どこもかしこも平穏無事とは程遠い
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次回の更新は、4/29です。
で。
そんなこんなの翌日、朝食の席。
ふよふよと絹毛羊の毛で作られた小さな羊が宙に浮かんでいた。
『吾のせいで、ごめんなのじゃ』
「いえいえ、えんちゃん様も驚かれたことでしょう?」
『うむ。まさか兄様も姉様も、皆酔っ払って喧嘩になるとは思わなんだのじゃ』
えんちゃん様の困ったような呆れたような声に、エルフ三先生が「ぶふ!?」っと噴出した。気持ちは解る。
新年パーティーの翌朝は毎年ちょっと気の抜けた感じの雰囲気の食卓になるんだけど、そんなところにえんちゃん様の神氣を纏った、私の作ったフェルトの羊のマスコットがやってきたのだ。
昨日の氷輪様の件というか、祭りの衣装で揉めた件は、天界の宴会の最中に起こったことらしい。
それまで皆機嫌よく飲んでたのに、イゴール様がアンジェちゃんにえんちゃん様が服を用意したことに「えー、じゃあ、僕もかなつむになんかあげるー」と言い出して、それを聞いていたロスマリウス様が「おめーはどこかの次男坊に用意してろ、あの兄弟はオレに任せな」と。
そのやり取りを聞いていたイシュト様が「ではあのひよこの衣装は余が」と言ったところで、姫君様が「出しゃばるでないわ」と突っ込みが入ったそうで。
『気が付いたら睨み合っていてびっくりしたのじゃ! このままでは天変地異が起こるやもしれぬと、それはもう慌ててのう』
「わぁ……」
えんちゃん様の沈痛な面持ちが目に浮かぶ。ついでに私達の目も淀む。
だって服とか何とかで天変地異だなんて恐ろしすぎる。
それはかつて力のコントロールで天変地異を起こしかけて悩んでいたえんちゃん様も青褪めたらしく、一生懸命仲裁したそうな。
それで解決策が奏くんの衣装はロスマリウス様が、紡くんはイゴール様、ひよこちゃんは今回はイシュト様がそれぞれご担当くださることになったとか。
うーん、知りたくなかった真実……。
それはそれとして、お祭りに関しては皆様楽しみにしてるだけじゃなく、気合入ってるのも何となく理解した。
中途半端なことは出来ないな。もとよりそんな気はないんだけど。
「何はともあれ、皆様方が楽しみにしてくださっているのは解りました。今の菊乃井が出来る全力で以てお祭りを成功させたいと思っております」
『うむ、楽しみにしているぞよ』
明るい声で『ではの』と言いおいて、羊は太陽に向かって飛んで行った。
残された私達は、もしゅもしゅと元気一杯に朝ご飯を食べていたレグルスくん以外、一同皆大きくため息を吐く。
昨日夜遅くにご帰宅された大根先生も、昨日のパーティーでした話を共有した後だったから、ちょっと苦い顔。
「年の初めから随分と悩みが多いね」
「うーん、まあ、神様方は楽しみにしてくださっている気持ちの方が大きいですからね。それよりは人間同士のいざこざの方が面倒というか」
腹の底から大きくため息を吐く大根先生に、私も苦笑いする。
でも問題の形が見えたなら、その対処に関しては色々考えることが出来るはずだ。
そこでひよこちゃんが齧っていたパンを置いて、心配そうな表情をこちららに向ける。
「にぃに、ちちうえのおにいさん……おじうえ? のごようじって、なんだったの?」
「ああ、それは……」
ちょっと考える。ここで「何もない」っていうのは簡単だけど、レグルスくんはそんなおためごかしで誤魔化されてくれる子じゃない。
だから正直に伝えることにした。
「あのね、今まで伯父上とお付き合いがなかった訳だけど、これからもずっとお付き合いしませんっていうお話だったよ」
「え……?」
困惑よりもどちらかというと苦しそうに見えるひよこちゃんに、私は首を横に振った。
「菊乃井は今、凄く賑やかになって豊かになろうとしてるよね?」
「うん」
「悪い人が伯父上を通じて、菊乃井に入り込もうとするかもしれない。うちは頼れる親戚が少ないから、バーンシュタイン家と仲良しのふりをして、よくないことをする人が近づいて来ることも考えられる。そういうことに協力しないよう、伯父上は『バーンシュタイン家は菊乃井家とは関係ありません! お付き合いしていませんから!』って、この国の人達全部に解るようにしてくれたんだ」
「そうなの?」
「そうだよ。悪いことじゃなく、菊乃井のためになることなんだ」
「そっか! よかったー」
朗らかなレグルスくんの笑顔に、少し胸が痛む。レグルスくんも伯父さんを悪く思うのは苦しかったんだろう。
立場的に致し方なかったとはいえ、他のやりようがあったかもしれない。きゅっと拳を握ると、レグルスくんがかぱっとした笑顔でいった。
「れー、じゃない、おれ、おじうえに『つきのないよるにきをつけてね?』っていいにいかないといけないのかとおもってたんだ」
「ごふ!?」
「かなにそうだんしたら、『皇子様達に言いに行けるように頼んだら?』っていうし」
奏くーん!?
飲んでたスープが変なところに入って咽るのを、ロッテンマイヤーさんが慌てて背中を擦ってくれる。
するとヴィクトルさんが穏やかに口を開いた。
「なんだ、そんなことなら僕達が協力してあげるのに」
「そうだよ、ひよこちゃん。殿下達に言ったらまんまるちゃんにバレちゃうよ?」
「あ、そうか……。じゃあ、こんどおねがいします!」
「いいよ」
「まかせて」
窘めるどころか、ラーラさんも一緒になって協力するとか言っちゃうし。
慌てて止めようとしても、まだ咽るのが治まらない。涼しい顔してロマノフ先生も大根先生も止めてくれない。
とりあえず今度がないように祈ろう。
ロッテンマイヤーさんのお蔭で落ち着いて来たところで、大根先生が何かに気が付いたような表情で「あ」と小さく呟いた。
それから暫く無言になった後、険しい表情で口を開く。
「鳳蝶殿、すまんがルマーニュ王国で流行っている感冒の詳しい症状を調べてもらえんだろうか?」
「何か、あるんですか……?」
「少し嫌なことを思い出した。美奈子君にも相談する必要がある。早急にお願いできるだろうか?」
「今少し、詳しく教えていただければ」
常にない大根先生の様子に、食卓が張り詰める。調べる自体は吝かじゃないんだ。だけど、大根先生の表情が調べるだけじゃすまなそうな予感を抱かせる。
不本意ながら、私のこういう勘は当たるんだ。
私と大根先生の間で静かな探り合いが続いて、先に大根先生が目を伏せる。
「昔、象牙の斜塔を破門になった研究者がいた。その男が研究していたのが病気を兵器にする方法だった」
「!?」
大根先生がいうには、彼とその破門になった研究者との面識はないそうだ。しかし、美奈子先生はその研究者と同門だったそうで、顔も名前も憶えているんじゃないか、と。
研究の概要としては、既存の感冒を何らかの方法で呪詛の下地にするらしく、見た目も効果も感冒の凄く酷い物という感じで、呪詛の判定も出来にくい代物とか。
「美奈子君が言うには、これまで流行った質の悪い病に関しては、美奈子君自身が『もしや』と思って調べていたそうだ。だがどれもそうではなかった。今年はまだ梅渓の領内まで、病の質の悪さが聞こえていないそうで調べていないようだった。知れば美奈子君も調べたいというだろう。だから……」
「その前にこちらで調べましょう。うちには病に対する切り札になる物が沢山あります。何処よりも病に対する壁になれる」
大根先生の言わんとすることが分かったから、先もって頷く。
物騒な話じゃなけりゃいいんだけどなぁ。
けど、話を聞いていてちょっとばかり引っ掛かることが出てきた。こういうのは無視しないことに越したことはなくて。
ロッテンマイヤーさんに目配せすると、彼女は少し頷いてちりりと呼び鈴を鳴らした。
待つこと数秒、扉からノックが聞こえてオブライエンが扉から姿を現す。
「お呼びでしょうか、旦那様」
「象牙の斜塔の動き、今把握しているだけでいいので纏めて提出してください」
「承知致しました。武神山派にも連絡しておきます」
「よろしく」
私の言葉に一礼してオブライエンが去っていく。
「あにうえ、おれもてつだえることある!?」
「うん、また応援してね?」
「わかった!」
きりっとしたレグルスくんが「がんばれー!」って応援してくれる。
うちはこんなに平和なのに、なんで周りはそうじゃないんだろうね……。
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