どっちつかずの猶予期間(モラトリアム)
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次回の更新は、5/13です。
『本当に本当にうちの愚父が、文字通りの愚父で申し訳ない。お詫びのしようもない』
翌日、次男坊さんからこんな手紙が届いた。
どうやら皇子殿下方からえんちゃん様を経て、更にイゴール様経由で新年パーティーのアレソレが耳に入ったらしい。
私は嫌味を言われただけだし、お返しはして差し上げたから特に思うところはない。逆にこれから大変なのはシュタウフェン公爵の方なんだよね。
なんか、皇帝陛下がえんちゃん様が「お、おう、こちらもかや……」とドン引きするぐらいお怒りだったそうな。
まあ、そうだわな。
各公爵家、並びに辺境伯家がくじ引きしてまで、私に「寄るな触るな近寄るな」を順守なさってるのに、膝元の、それも外戚である公爵家がやらかしたんだ。皇帝陛下の支配体制に従えないって言ってるのも同じ。要は反逆者と目されかねないことをしたんだから。
しかも目撃者は宰相閣下だけでなく、獅子王公爵閣下も。公然と陛下のお言葉を無視したってのを、他の公爵家の人に見られてるんだ。どう言い訳したって苦しい。
シオン殿下の、ご本人は決して認められないだろうけど、後ろ盾を公言して憚らない馬鹿がやったんだ。シオン殿下にもその累が及びかねない。
これで何が怖いって、シオン殿下は既に覚悟が決まってる人だってこと。仮に自分を旗頭として反逆でも起こそうって動きを察知したら、神輿になってやる振りをして反第一皇子殿下派を全て道連れに自爆も辞さない。あの人はそういう人だ。
やめてよー。そういうとき、対シオン殿下に担ぎ出されそうな人間を知ってる。
本人が嫌だっていっても、絶対シオン殿下が矢面に立たそうと仕掛けてくるんだ。誰って? 私。絶対、私。あの人、私のこと同類だと思ってる節があるから。
で、陛下もシオン殿下の実の父親だから、そういうシオン殿下の覚悟も解ってる。そして私が絶対それに巻き込まれたくないことも、共通の師であるロマノフ先生から聞いて理解してくださってる……はずだ。
因みにえんちゃん様が「こちらもか」と仰ったのは、姫君様が「妾が渡した布に、人間風情が注文を付ける気かえ?」とお怒りだったかららしい。
姫君様のお気に入りの織女神様の最後の作品だったそうだからね、致し方なし。
ともあれ、シュタウフェン公爵はその日のうちに来年の参賀にてお叱り決定、ついでに宰相閣下から暫く「領地はルマーニュ王国と近い。感冒の対策に力を入れられては? 流行り病の対応は時間がかかるだろうが、領民を安堵させてやるがよかろう」と伝えられたそうだ。
これ、あれよ。シュタウフェン公爵家の領地の心配をしてるように聞こえるだろ?
違うんや……。
これは遠回しに「当分出仕に及ばず。しばらく領地から出てくんな、すっこんでろ。寧ろ来るな」ってことなんやで……。
これに頭を抱えたのは言われたご当主じゃなく、私と繋がりがある次男坊さんもだったわけだ。
そうは言っても私は別に次男坊さんに何かあるわけじゃないしな。
結果だけをみれば、シュタウフェン公爵がバーンシュタイン家の現当主を連れて現れたことは、私には少しもマイナスにはなってない。
それどころか公に絶縁できたし、遺恨も残らない形だった。逆にシュタウフェン公爵家はこれからしばらく美談(笑)に付きまとわれるだろう。立場的に、次男坊さんの方が困ることになるかも。
いつも通り、書斎兼執務室の机で暫く考える。
飴色の机の板には私の顔が鏡のように映っていた。眉間にシワが少し。
さて、どうしたもんだろうな?
いっそのこと次男坊さんがシュタウフェン公爵家を牛耳ってくれたら、私としても楽になるんだけど。
なにせ本人にその気がない。
私は立場上親から権力を奪い取らなければにっちもさっちもいかなかった。だけど、彼は違う。
まあ、大人達の思惑は違うんだけどね。
こういうとき、私は「卑怯なコウモリ」っていう童話を思い出す。
鳥族にも四つ足の獣類にも見えるどっちつかずのコウモリが、その性質を利用して双方に良い顔をして二重スパイのようなことをしていたって話で、後からバレてどちらからも追放されるって話。
大人達は次男坊さんをどうにかして権力の中央に、シュタウフェン公爵家かそうでなくても家を興させて招き入れたい。でも次男坊さんは権力から離れて、自分に出来ることをして生きていきたい。私はその双方の気持を理解しているけれど、どちらにも肩入れはしない。
逃げたいなら逃げていいとも思うけど、だけど彼が権力を握ってくれた方がやり易いことは多々ある。
あーああーあー、やんなっちゃうな。
さらっと便箋に、今回の件でのこちらの立場を書く。
特にダメージもないし、結果的に円満な縁切りに持ち込めたことで、菊乃井家にはなんら問題ない。
シュタウフェン公爵家にも思うことはないけれど、個人的にはそれよりもシュタウフェン公爵領の感冒対策のほうが気になる。あと、次男坊さんの健康とか。
シュタウフェン公爵家の防疫は偏に次男坊さんにかかってる。だってもう帝国の上の方は公爵とその跡継ぎである長男になんの期待もしてない。
さすがにそれを手紙に書くのは止めた。言わなくても、恐らく次男坊さんは気が付いてる。
だって疑似エリクサー飴を数個渡したし、必要なら数を準備するからって連絡してるし。
とはいえまだ、当主と跡継ぎが感冒でどうにかなってくれたら……とは思われてないんだから、巻き返せ……ないとは思うけど、頑張れば面目を保つことは出来るはずだ。
チリチリと机に置いてある呼び鈴を鳴らす。
暫くしてノックがあって、ぬっとスキンヘッドの男が現れた。
「オブライエン、手紙をだして来てください」
「承知致しました」
宛先の指示を出すと、静かに頷く。
昨日の今日で情報は集まっていないのか、今日は特に報告はないようだ。
一礼して出ていこうとしている背中を何の気なしに見ていると、ぴたっと彼の足が止まる。不思議に思う間もなく、オブライエンが「アンジェさん」と呟いた。そしてこちらを振り返る。
「旦那様、アンジェさんが走って来ます」
「うん? 珍しいね。ロッテンマイヤーさんに止められてないの?」
「はい」
廊下は走ってはいけない。
アンジェちゃんはロッテンマイヤーさんのその言いつけを、いつもきちんと守っている。なのに今は走ってるってどうしたんだろう?
待っていると遠くから「……なさまー!!」とちょっとずつ、アンジェちゃんの声が聞こえてきた。
そしてオブライエンがそっと入口から身体を退かせると、バビュンッとアンジェちゃんが部屋に飛び込む。
「どうしたの? そんなに慌てて……」
「あの、アンジェ、いま、ひよさまとかなおにいちゃんとつむちゃんといっしょにあそんでて」
「うん」
「エルフの! せんせいたちとはちがうひとがいて!」
ぜぇぜぇと肩で息をしつつも、淀みなくアンジェちゃんが話す。その背中を微妙な表情でオブライエンが擦ってやっている。その微妙な顔にこっちが微妙だわ。
というか、アンジェちゃん大きなお知らせを持ってきたんだな……。
思わず天井を見上げる。それから大きく息を吐くと、アンジェちゃんに声をかけた。
「その人、町にいるんだね?」
「はい。あの、えぇっと、ひよさまとかなおにいちゃんが、アンジェにだんなさまをよんできてほしいって! いちばんはやくはしれるから!」
「そうか、なるほどね。ロッテンマイヤーさんはどうしたのかな?」
「アンジェがおはなししたら、おうまのよういをするから、さきにおしらせしてきなさいっていわれました」
「わかった、行くよ」
「はい!」
やっぱり、来ちゃったんだな……。
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