弟は傍らに、世はなべて事ばっかり
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この後6時10分に5/1に投稿を開始した作品の更新があります。
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そもそも象牙の斜塔の長は、感冒が流行る前からルマーニュ王国に接触していたそうだ。ただし王族でなく、現行象牙の斜塔の長を拘束している公爵家と。
これが何でかっていうと、当主夫妻の下半身問題というか? まあ、精力剤とかその辺の物を作らせていたそうだ。
そこからの繋がりで、公爵家は夫人が感冒で寝込んだから、象牙の斜塔は夫人の治療に「必ず治せる」と自分達を売り込んだそうな。しかし最初に夫人の治療に当たった象牙の斜塔の側近が、何と逆に感冒を移され、あれよあれよという間に弱って死亡。次々送り込んだ側近が寝込んだりなんかするもんだから、公爵家が激怒して長を呼び出して牢に放り込み、薬の調合に当たらせているとか。
「どういうことだってばよ」
「……その報告のままといいますか」
「いや、うん。文字情報は理解出来たけど、心情が理解を拒んでる」
「は」
オブライエンもなんとも言いにくい顔をしている。
未知の病気に関して「必ず」と言えるのがちょっと理解できない。出来ないが、そこに何かあるんだろう。
象牙の斜塔は感冒に対して情報を持っていた、或いは「必ず治せる」と断言できるもの……特効薬を持っていたか。
後者なら治療に当たった長の側近が、感冒に感染して死亡していることが奇妙だ。
ということなら前者だろうけど、それでも「必ず治せる」と断言しきれるものだろうか。引っ掛かる。
なんだろうな? 感冒の原因を知ってて、その対応法も知ってるみたいな話は……。
そう考えたところでハッとする。
象牙の斜塔にはかつて病を兵器にする研究をしている者がいた。病を兵器にするにはいくつか方法があるけれど、使うからにはどの病を使うかを選定する必要があって、その病への対応法を知っていなければならない。だって使った自軍の兵士がその病にかかったなんて、自爆・自滅もいいところじゃないか。
これを踏まえて一番最悪なルートは、象牙の斜塔の自作自演……?
「いやいや、そこまで悪辣なことする……?」
呟いてから、眉間を手で押す。
解らん。
なんせ付き合いがない。そして興味もなかったから大根先生にどんな人なのか、聞いてすらいなかった。駄目だな、これは。情報が少ない。
わしわしと頭を掻く。興味のないことにあまり関心を示さないっていうのは、私の立場を考えると良くないことなのかもしれないな。
その間直立不動で微動だにもしないオブライエンに、新たな情報と指示を与える。
「ジャミルさんが昔、病を兵器に変える研究をしている誰かのことを聞いたことがあるそうです。連携を図ってその研究者、或いは研究がどうなっているのか、引き続き情報を集めてください。それと現在象牙の斜塔がどうなっているか。長が捕まっているとなると、混乱が起きていてもおかしくない」
「承知いたしました」
オブライエンが一礼して、部屋から出ていく。
座り心地のいい椅子に沈みこむけど、全く疲れが取れそうもない。大人の皆さん、何やってくれてんだよ……!
皆さんってのは良くないな、一部の人。本当に何やってくれてるんだ。
天井を仰ぎ見ると、シャンデリアの上にタラちゃんがいて今日も頑張って護衛をしてくれている。私の様子を見て、するすると糸を使って下りてくると、そのモフモフ分の多い身体を寄せてきた。尻尾には「なでますか?」って看板が下がってる。
遠慮なく撫でさせてもらうと、これが虫とは思えないモフモフ加減で素晴らしいんだよね。あとタラちゃんからはお菓子っぽい甘い匂いがする。素晴らしい。癒される。
でもこれ、タラちゃんだから触っていいけど、本物の虫の方は素手で触っちゃいけないってヨーゼフから厳しく注意されてるんだよね。
ふみふみモフモフとタラちゃんを撫でまわして、気分転換終了。
仕事のために置かれた書類に目を通すと、「おや?」と思う書類が出てきた。
それは嘆願書とでも言うんだろうか。書面に「お願い」と書いてある。
「……男性だけの歌劇団設立に対する許可をって、なにごと?」
内容としては、菊乃井歌劇団の活動に感銘を受けたので、男性だけの歌劇団を設立したという趣旨で、私に何を求めているのかといえば。
「うーんと、公認してくれとか、補助金をくださいとか言わないから、ただ演目を真似して踊ったり歌ったりを許してほしい……とは?」
つまり、民間の同好会みたいな活動の許可が欲しいってことかな?
暫く考える。
別に、女性だけの劇団があるんだったら男性だけの劇団があったっていいだろう。それなら私に許可なんか取らなくても、自由に旗揚げをしたらいいんじゃなかろうか?
だけど、彼らは私に許可を求めてる。つまり彼らは普通に男性だけの歌劇団をしたいんじゃなくて、男性だけで菊乃井歌劇団の公演を再現したいってことなんだろ。
何それ、面白そう。凄く面白そうなんだけど。
こういう面白そうなことは、きちんと共有しておかないと。
姿勢を正して椅子に座り直すと、備え付けのレターセットにサラサラとこの話を書いて、チリチリと呼び鈴を鳴らす。
待つこと暫し。
「はい! およびでしょうか!」
控えの間から元気よくアンジェちゃんがノックと共にやってきた。
なので手紙をアンジェちゃんに渡すと、彼女がキラキラした目で続きを待つ。
「これ、お家帰った後でユウリさんとエリックさんに渡してもらえる?」
「ユウリさんとエリックさんですね! わかりました! ぜったいわたします!」
「はい、よろしくね?」
お願いすると、スカートをちょんと摘まんでアンジェちゃんがお辞儀する。
そういえば彼女には朝、えんちゃん様からの贈り物を渡したんだよね。凄く喜んでて、お祭りの日を楽しみにしてるって言ってたっけ。
お祭りはブラダマンテさんも武闘会に出るから、もしかしたらえんちゃん様が会いに来れるかもって、ブラダマンテさんから聞いたそうな。
「お祭りにえんちゃん様が来れるかもしれないんだよね。よかったねぇ」
「はい。アンジェ、じゃない、わたくし、がんばります!」
「うん、私も頑張るよ」
「はい!」
アンジェちゃんもそう教えられているからか、一礼して私の前を辞す。
さて、お仕事の続きだ。
積まれた書類はまだある。大抵はざっと目を通して、サインするだけで終わる。それで終わらないのは重要な話か、さっきの男性だけの歌劇団の話みたいな役所では取り扱わないような話だ。
もー、やること多いよー。
ぼやいても仕方ないんだけど、こればっかりはねぇ。
溜息を吐くとデスクの引き出しから、手の平より少し大きめの長四角の袋を取り出す。中には小さな魔石が入っていて、魔力を注ぐと温かくなる。じわっと温かくなってきたそれを目に当てると、温熱アイマスクの出来上がりだ。
これは氷輪様が持ってきてくださった箱のうちの、えんちゃん様からアンジェちゃんへの贈り物と一緒に渡された箱に入ってたやつ。
次男坊さんからの誕生日プレゼントだ。これの冷感版も一緒に貰った。彼へは疑似エリクサー飴数個と共に、マンドラゴラ布で作ったケープを渡している。
彼が父や兄を人事不省状態にしないといけない事態になったら、絶対役に立つはずだ。
ほっと息を吐くと、全身から力を抜く。
椅子に沈みこんでいると、トントンと規則正しく扉がノックされた。
『にぃに、あにうえ、おしごとおわった?』
「はーい、終わったよー。入っておいでー」
目に乗せていたアイマスクを取って居住まいをただすと、レグルスくんが扉を開けて入って来る。
その後ろには宇都宮さんがおやつやお茶を乗せたワゴンを押しているのが見えた。
「じゃあ、おやつのじかんでだいじょうぶ?」
「うん、大丈夫だよ」
レグルスくんがキラキラした笑顔で、ソファーへとお行儀よく座る。
うちの弟はこんなに可愛いのに、何で世の中は平和にならないんだろうな……。
お読みいただいてありがとうございました。
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活動報告にも色々書いておりますので、よろしければそちらもどうぞ。




