歴史の影に潜むもの
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で、だ。
服を作るには元手がいる。
でもナジェズダさんの持ってるお金は恐らく帝都にでも行かないと使えない。というか、帝都でも多分使えない。
だって文化財だ。
古王国第三王朝時代の~なんて言われても、古物商でもやってない限りには解らない。下手をすれば贋金だと思われるだろうし。
エルフが人間に冷たくあしらわれたのって、こういうカルチャーギャップのせいもあるんじゃなかろうか?
恐らくソーニャさんのお店は、外貨を獲得したり、その辺のエルフと人間のギャップを埋めるための物でもあるんだろうな。
ちょっとその辺の文化の差異を軽く考えてたわ。
だってロマノフ先生やヴィクトルさん、ラーラさんや大根先生は、その辺りの問題を全く感じさせないもの。
なるほど、異文化交流大事。
これは恐らくナジェズダさんだけの問題じゃなく、本格的に雪樹の民が移住してきたときにも起こる問題でもあるだろう。
ある意味それが移住が開始される前に発覚して良かった。お金の価値もそうだけど、異文化の常識の違いって、やっぱり怖いんだよ。
例えばの話。
頭を撫でるのは人間なら普通に親愛の証なんだけど、神狼族では主と定めた人物以外に許すと主への裏切りになるらしい。難しい。
閑話休題。
「えぇっと、うちは既にナジェズダさんとお取引があるから、帝国の通貨で報酬をお支払いする予定になってますけども?」
「ええ、でも、私はここであの子達を見守りたいの。それにはお家とか色々必要でしょう?」
シェリーさん達はナジェズダさんの申し出に面食らいながらも、「応援してもらえるのは凄く嬉しい」として、一旦話を保留にして帰って行った。
なんでも初心者講座の座学の時間が差し迫ってたらしい。
識さんとノエくんも同じく帰っていった。彼女達もシェリーさん達が受ける講座を受講予定になっていて、その空き時間にちょっと挨拶を……というつもりで一緒に来たんだって。
魔術の伝授のほうはシェリーさんより、寧ろ彼女を常日頃から見ているグレイくんとビリーくんの方が乗り気だったな。
っていうか、住む気なんだ。
いや、別にいいけど。
住居だったら空飛ぶ城の部屋が余ってるし、そうじゃなくても空き家をリノベすればいいだけだ。
ただ。
「でもさ、ナジェズダさん家出してきたんだろ? 家族とか大丈夫なのか?」
胡桃入りクッキーを齧りつつ、奏くんが訊ねる。
ナジェズダさんから「おばあちゃんって呼んでね?」て言われたけど、奏くんはいつかソーニャさんに言ったみたいに「おれのなかの婆ちゃんが行方不明になるから無理」って、ナジェズダさんと呼ぶことにしたみたい。私にしても無理。お婆ちゃんの概念が何処かに行っちゃう。
翻ってレグルスくんと紡くんはナジェズダさんを「おばあちゃん」と呼ぶことに異論はないみたい。だって二人ともソーニャさんでさえ「ばぁば」だもんな。
それはいいんだけど。
奏くんの心配はもっともなこと。紡くんも干しブドウを練り込んだクッキーを齧りつつ頷く。勿論レグルスくんもだ。
まあ、でも、皆別に移住しちゃ駄目とは思ってないんだよね。だってナジェズダさんは大人だもん。自分でなんでも決められるし、菊乃井は犯罪者だったり私の理念と真逆のことをする人だったりしなきゃ、扉はいつでも開け放たれてる。
先生達も別段反対はなさらないだろう。私、ひいては菊乃井が不利益を被らない限り。
「家族……。そうね、心配してるかもしれない。でももう、土に還るまでの少しの間、自分のために生きてもいいと思うの」
ナジェズダさんの囁くような小さな声に、私達は息を呑む。
そうだ、ナジェズダさんはお年寄りなんだ。若く、人間でいえば四十にもなっていないように見えたとしても、エルフとしては幾つか解らない。
古王国第三王朝は少なくても千年以上前。エルフは二千年はゆうに生きるとはいえ、もう半分は超えてるってことになる。
揃って神妙な顔をしている私達のことを通して、何処か違う場所を見る目のナジェズダさんは滔々と話し始めた。
彼女はエルフの里に植えられている世界樹の巫女を長年勤めてきたそうな。
ナジェズダさんもロマノフ先生達と同じく、エルフの血筋の中でも貴種にあたる。
その血の故に自由恋愛も里から出ることも許されず、枯れ行くばかりの世界樹を淡々と守る役割をこなして来た。
そしてつい最近になって、エルフの里の世界樹から完全にその意思のようなものが失われたことが解り、巫女としての役割を終えたとか。
そこまででもう成人してから七千年以上、そしてナジェズダさんが土に還るまではあと三百年あるかないか……。
「三百年……!」
めっちゃあるやん!
喉から出そうになった言葉を何とか飲み込む。
人間にとって三百年は長いけど、エルフにとってはちょっと解らない。というか、成人してから七千年以上って何? エルフって三千年ちょっとくらいが寿命じゃないの?
ちょっと情報量が多くて、お茶と一緒に色々を飲み下す。
こういうとき切り込んでくれるのが奏くんで。
「ん? エルフって三千年くらいの寿命じゃないの?」
「ああ、最近の子達はそうね。だけど私もだけれど、アリョーシュカとその下の子達二人までは旧い血が勝っているから、その倍は軽く生きられると思う。直系は伊達じゃないから」
「ひぇぇ」
私と同じ疑問を抱いたろう奏くんの質問に、こてりと小首を傾げるナジェズダさんはどうあっても七千年も生きているようには見えない。
というか、直系だから長く生きるって言ってたよね?
そして最近のエルフはその半分も生きられない、とも。
だとすると、今のエルフの大半は親より子が先に死ぬことになるんでは?
でもソーニャさんはエルフが逆縁になることは少ないとも言ってた。それってどういうことだ?
解らないことが多い。
こういうときはその答えを持っていそうな人に聞くのが一番だ。
「あにうえ?」
隣に座っているレグルスくんが不安そうな顔で私を見上げていた。彼の目に映る私は険しい顔をしている。
意を決して、私は口を開いた。
「直系だから長く生きられるとは、どういう意味なんでしょう?」
直球勝負だ。
だけどナジェズダさんは特に構えることなく。
「先ほどエルフは神様にお叱りを受けた一族だと言ったでしょう? 私達の始祖は世界樹に守られて、他のエルフ達よりお叱りが軽かったの。お蔭で私達は他のエルフ達より能力低下や寿命の短縮の速度が著しく遅い」
「ロマノフ先生達も、ですか?」
「ええ。まだあの子達くらいまでは始祖と遜色ない力を持ってる。でも同世代の子達はあの子達より遥かに生き物としての存在が弱い。それより下は目も当てられない。あと百年もすれば人間に魔力で追いつかれるんじゃないかしら」
「そ、そこまで……?」
「そこまでエルフの能力低下は著しいの。まるで虐げていた他の種族に、今度はお前達が虐げられるがよいとでも言わんばかり」
静かにナジェズダさんは微笑む。諦めと僅かな嘲りが混じった笑いだ。
けどその嘲りは他でもない自分、ひいては自分の属するエルフという種への嘲りのように感じる。
言葉が出てこない。何て言っていいか解らないのが正解だ。
ひりひりする喉を無理やりこじ開ける。聞かなきゃいけないことがまだあるからだ。
「あの、ロマノフ先生達までってことはそれ以降は……?」
「解らないの」
「え?」
「だってあの子達、所帯持ってないでしょ? 奥さんを持つなり旦那さんを得るなりして、次の世代を作ったら解かるだろうけど……ねぇ?」
「ああ、そういう……」
なるほど。
詰めていた息を吐く。
ホッとしたというか、謎の安堵感が部屋に滲む。
それと同時にちょっと変なことを思い出した。
それはソーニャさんがいつか話してくれた、帝国とエルフとの間で結ばれた同盟のことで。
うーん、重たいなぁ。
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