底なし沼、単推しから箱推しへ
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天与の大盾とは、太古に遺失したとされる物理・魔術両様の防御魔術だ。
要塞型結界とでもいうのか、自分の周囲数メートルを障壁を展開して守ることが可能。その上かなり頑丈で、大昔に暴れていたヴリトラ……名前付きの古竜のブレスを弾いたとされている。
……っていう説明を、嬉々として夢幻の王が垂れ流して来た。
「識さん、天与の大盾って遺失魔術ですけど?」
「え? ああ、うん。そうですよ。でも、ほら、エラトマには扱えるので」
「必然的に識さんも使える、と」
「ですです」
こくっと頷いた識さんの後ろがざわつく。
識さんの両隣は奏くんとノエくんがいるもんね。紡くんは奏くんの横にいて、好奇心に目を輝かせている。
そう、後ろ。
か細く女の子の声で「し、識ちゃん……」と聞こえた。
それを合図に、識さんとノエくんが後ろを振り返る。
それから隠れるように彼女らの後ろに立っていた、少女一人と少年二人を自分達の前に押し出した。
「ご領主様、シェリーさんと仲間のグレイ君とビリー君お連れしました」
「例のエルフさんが来てるって聞いたから、お礼を言いたいんだって」
彼らと私には面識が一応ある。
たしか坊主頭の少年がグレイくんで、軽装の少年がビリーくんだった。シェリーさんは今日もナジェズダさんの作品の一つの、可愛らしいレースの付け襟をEffet・Papillon製のローブに付けてる。
この付け襟がまた可愛いんだよ。小さな花が散らされている。
「突然の招きに応じてくださってありがとう」
「いらっしゃい!」
私とひよこちゃんで声をかけると、三人がたじろぐ。
出会いが良くなかったせいか、物凄く緊張しているのが見てとれた。
けど、三人のなかで一番肝が据わっているのか、シェリーさんがいち早く持ち直して緩く首を横に振る。
「いいえ、そんな。あの、この度はお招きに与り、えぇっと……」
「大丈夫だって。そんな難しい言い方しなくても、若さまは気にしないから」
「そうだよ。わかさま、やさしいよ? こわくないよ!」
奏くんと紡くんがシェリーさん達にフォローを入れてくれる。
貴族って一般市民からしたら、こんな感じで緊張しなきゃいけない存在なんだな。いや、単に私が怖がられてるだけの可能性もあるけど。
その辺のことは今言っても仕方ないだろう。こういうのは慣れもあるんだ。
とりあえずお客さんとして招いたのに、いつまでも立たせておくわけにもいかない。
ソファーを勧めると、おずおずと三人が腰かける。
識さんやノエくんも近くにあった椅子へと腰をおろした。
シェリーさんの斜め向かいにはにかむナジェズダさんがいる。
彼女はシェリーさんをみて、それから私を見て、再びシェリーさんへと視線をさ迷わせて。
「あ、あの」
「ああ、はい。シェリーさん」
「は、はひ!」
「こちら、ナジェズダさんです。貴方に付けてもらってる付け襟の製作者の」
シェリーさんに呼びかけたんだけど、もれなく三人ともびしっと背を伸ばす。
釣られたのかナジェズダさんも背筋を伸ばしたけれど、元々背筋の伸びた人だからあまり変わらないかな。
「は、初めまして。あた、いや、わたし、シェリーっていいます。その、隣がグレイとビリーです。わたしの仲間、です」
「ビ、ビリーっす」
「あの、グレイです」
シェリーさんの言葉に二人の少年が緊張気味に頭を下げた。
応えるように自身の名を告げたナジェズダさんだったけど、何かこう、目の輝きがさっきまでと全然違う。
あれだ、キラキラしてる。それも見覚えがある感じに。
まるで、菊乃井歌劇団の劇団員達を見る、そのファンの目というか。
沼。
そんな単語が脳内を横切っていく。
「あ、あの、この付け襟、ありがとうございます……!」
シェリーさんががばっと頭を下げた。
そういえば彼女達パーティーは、ナジェズダさんの付け襟のお蔭で命拾いしたことが……という話を聞いたことがある。
それが切っ掛けで彼女は長文の感謝のお手紙をナジェズダさんへと送ってくれたわけだけど、その話を改めてナジェズダさんにし始めた。
その場にはシェリーさんのパーティーメンバーのグレイくんやビリーくんもいたそうだから、他の二人もそのときのシェリーさんの活躍を臨場感たっぷりに語る。
その口ぶりを聞くだに、この二人は純粋にシェリーさんのことを尊敬してるみたいだ。時間を稼げば必ず彼女はいつでも勝機を掴んでくれる。そういう絶対の信頼感が二人にはあって、シェリーさんは二人が必ず魔術を発動させるまで自分を守り抜いてくれるっていう安心感があるみたい。
パーティーとしては理想だよね。
私だって前衛のレグルスくんやタラちゃん、ござる丸、中衛の奏くんに対してはそういう信頼感があるし、後衛の紡くんには私の意図を理解して動いてくれるっていう安心感がある。
そんなシェリーさん達パーティーの話を、ナジェズダさんは微笑まし気に聞いていた。
「……そうだったのね。私の作ったものが、そんな風に役に立ったならとても嬉しい」
手を祈るように組み合わせて呟くナジェズダさんに、シェリーさんを始めグレイくんもビリーくんもブンブン首を縦に振る。
「正直、こんなに凄い効果のあるものを、あたしみたいな底辺が持ってていいのかって思います。でも、これがあったら、今まで以上にグレイやビリーの役に立てるし、その、この間みたいに困ってる誰かを助けてあげられるかもしれない。そう思うんです」
「俺ら、ここに来るまで散々で、シェリーのこともちゃんと守ってやれなくて、魔術師なのにナイフで戦わせたりって怖い思いさせたけど、今ならちゃんと魔術師としての戦い方をさせてやれる。そしたらシェリーは必ず勝ち筋を見つけてくれるって信じてます」
「シェリーは独学で魔術を勉強するくらい頭がいいんだ。おいら達みたいな奴らより、もっと名前のあるパーティーに入れてもらえたら、それこそスゲェ活躍できると思う。でも、おいら達と頑張るんだって言ってくれる。それにおいら達も応えたくて……!」
「何言ってんの!? 二人がいなかったら、あたしなんかこの付け襟をもらう前に死んじゃってたよ!」
三人が三人とも、固くお互いを信じている。
イイ話だ。
私だけじゃなく、皆、ひよこちゃんや奏くん・紡くん、識さんやノエくんも、ほわっと和んでる。至近距離で三人の話を浴びたナジェズダさんは、その綺麗なアクアマリンのようなおめめを潤ませていた。
この人、感激屋さんなのね?
さっきフィオレさんのところでのひよこファイブの件でも、目を若干潤ませていたし。
応接室の空気がほんわか温かい物になって、穏やかな空気でお茶が美味しく感じられる。何も無くてもロッテンマイヤーさんのお茶は美味しいけど、それ以上だ。
三人が揃って再びナジェズダさんに、お礼とお辞儀をしたところでぶわっと空気が膨れる。
といっても、感じたのは私だけだったみたいだけど。
変ったんだよ、目つきが。
燃えっていうより、萌え。萌え萌えキュンキュンって感じ。
うわぁ……と思っていると、ナジェズダさんは胸の前で組んでいた手を解いて、そっとシェリーさんの手を取った。
「あの、シェリーさん」
「はい」
「良かったら、なのだけど。貴方に私の魔術を受け継いでもらえないかしら?」
「へ?」
唐突なナジェズダさんの申し出に、シェリーさんがきょとんと瞬く。
それだけでなく、グレイくんやビリーくんにもナジェズダさんは話しかけた。
「グレイさんにビリーさん、貴方方にも私、服を作って差し上げたい」
「え!?」
「お、おお?」
うん、そうなる予感はしてた。
だってナジェズダさんのお顔に「推す! 超推す!」って書いてあるんだもん。
お読みいただいてありがとうございました。
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活動報告にも色々書いておりますので、よろしければそちらもどうぞ。




