物騒な仕事始め
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次回の更新は、5/3です。
情報を集めるっていっても、ルートは武神山派とセバスチャンやオブライエンの菊乃井裏ルートだけじゃない。
もう一つ、重要な情報網を持つ人が雪樹の争い以降菊乃井の力になってくれている。
「ルマーニュ自体、アマリ良イ評判ノ無イ国デスガ……。感冒ニ関シテハ庶民ヲ見捨テルト言ウヨリ、打テル手ガナイノガ実情ダト思イマス」
手の平で湯呑を包むように持つジャミルさんの表情は苦い。
ジャミルさんは旅の行商人として独自の情報網と人脈で、Effet・Papillonに協力してくれている。
雪樹の争い以降は正式にEffet・Papillon商会の看板を背負って販路の開拓と情報収集に努めてくれているのだ。
新年二日目、帝国では元日は特別だけど次の日からは通常通り。ジャミルさんもそれに倣って仕事を開始しようとしていたところに、私からの面会要請だったそうな。
それでルマーニュ王国で今流行っている感冒の情報と、ルマーニュ王国自体の話を聞きたいとお願いして今ここ。
帝国の上層部は「ワザと対応せんのと違うか?」っていう見方もしていると話すと、ジャミルさんは少し考えて首を横に振ったのだった。
その理由として。
「実ハ感冒ガ流行リ始メタアタリニ、象牙ノ斜塔カラ賢者様ガ招カレタソウデス。何デモ、ルマーニュ王国ノ有力公爵家ノ公爵夫人ガソノ感冒ニ罹ラレタソウデ。デモ容態ガ少シモ改善シナイトカデ、ソノ賢者様ハ投獄サレテイルソウデス」
「投獄ですか……?」
おいおい。
新種の病に対して、すぐに対応できるって滅多にないぞ?
研究と対処を同時にやらないといけないから、結果が出るまでに結構な時間がかかる。研究者を投獄してる暇なんかないはずだ。
変なことするな……?
首を捻っている私に、ジャミルさんが「普通ナラ変デスヨネ」と大きく息を吐いた。
「普通ならってことは、裏があるんです?」
「ハイ。噂ノマタ聞キレベルデスケド、実ハ象牙ノ斜塔ノ賢者様ノ方カラ『自分ナラソノ感冒ヲ止メラレル』ト売リ込ンダソウデ。ナノニ少シモ効果ガ出ナカッタドコロカ、状況ハ刻一刻ト悪クナッテイッテマス」
「それは投獄も已む無しかな」
しかし、これも断定は出来ない。
病っていうものは人間と同じように成長する。
今まで効いていた薬が徐々に効かなくなっていったり、症状の程度が重くなったりするもんだ。
最初の頃の感冒なら、その賢者にも対応出来たのかもしれない。それが時間が経つにつれ、変異を重ねて、対応不可なものに変わっていったとも考えられる。
その一方で私のなかの【千里眼】が、やけに「象牙の斜塔」に対してアラートを発しだす。
今朝聞いた大根先生の話がやけに気にかかるんだよな……。
不意にジャミルさんの持っている湯呑が視界に入った。あれは次男坊さんが自分の前世の知識を利用して、色々考えているうちの一つだ。
青磁とか白磁とか曜変天目とかを作り出せないか試行錯誤しているらしい。
思えば研究もそのトライ&エラーの積み重ねで、真に辿り着きたい場所に至るものだろう。
追放された研究者とその研究内容、象牙の斜塔の賢者、大規模な感冒の流行。
一度目を瞑って、それから開くとジャミルさんがこちらを心配そうに見ていた。
「坊チャン、菊乃井デ病ノ対応ニ乗リ出スンデスカ?」
「そうですね、そもそも病もモンスターも大発生すれば手が付けられない。だからこそ日頃からの準備が必要とは思って、色々していますが……」
「ソウデスカ」
若干濁したのは、何かこう、私の中で「これ、マジで病なのか?」っていう疑惑が湧いてきちゃったからなんだけど。
その疑問をまだ言葉にするにはちょっと情報が足りない。
そういえば、追放された研究者は病気を兵器に転用する研究をしていた。それが歓迎されそうな場所って、やっぱり何処かの国の軍事関係じゃなかろうか。
考えて、再度ジャミルさんを見る。彼は詳しくは聞いていないが、何処かの国の元軍人だったとか。
だとすれば、こういう情報を耳にしたこともあるんじゃ……?
気になることは聞いておいた方がいいだろう。
「ジャミルさん、『病気を兵器に転用する研究』ってご存じですか?」
「!?」
私の言葉にジャミルさんがカッと目を見開き、息を呑む。それからややあって、大きく深呼吸をして。
「坊チャン、ドコデソンナ話ヲ? アレハ古ノ邪教ト同ジクライ、悍マシイ研究デス」
「なるほど。ということは、ジャミルさんは耳にしたことがあるんですね?」
彼の疑問には答えないで、こちらの疑問を重ねる。
するとジャミルさんはこくりと頷いた。
「軍人時代ニ一度。シカシ病ハ人ヲエラバズ無差別ニ殺シマス。軍人ガ人ヲ殺メル職業デモ、ソコニハ倫理モ規則モアリマス。アレハソレガ一切ナイ。ソンナモノヲ、軍人ダカラコソ使ッテハイケナイ。私ノ国デハ、ソウイッテ退ケタ方ガイマス」
「実際にその研究を何処かの国に売り込んだ者がいるということですね」
「ハイ。私ガ聞イタ話デハ研究段階デ実用化ニハイタッテイナイトイウ話デシタガ……」
「それ、何年くらい前の話ですか?」
「タシカ……十五年ホド前ダッタカト」
なるほど。
十五年前には実用化にいたっていなかったものが、去年あるいは今年には実用化されていたとしてもおかしくはないだろう。
さて……?
ジャミルさんが湯呑で飲んでいるのはほうじ茶で、私の前にも同じく次男坊さんが作って送ってきた湯呑がある。中身はやっぱりほうじ茶だ。
とんとんと指先で額を突きながら考えていると、ジャミルさんがハッとした表情になる。
「坊チャン、モシカシテコノ病ハ単ナル病ジャナク、アノ悍マシイ研究ノセイダト……?」
「可能性はなくはない程度には考えています。研究には追放されたとはいえ象牙の斜塔の研究者が関わっていますし、ルマーニュ王国での感冒の対応にも象牙の斜塔の賢者が関わっている。全くの偶然もあり得るでしょうが、病と象牙の斜塔が重なる事柄がちょっと多い気がするんですよね」
あともう一つ、ジャミルさんには開示していない情報がある。
それが私の中で象牙の斜塔への不信感に繋がってはいるんだ。
それはオブライエンが夏休みに入る前に持ってきた、象牙の斜塔の長の情報のせい。
曰く「軍事転用が出来るような研究成果を、密かに諸国に売り歩いている」というもので。
象牙の斜塔の長が、例の研究を掠め盗ったのか、それともそのカウンターになる研究をしていたのか。
いずれも情報が少なくて何とも言えないけど、関りを疑うなっていうのも無理があると思うんだよね。
むーんと呻きながらそんな説明をすれば、ジャミルさんの眉間にシワが寄った。
こんな話を聞かされても、そりゃあ難しい顔をするよりほかないわな。
しばらくして、ジャミルさんが首を横に振った。
「チョット前ノ私ナラ陰謀論ダト思ッタデショウガ、雪樹ノ一族ノ色々ヲ見タ後デス。アリ得ナイコトガ起コルコトヲ、今ノ私ハ知ッテイマス。私ガ持ッテイル伝手デ、アノ悍マシイ研究ガドウナッタノカ、調ベテミマス」
「決して無理はしないでください。情報は失われてもどうとでもなりますが、ジャミルさんの命はそうじゃないんですから」
「勿論! マダ見ヌスパイスガ私ヲ待ッテイマスカラ!」
ニコッと人の好さそうな笑みを浮かべて、ジャミルさんが頷く。
とはいえ念には念を入れてお守り代わりに、色々魔術を付与したビーズ編みのミサンガをジャミルさんにも誕生日プレゼントとして渡すことに。
まあ、なんだ。原材料が原材料だから、魔術も良い感じで増幅されるさ。
差し出した誕生日プレゼントに驚きはしたものの、ジャミルさんは喜んで受け取ってくれた。引き換えって訳じゃないんだけど、ジャミルさんからもプレゼントを貰ったんだよね。
彼は私とレグルスくんと奏くん紡くん兄弟がパーティーを組んでることを知って、冒険用のランタンをくれた。
これ、魔石に溜めた魔力で光るらしいんだけど、使わない時は勝手に周囲の魔素を取り込んで、魔力に変換して魔石に溜めとく優れモノだそうな。
「ありがとう、ジャミルさん」
「イエイエ、ドウイタシマシテ。ドウカ坊チャン達ノ冒険ガ楽シイモノデアリマスヨウニ」
穏やかに午前は過ぎ去ろうとしていた。
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