物理的な世界の広さと、繋がりの範囲は必ずしも一致しない
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次回の更新は、6/10です。
とりあえず、脳内に浮かんだ人間とエルフの同盟については置こう。
これに関してはナジェズダさんよりも、質問をするに適した人がいるからだ。
重くなった室内の雰囲気はいかんとし難い。
その重さを振り払うように、私はワザと手を大きく音が出るように打った。
「まあ、私としては菊乃井に移住なさるのであれば歓迎します。反対する理由がないですしね。当商会の専属お針子さんとして働いていただければと思いますし、それだったら寮を用意するのも吝かじゃありません」
後を振り返ってロッテンマイヤーさんに「ね?」と尋ねれば、彼女も「はい」と頷いてくれた。後はヴァーサさんに連絡して雇用契約を詰めてもらえばいいかな?
ナジェズダさんもそれでいいのか、満足そうに頷いた。
これなら後はエルフの関係者各位の同意とか何とかがあればいいだろう。
そう思っていると、コツコツと開け放たれた扉を叩く音がした。注目をワザと集めるかのようなそれに、扉のほうを見ればロマノフ先生とソーニャさんがいて。
「ただいま戻りました」
「お帰りなさい」
「お邪魔します」
「いらっしゃいませ、ソーニャさん」
挨拶はどんなときにもしっかりと。
うちはそういう方針なので、ロマノフ先生もソーニャさんもにこやかに挨拶してくれる。
けど、その顔には「めっちゃ焦ってます」っていう雰囲気が滲んでいて、ちょっと面白い。そしてチラッと見たナジェズダさんの目線がそっぽを向いている。
「ロッテンマイヤーさんから連絡をもらって、すぐに里から帰って来たんですが……」
なるほど。
私がナジェズダさんを迎えにいってる間に、ロッテンマイヤーさんはロマノフ先生に連絡をつけていたらしい。
でもロッテンマイヤーさんが私に耳打ちしたのはちょっと違ってた。
「旦那様のお部屋の刺繍本に、ソーニャ様への取次ぎをお願いしたんですが……」
「ああ、ソーニャさんがロマノフ先生に連絡したんだね」
「エルフの里にいらっしゃると仰っていたので、恐らく」
つまり今日も今日とて先生達はエルフの里に呼び出されてたわけだ。それだけナジェズダさんの存在は、里にとって重いってことかな?
そうこうしてるうちに、二人の後ろからヴィクトルさんやラーラさんが姿を見せる。
それでナジェズダさんの姿を確認すると、へらっと笑った。
二人とも軽く手を上げて「ただいま」というのに、私達は「お帰りなさい」といつものように返す。
そうすると二人はロマノフ先生やソーニャさんを伴って、私とひよこちゃんが座っているソファーまでやってきた。
「ご無沙汰しております」
「ええ、本当に」
ロマノフ先生の言葉に、ナジェズダさんが静かに返す。
ヴィクトルさんやラーラさんも同じく「ご無沙汰しております」と告げれば、ナジェズダさんは鷹揚に頷いた。
三人の雰囲気が何処か硬い。
その硬さにひよこちゃんが首を捻った。
「せんせいたち、なんかへんだよ?」
「そうだな、固いっていうか?」
奏くんが同意するのに、紡くんがコクコク頷いている。
するとソーニャさんが大きく肩をすくめた。
「それはそうよ。最終兵器お説教巫女様だもの」
「ちょ!?」
「伯母様!?」
「なんで言っちゃうの!?」
穏やかなナジェズダさんと反対に、エルフ三先生はそれぞれ動揺を見せる。
最終兵器お説教巫女様って、字面が物騒。だけど何となく想像がついた。ソーニャさんを見れば、にやっと笑う。
「この三人が悪戯して手が付けられないときに、よくお尻ぺんぺんしてもらったのよね」
「お尻」
「ぺんぺん」
思わずロッテンマイヤーさんと顔を見合わせて呻く。
え? ナジェズダさん、めっちゃ強いんでは?
だってロマノフ先生、子どもの頃からベヒモスとか狩って遊んでたって聞いたことあるし。
詳しく聞けば、そのロマノフ先生を一瞬で捕獲して何度もお尻ぺんぺんしたっていうじゃん?
もっともロマノフ先生にしても何度お尻ぺんぺんされても、ナジェズダさんを出し抜こうと頑張ったらしいけど。流石。
ヴィクトルさんやラーラさんにしても同じく、悪戯して捕獲されてお尻ぺんぺんを二、三度経験しているそうだ。
「え? つよ……」
「あら、でも、今の貴方方のほうが捕まえにくそうよ?」
奏くんの呟きに完全同意。
だけどナジェズダさんは小首を傾げる。
「それ以前にこの子たちはお尻ぺんぺんされるような悪さをしませんよ」
ソーニャさんがそういうのに、私もひよこちゃんも奏くんも紡くんもブンブン首を縦に振る。それに対してヴィクトルさんが「え? 解せない……」とか呟いたけど、聞こえない聞こえない。
どんな悪戯したか知らないけど、そんなの私達がする悪戯なんか絶対大したことじゃないよ。
「この子達は悪戯は大したことないけど、色々違うことで悩ましいよ」
「そうですよ。色々あるんですから……!」
ヴィクトルさんが凄く不本意そうに肩をすくめるのに、ロマノフ先生が力強く同意して、ラーラさんも物凄く重々しく頷いた。
それにはこっちの方が解せない。
前から言ってるけど、私のえげつなさの九割くらいは先生達のえげつなさで出来てるもん。多分、きっと。
私も先生達も一瞬目があったけど、お互いそっと逸らす。
そんな私達師弟の間に微妙に流れた「相手より自分達の方がましです、絶対」っていう雰囲気を払うように、ソーニャさんが咳払いを一つ。
それからほろ苦い笑顔を顔に張り付かせて、ナジェズダさんへと話を向けた。
「もう、今色々話し合っているから迂闊に帝都から動かないでってお願いしたのに!」
「だって。お友達が今菊乃井に住んでいるっていうんだもの。行ったことがある人に連れて来てもらうのが一番早いでしょ? 彼も用事があるから暫くは帝都に来ないっていうし」
ナジェズダさんの説明によると、彼女はそのご友人に転移魔術で菊乃井の町の外れに連れて来てもらったんだとか。
ただお友達は用事があるから、ナジェズダさんが「連れて来てもらったら一人で帰れる」という言葉に頷いて、また帝都で用事を済ませるべく戻ってしまったのだとか。
「あれ? そのお友達に今の通貨がどうとか聞かなかったんですか?」
ちょっと引っかかって尋ねてみる。
するとナジェズダさんは一瞬考えて、首を緩く横に振った。
「聞いてなかったわねぇ。でもあの人の一族は旅をする者が結構多いし、あの人もしょっちゅう旅に出ているそうだから、こちらの引きこもり具合とか頭になかったんじゃないかしら?」
「はぁ」
旅。
その言葉に、また引っかかりを覚える。
そういえばうち、結構滞在するエルフさん多いんだよね。
ロマノフ先生方は勿論、大根先生とハーフエルフの董子さん。そして旅生活が長い、海の向こうの大陸からやってきたエルフのキリルさん。
脳内で指折り数えて、ふと奏くんの顔を見る。
その顔には「もしかして?」って書いてあったし、彼の直感が「そう」っていうなら多分そうだ。
おまけにロマノフ先生やヴィクトルさん、ラーラさんも「もしかして?」って顔してるもん。
世の中狭いんだか広いんだか解らないな。
そっと息を吐くと、私はナジェズダさんへと声をかけた。
「ナジェズダさんのお友達って、もしかして海の向こうの大陸から来たキリルさんというエルフさんでは?」
「あら、ご存じなの?」
「ええ、はい。ちょっとしたご縁で」
「まあまあ、凄いご縁だこと」
うーむ、これはもしかして何か起こる前兆なのかな?
人が集まるときって、その後に結構な問題が持ち上がったりするんだよね……。
思わず遠い目をした私に、ひよこちゃんが「ぐうぜんってすごいねー」とはしゃぐ声が聞こえた。
お読みいただいてありがとうございました。
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