神話の生き証人
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次回の更新は、5/31です。
屋敷に着くと、ナジェズダさんを応接間に案内する。
もうおもてなしの準備が出来てるのが、ロッテンマイヤークオリティーってやつだ。
ソファーにゆったりと座ったナジェズダさんが、私の後ろに控えたロッテンマイヤーさんを見て穏やかな表情を見せる。
アンジェちゃんはお使いの大役を果たしたご褒美に、厨房でお菓子のお毒見という名目で一足先におやつタイムに入った。
ナジェズダさんがゆったりとロッテンマイヤーさんに視線を送る。
「彼女がアリョーシュカの養い子の末裔の娘さん?」
「はい」
「そうなの。不思議なものね、あの子は同じエルフとは縁を持ちたがらない。だけど人間とは親しむ」
何とも言い難い言葉に、少しだけ視線が泳ぐ。
思い当たる節はあるんだ。
ロマノフ先生、夏休みにエルフの里近くで色々あったときにそれらしいこと言ってたもんな。「里を焼く」とかさ。
それほど過激ではないにせよ、ヴィクトルさんやラーラさんもエルフの里のことはあんまり……って感じだし。
レグルスくんも思い当たったのか、その表情は微妙だ。
ナジェズダさんは私達兄弟の表情に感じるモノがあったのか、そっとため息を吐いた。
「まあね、アリョーシュカ達の言い分も解らなくはないのよ。いえ、解るからこそ私も家出してきたのだし。でも今の子達のことはともかく、最初に人間達と距離を取ることを決めたエルフ達の気持も解らなくもないの」
「はあ……」
まあ、こういうのってどっちが悪いって言えるような問題でもないわな。
でもちょっと引っ掛かった。
ナジェズダさんの言葉を反芻すると、今のエルフ達と最初に人間と距離をとることを決めたエルフ達の意図が違うように聞こえる。
そういえば前に姫君様が仰ってたけど、始祖のエルフは人間の友達がいたとか。
だけどエルフと人間は寿命が違うから、友達になっても何度も死に別れてしまう。それが辛くて人間と永遠に距離をとった、と。
そういうことかと尋ねてみると、瞬きを何度も繰り返してナジェズダさんはキョトンとする。
「そんな昔話、よくご存じだったこと……。ソーネチカ、それかフェーレニカから聞いたの?」
「ああ、いえ、ちょっと教えてくれた方がいて」
「そうなのね。どちらかというとそのすぐ後の世代の話なのだけど」
濁すような言い方をしたけれど、ナジェズダさんは気にならなかったようだ。
話は続く。
始祖のエルフは人間と別れを告げても、それでも人間を愛していたことに変わりなかったらしい。
我が子や孫に人間の素晴らしさ、愛しさを語っていたそうな。
彼の思い出の中の人間は、素晴らしく優しく勇気に溢れ知恵の限りを尽くして困難に立ち向かう美しい種族だったらしい。
けどもそれは彼が人間をことのほか愛していたからだし、彼が付き合って生きた人間達もまた、始祖エルフを隣人として愛し友とした者達だ。つまり、人格者だったみたい。
翻って、大多数の人間はそうじゃないわけだよ。いや、大多数は普通の人だし、普通に人間の倫理や規範、常識に従って粛々と生きてる。
それはエルフだって同じだよ。同じなんだけど、最初に刷り込まれた情報が滅茶苦茶期待値を上げてしまったものだから。
「人間と触れ合おうとして、でも異種族だからと爪弾きにされたり、怖がられたり。そういうことが続いて、裏切られたように感じたのね。そこから人間に対しての認識が変わっていった」
「えー……あー……」
そう言われてもさー……。
分らなくもないよ。好きだった分、期待値が高かったんだろう。裏切られた瞬間、一気に好意が反転して地の底まで落ちる、なんてさ。
何ともコメントしにくい話に、ナジェズダさんも苦笑いする。
「でも、エルフだって清らかな心の持ち主ばかりじゃない。寧ろ逆だったからこそ、神様からお叱りをうけてしまったのだもの」
「え? そうなんですか?」
「かみさまにしかられたの?」
それは初耳。
レグルスくんと顔を見合わせると、二人してロッテンマイヤーさんを振り返る。ロッテンマイヤーさんも初耳だったのか、眉のあたりに困惑が漂っていた。
ナジェズダさんはほろ苦い表情のまま頷く。
「ええ。私達エルフは自分達が地上にいる全ての者の中で一番優れていると奢り、神様の寵愛を恣にしていると勘違いをしてしまった。それ故に色々としてはならないことをしてしまったの。滅亡は辛うじて免れたけれど、お怒りはそれはそれは深くてね。もう私達の子孫はかつてのような魔力や知恵を持って生まれてくることはない。生まれる数も元々少なかったのが更に少なくなって、ゆるゆると族滅を待つばかりよ」
「それは……」
絶句する。
そういえば姫君様は初対面のとき、ロマノフ先生に塩対応だった。
そのときは覗き見みたいな状態になってしまったからだと思ってたけど、それから後にもエルフという種族については、あまり好んでおられないような仰りようで。
だけど、そんなお叱りってほどじゃなかったような……。
他の神様にしたってそういうような感じではなかったし。
だけどロスマリウス様は、我が子にも等しい人魚族の子どもを食い殺したクラーケンにも表向き憎しみを向けることなくおられた。
姫君様達も本当はエルフという種を嫌っていても、個人に関してはその限りじゃないのかな?
レグルスくんの方をみれば、ひよこちゃんもグルグルしてるみたい。
物凄く困惑しているのが解る表情だ。
そうなるよねー……。
私だってグルグルしてるもん。
じっとりとした沈黙が応接室に満ちる。
そこに開け放していた扉に滑り込むように、静かにエリーゼが姿を見せた。
「旦那様、奏くんと紡くんがお客様を御連れしたと……」
「お客様?」
「はい。識さんとノエシスくんも一緒に」
ニコニコのエリーゼの言葉に「あ」とレグルスくんが呟く。
もしかして連れて来てくれたのかな?
そう思ってエリーゼに重ねて問う。
「もしかして、女の子?」
「はい。それと同じくらいの男の子が二人。シェリーさんと伝えれば解かると奏くんが」
やっぱり。
ナジェズダさんも「シェリー」という言葉に、ハッとした顔を見せた。
「あ、はい。解りました。こちらにお連れしてくれる?」
「かしこまりました」
優雅に一礼してエリーゼが出ていく。
レグルスくんがキラキラした笑顔になって、ナジェズダさんからそわっとした雰囲気が伝わってくる。
「よかったね、ナジェズダさん。シェリーさんきてくれたんだって」
「え、ええ。まあ、どうしましょう? いきなりこんなおばあちゃんに会いに来られて困らないかしら?」
「そんなことないよ! おうえんしにきてくれたんでしょ?」
「ええ、頑張っているみたいだったから。何かしら力になれたら、と思って」
「れ、じゃない、おれもにぃ、じゃなくて、あにうえのこといつもおうえんしてるんだ。あにうえはうれしいっていってくれるよ。ね?」
輝く笑顔で「ね?」ってレグルスくんに尋ねられる。
嬉しくないわけないでしょ、こんなに可愛いひよこちゃんが応援してくれるんだよ?
「うん、嬉しいよ。レグルスくんが応援してくれるんだったら、破壊の星で色んなとこ更地にできると思う」
笑顔で応じると、レグルスくんの胸元に下がっているひよこちゃんポーチが『ひょえ!?』と悲鳴をあげた。ピヨちゃん、そういえばいたっけ。
同じ精霊の夢幻の王の中にいるヤツは、私の腰で『ひゃっふー! いつやります!? すぐ!? 今すぐ!?』とか大歓喜してるけど。
「やだ、物騒。でも破壊の星に天与の大盾ぶつけたらどうなるかは知りたいかも……」
「識!? しっ!?」
「え? 何その魔術、見てぇな?」
「つむもー!」
あ。
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