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白豚貴族だったどうしようもない私に前世の記憶が生えた件 (書籍:白豚貴族ですが前世の記憶が生えたのでひよこな弟育てます)  作者: やしろ


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懐古と古典と黒歴史

いつも感想などなどありがとうございます。

大変励みになっております。

次回の更新は、5/20です。


 ぱぁって輝くレグルスくんの笑顔が今日も尊い。

 その傍にいた奏くんとか紡くんも「よかった~」って表情だ。


「ご領主様! よかった!」


 ざわっと人垣が揺れて、フィオレさんが大きく手を振る。そのすぐ隣で、見知らぬエルフの女性が小首を傾げていた。

 そんな彼女にレグルスくんが「れ、おれのあにうえだよ!」と説明しているのに、馬上から下りて近寄る。

 女性が少し考えてから「ああ」と呟いた。


「アリョーシュカのお弟子さんのご領主様……鳳蝶様、だったかしら?」

「はい。菊乃井侯爵家当主鳳蝶です、初めまして」


 穏やかに彼女の誰何に答えると、人垣が静まり、それから膝を一斉に折る。大袈裟だよ。

 居心地が良くないから手で立ってもらうように合図すると、奏くんが「立ってていいって」と大きな声で言ってくれる。以心伝心ってやつだね。

 皆立ち上がって少し距離を取ってくれる。

 それから再度「どうしました?」と尋ねると、エルフの女性が口を開いた。


「初めて御目文字おめもじいたします。わたくし、ナジェズダと申しますの」

「ナジェズダさん、ですか」


 あー、そういえばロマノフ先生やヴィクトルさん、ラーラさんに、その「来ちゃった!」するかもしれないお年寄りの名前を聞いてなかったな。

 でも「アリョーシュカ」って言ったよね?

 それはロマノフ先生の愛称だ。

 エルフって名前の略称に加えて愛称があって、同じ名前なのに何通りも呼び方があるんだ。

 ロマノフ先生でいうと、ヴィクトルさんやラーラさんが呼ぶ「アリョーシャ」が略称、ソーニャさんや大根先生、このナジェズダさんが呼ぶ「アリョーシュカ」が愛称になる。

 それで略称のほうは友人知人でも呼ぶんだけど、愛称の方は目上の人しか呼べないものらしい。

 それでいうならラーラさんのことは、ロマノフ先生もヴィクトルさんも愛称で呼んでいいそうなんだけど、エルフにとって生まれの二、三十年程度の差はないのと同じ。つまり同い年扱いなんだって。

 面白い文化だよね。

 それはそれ。

 ロマノフ先生の名前を呼んだということは、この方は「来ちゃった!」の人で確定だろう。

 一方で、奏くんに紡くんが話しかけているのが聞こえた。


「にいちゃん、おめもじって、はじめましてってこと?」

「うん? そうだ……と思う」


 二人の話を聞いていたようで、ナジェズダさんが小首を傾げる。


「あらぁ? 最近の人は使わない言葉なのかしら……」

「ええ、はい。古典というか、帝国では文学の表現上でしかあまり聞かない言葉ですね」

「そうなんですの? エルフだけで暮していると、言葉の流行廃りが解らなくなってしまうわねぇ……」


 おっとりとしたナジェズダさんの言葉に、私はそっと視線を逸らした。

 この「御目文字」って言葉には、苦い思い出があるんだ。

 三年前の五歳のとき、私は死にかけて。

 前世の記憶が頭に生えたのと、それまでの記憶が何だかごっそりおぼろげになって、それが訳の分からない感じにミックスされたせいで、どっちの言語で話してるのか訳が分かんなくなってた時期があった。

 挨拶とかはロッテンマイヤーさん達がしてくれるのに合わせて返してたんだけど、イゴール様に初めてお会いしたときに咄嗟に出て来ちゃったのが「御目文字いたします」だったんだよ。

 なんでか?

 それは前世の記憶が生える前の私が、祖母の遺した古典文学の本を自分なりに読んで、貴族的な言葉遣いを覚えてたらしいから。

 私の部屋の調度品って、基本祖父とか曽祖父、祖母の遺品だったわけだよ。

 で、その遺品の一つがタンスだったんだけど、そのタンスに隠すように古典の本が入ってた。死にかける前から僅かに字が読めていた私は、独学でその古典文学を学んでいたのだ。

 その証拠というか、明らかに私の筆跡で訳文を書いたノートが部屋にあったから間違いない。

 それでその時「その挨拶、古典の女官言葉だよ?」と修正が入れば良かったんだけど、それがなかった。

 これは先生達がエルフで、エルフの里では「御目文字」って普通に使われてる言葉だったから。

 女官言葉の指摘も、自分達がエルフだからそう思っているだけで「もしかしたら人間は男女ともに使うのかも?」と悩んだ末にしなかったそうな。

 その後色々を経て、やっぱり「帝国でも使わないし古典かつ女官言葉」って確認したんだって。

 そして同じころ、私も自分が今までひっそり独学で読んでいたモノが古典であり、更に「御目文字」という言葉が女官言葉だったことに気が付いた。

 以来、私はそれを使ってないので、先生達もあえて触れなかったそうな。

 認めたくない、若さゆえの過ちってやつだよ。

 まあ、それも先生方は「四歳で古典を読めてたところに着目しましょうよ」って言ってくれたけど、私にはイキり散らしてた黒歴史ってやつだ。

 この話を聞いたのは最近になって。

 ブラダマンテさんが神聖魔術の勉強中の雑談で、今は死語になってる言葉を時々自分が使ってることがあって~って教えてくれたからだ。

 げふん。

 軽く咳払いして話題を逸らす。

 それで今は何で人だかりができてたんだろう?

 視線を向けるとひよこちゃんが、私について来ていたアンジェちゃんに尋ねた。


「どこまでおはなしできた?」

「えぇっと、しらないエルフさんをみつけたとこまでです!」

「じゃあ、最初からだな」


 奏くんが話を引き取ってくれる。

 レグルスくんがナジェズダさんを見かけた辺りまではアンジェちゃんが話したとおり。その後でお使いの依頼を終えたレグルスくん達を労うために、フィオレさんがオープンカフェのスペースに案内してくれたんだそうな。

 それでそのときにお食事を終えたナジェズダさんがフィオレさんにお代を支払おうとしたらしい。

 しかし、それが問題で。


「このエルフさん、金貨出して来たンすよ」

「あー……両替に困ったの?」


 でも宿屋だしな。

 金貨の両替は出来そうな気もするけど。

 そんな視線をフィオレさんに向けると、紡くんが首を横に振った。


「ただのきんかじゃないです!」

「え? どういうこと?」

「これ、今は使えないのかしら?」


 私と顔を見合わせたナジェズダさんは、そっと手に握っていたものを見せてくれた。それは金貨には違いなかったんだけど、表に天秤、裏にドラゴンが刻印されたもので、現在帝国で流通している金貨……表は鳳凰で裏が麒麟ではなくて。

 あー、なんだこれ? 見たことはあるんだけどな……?

 記憶の底を浚う前に、紡くんが小脇に抱えた本を見せてくれる。結構デカいその背表紙には「古王国美術史」なる文字がででんと書かれていた。

 それを捲ると彫刻だか貨幣技術だかのページを、紡くんの小さな指が示す。

 そこにはナジェズダさんが持ってたコインと同じ模様の絵があって、注釈に「古王国第三王朝・盾の王時代の貨幣」とあった。


「あー、そういえば先週大根先生の歴史講座で見たわー……」


 因みに古王国はざっと千年以上前の時代だ。レクスの空飛ぶ城が千年前の遺産なんだけど、古王国はその城より更に昔。そして古王国第三王朝っていうと、そこからもっと時代を遡る。

 つまり、この金貨は超が付くほど骨董品。それどころか博物館に収蔵されててもおかしくない代物なわけだ。

 そりゃ使えないわ。


「オレにはそれが何か解ンなかったンすけど、金を払う意志はあるみたいだし、食い逃げとかは考えてなさそうだしな……って。でも釣りをどンだけ用意すりゃいいのかも解ンなかったで、どうしたもンかと」


 フィオレさんが薄い眉を下げる。

 いや、これは困るわ。

 だってこんなのお釣りの返しようもない。

 それで困ってるフィオレさんに、レグルスくん達がアンジェちゃんに私を呼びに行ってもらってるからって声をかけたんだそうな。

 人が集まって来ていたのはエルフさんが珍しかったのと、ひよこちゃんと奏くんと紡くんが揃ってるっていうのが理由みたい。

 奏くんがそう説明してくれたけど、微妙に引っ掛かるなぁ。


「え? なんでレグルスくんと奏くんと紡くんが揃ってると人が寄って来るの?」


 首を傾げると、人垣が一斉に散った。

お読みいただいてありがとうございました。

感想などなどいただけましたら幸いです。

活動報告にも色々書いておりますので、よろしければそちらもどうぞ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] そりゃこの二人が揃ったら惨劇g…いえナンデモナイデス
[一言] ライフサイクルが違う人種との価値観のすり合わせって大変だな ナジェズダさんにしてみれば金貨の価値なんてさほど変わることは無いだろう程度なんだろうけどね 現実で小判を出して会計してもらうような…
[一言] 今回、ヒーローショーはお休みします?(・∀・)
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