かあるそうなので、他所のエルフと親交があるって解ると良い顔されないというのをキリルさんが配慮したからのようだ。
大丈夫なのか、エルフの里。
いや、大丈夫じゃないから排他的なのかもしれないけど。
そうなると帝国との同盟の件も探っておかないとな……。
応接室に集まる人数が増えたので、宇都宮さんやエリーゼがお茶を改めて持ってくる。
とりあえず、難しい話は後だ。
お茶の時間を延長することにして、今決めないといけないことを話すことに。
いうて、今日はどうするのかって話だよね。お泊りしてもいいし、帝都に戻ってもいいし。そういう。
「私としては前から誰にでも言ってますが、私の理念に賛同してくれる方に閉ざす扉はありません。拒む理由もありませんし」
「それは私も帝国の上の方も解っているの。でもうちの里長とか、某公爵家とかは全然理解してくれなくて……」
私のスタンスは変わらない。それに対してソーニャさんが頷きつつも、頬に手を当てて苦い顔をした。
某公爵家っていうのは「出仕に及ばず」って遠回しに言われたお家のことで、力あるものが菊乃井に集うのを危険視しているそうだ。そしてエルフの里長は、私がロマノフ先生やヴィクトルさんやラーラさんを利用して、人間社会で成り上がりたいと思っているんだそうな。
自然ため息が出る。
これにはレグルスくんも奏くんも紡くんも、紅茶のカップを握りしめながら眉間にしわを寄せた。
「あにうえは、菊乃井をみんながおべんきょうできて、たのしくいきていけるところにしたいだけだよ」
「なんで口出しだけして金は出さないし協力もしないし別の解決法も考えない奴らに、若さまが文句言われなきゃいけないんだ」
「わかさま、みんなのおくすりつくるのがんばってるのに……」
三人ともぷんすこしてる。
癒されるわー……。
素直に憤ってくれる三人を見ていると、ホッとする。そしてホッとする私は多分もう彼ら側じゃないんだ。
私だって相手の主張が正しかろうと、それが菊乃井の正義と利益に反するならきっと全力で戦う。
正義の対義語は向こう側の正義とはけだし名言だ。
そこまで行くまでに話し合いとかはするけどね。
実際私のしていることなんて、後世の歴史家が見たら物凄い悪辣で悪政かもしれないし。
そんな私の葛藤は仕舞っておくことにして。
「一銭にもならないことは後回しにして、今はナジェズダさんのことですよ。うちは受け入れ態勢はあります。ナジェズダさんにはこちらの今の文化や常識を擦り合わせる作業が必要だと思うので、その辺りは話し合いの余地があるとは考えていますが」
ロッテンマイヤーさんブレンドのお茶は、いつでも薫り高くて美味しい。二杯目は一杯目より爽やかさがあるから、少し配合は変えてるかもだけど。
私の言葉を受けてナジェズダさんがエルフ三先生やソーニャさんに「ほら! いいって言ってるじゃない!」って喜んでいる。
それに対してソーニャさんが困ったような顔をした。
「私も構わないって言いたいところだけれど、世界樹のことを考えると……」
「だからね、ソーネチカ。あの木にもう精霊はいないの。声が全く聞こえないんだから、お出かけしちゃったみたいね」
「それ、里長には?」
「勿論言ってるけど、あの子人の話聞かないじゃない?」
「ああ、それは……そうね」
そうなんかい。
会話を聞いていてずっこけそうになる。
ナジェズダさんの話は続く。
そもそも世界樹にいた精霊は、ナジェズダさんに「世界を視て来ていいよ」と言っていたらしい。
でもそれに対して大多数のエルフが反対したから、ナジェズダさんは引きこもっていたそうだ。ロマノフ先生達は「そんなの聞かなくていい」って言って、外の世界に出ることを促していたとか。
大多数の人が不安がるなら、無理に我を押し通すこともない。そんな感じだったらしい。
でも最近精霊の声が聞こえなくなって、存在も身近には感じられなくなった。存在が消えたといっても、精霊が消失した訳じゃなく、かなり遠くに行った気配があるんだって。
そうしてナジェズダさんは自分の世界樹の巫女としての使命の終わりを感じたそうな。だけど、それを言っても里長は「出かけているなら帰って来るかもしれない」って聞かないんだと。
「私達はもう大巫女様も自分のために生きてもいいだろうってずっと話してるんですけどね」
「私が里にいたところで、世界樹の精霊は戻らないと思うけれどね。それで戻るくらいなら、いきなりいなくなったりしないと思うのよ」
「そりゃそうだな」
ロマノフ先生の苦い言葉に頷くナジェズダさんに対して、奏くんが同意する。私も同意だ。
ナジェズダさんと世界樹の精霊がどういう関係だったか解んないけど、ナジェズダさんに特別な執着心があるなら彼女を置いて出ていったりしないだろう。
先生達が「来ちゃった!」を警戒したのは、やっぱりフィオレさんの宿屋で起こった問題を警戒してのことだったそうな。
そりゃ、いきなり見知らぬエルフさんに声かけられて、「頑張っている貴方に」って古金貨渡されても困るだろうしな。
まかり間違ったら、盗掘者疑惑が湧いちゃうよ。
「じゃあ、大巫女様はこのまま移住ってことでいいのかい?」
「ボクらはまんまるちゃんがいいなら、反対する理由もないけど」
ヴィクトルさんとラーラさんが二人揃ってそう口にする。
ロマノフ先生にしてもソーニャさんにしても、強固に反対する理由もない。
大根先生に関してはソーニャさんが「あの子はそもそも里が嫌いだから、出てくることには何も言わないわ」って。
一同移住で同意。
そういうことになったんだけど、紡くんがぽつっと零す。
「エルフのさとのおささんは、むかえにきたりしないんですか?」
「ああ、多分来ない。というか、来れないと思うよ」
「そうだな、無理だろ」
奏くんと二人でロマノフ先生を見つめる。
するとロマノフ先生とソーニャさんが二人同時に肩をすくめた。
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