新春天界大戦(未遂)事件
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次回の更新は、4/26です。
さてマンドラゴラで、皆に言わなきゃいけないことがあった。
それはルマーニュ王国で流行ってる質の悪い感冒のことで、ルイさんに話したのと同じ、帝都のお茶会で出たことで。
ロッテンマイヤーさんが困惑を面に浮かべる。
「旦那様がかかられた流行り病も、相当な数の人々が亡くなりましたが……」
「それよりも状況は悪いのかも知れません。ただルマーニュ王国は国力の衰退が激しい。そのせいで対応できていない可能性も考えられるので、まだ何とも」
とはいえルマーニュ王国を経由して菊乃井にやって来る冒険者や商人からの情報だと、決して楽観視は出来ないらしい。
傍に静かに控えていたオブライエンの情報だ。菊乃井から離れた土地にいるセバスチャンからも同じような情報が届いているそうな。
因みにオブライエンにはループタイを渡した。よくお使いに出してるからね。菊乃井家の従僕として知られるようになって来たし、それなりの恰好じゃないと彼も絡まれたりするんだよ。
うちの使用人に手を出したら、解ってんな?
そういう威容も必要な訳だ。
オブライエンからは何やら後ろ暗いことがありそうな貴族の名簿をもらったけど、どうしろと……? とりあえずマジックバッグに厳重に保管しておこう。
菊乃井の方針としてはマンドラゴラの生育に力を上げることと、大根先生とそのお弟子さん達をバックアップすること。他は情報を集めながら対応していくのが妥当なところか。
新年早々暗い話になったけど、皆自分に出来ることは全力でやると言ってくれた。
あとは和気藹々とした感じで、パーティーは幕を閉じた。
その夜のこと。
『八つになったのだったな。これを……』
去年、一昨年と同じく、氷輪様が今年もおいでくださった。
ぽとりと手に落ちたのは、蓮に似た見事な花の付いた小枝。でも木よりも触り心地が石に近い。
「これは……?」
『月の宮に咲く、月光水晶の花だ。そのまま髪に刺して飾りとして使うがいい』
「綺麗ですね、ありがとうございます」
『うむ』
私も氷輪様にお渡ししたい物があるんだ。
クローゼットから箱を六つ。
一つずつ宛先が違うんだけど、その中で紫のリボンをかけた箱を氷輪様に差し出す。
「お誕生日、おめでとうございます」
『ああ、ありがとう』
穏やかな氷輪様は今日はどこぞの高貴な公子様のいでたち。と言ってもこちらでいうところの古礼服姿なんだけど。
結い上げた黒髪に梅の枝を差して、涼やかな目元には魔除けの朱。
今年の氷輪様への誕生日プレゼントは手の甲に付けられるパームカフっていうアクセサリーだ。嫦娥の鱗で作ったビーズで編み上げてある。
それで毎度のことながら、他の神様方に差し上げるものもお預かりいただけることに。
姫君様には立体刺繍の技法で作った牡丹を。前世で好きだった刺繍作家さんが作ってたのを見本にさせてもらった。
えんちゃん様にはアンジェちゃんとお揃いの戦隊衣装風のスーツを。色違いなんだ。それこそ「二人はなんちゃらキュア!」みたいな。
イゴール様には彼の方の古龍の鱗のビーズで作ったミサンガ。前に差し上げた物とはデザインがちょっと違う。
ロスマリウス様には腰に巻いて使う布を。四隅にトライデントの刺繍を入れました。
イシュト様には柘榴のような真っ赤な鱗のビーズで作った羽織留めを準備して。
取るに足りない人間の作ったものだけど、使ってもらえると嬉しいな。
全ての箱には神様方が飼われている古龍の鱗の色のリボンをかけているので、きっと何方宛かはすぐにお分かりいただけるだろう。
さて、今夜の一大イベントはこれで終了かな。
そんな風に思っていると、氷輪様から咳払いが聞こえた。
『今年の贈り物だが』
「へ? あの、いつも色々いただいてるので……」
『まあ、そう言うな。これも我らの楽しみだ』
ころっと私の手に落ちてきた箱が六個。
なんで? どうして? 氷輪様からはもういただいてるのに?
小首を傾げると、氷輪様がその内の一つを指差された。それには子どもが書いたような字で『いつもありがとう、おたんじょうびおめでとう』と書いてある。
『我らの古龍達からだ』
「へ?」
『お前に鱗やら諸々を渡す代わりに、それぞれ小鳥だの熊だのの編みぐるみをもらったと聞いている。その礼も含めて、それぞれが集めている「宝物」をお前に渡したいと言い出した』
「あー! あれ、やっぱり古龍ちゃん達の字だったんですね!?」
『そうだ。まさか編みぐるみを強請ってるとは思わなかった。すまなかったな。どうやら我の猫や艶陽の馬や羊達を可愛がる古龍を見て、羨んでいたらしい』
「そういうことだったんですね。喜んでくださってるなら、私も嬉しいです。何事か解らなかったからビクビクしてたけど」
なんだー、すっきり。
最近のビクビクしてたことが一つ解消された。でも代わりに一つまた疑問が生じる。編みぐるみが羨ましいというのもだけど、あの子どものような文字は一体?
それを伺う前に、氷輪様が口を開かれた。
『あれらはある程度歳をとると、自ら生まれ変わるのだ。今は何度目かの転生が終わったところで、まだ精神が子どもの域をでぬ』
「おや、まあ」
つまり子どもからやり直してるっていうことか。どのくらいかかって大人になるか解らないけど、子どもが玩具やお友達を欲しがるのはそりゃ道理だ。
ちゃんと話をお聞きしたら、怖がる要素なんか一つもな……くない。編みぐるみの件はいいんだけど、諸々の重さでクローゼットの床板壊れちゃったんだよ。あれはちょっと困る。でもだからって古龍ちゃん達が叱られるのは可哀想だな。
お話ししなくてもそういうことは伝わっているようで、氷輪様がゆるく首を横に振られた。
『物には限度があるのは諭しておいた。これからは少し加減するだろう』
「ありがとうございます」
お礼を申し上げると、さわさわと頭を撫でられる。
そして何かを思い出したように『これも』と仰られた。かと思うと、箱が二つテーブルに現れる。一つは私が抱えられるかどうかっていう大きさで、一つは私の手の平にすぽりと収まる大きさだ。
大きいほうを指差して氷輪様が『艶陽からアンジェという娘にだ』と告げられる。
「アンジェちゃん、ですか?」
『ああ、天界の女神たちに自分と揃いの服を作らせたそうだ。春の祭りのときに着てほしいと言っていた』
「そうなんですね。承知致しました、そのように伝えます」
『ああ、楽しみにしていると言っていた』
実は春の感謝祭で着る服は私の方で皆の分を用意しようと思ってたんだ。だけどえんちゃん様が気にかけてくださるなら、そちらの方がいいだろう。
女の子だもん、お祭りの晴れ着は嬉しいよね。それにお友達とお揃いっていうのも。
ほこほこしていると、氷輪様が眉間をグリグリ揉まれるのが見えた。その表情は嫌なことがあるって感じで。
「どうかなさいましたか?」
『いや、今、念話で話しかけられたのだが、奏と紡と言ったか。お前の友人兄弟の晴れ着をイゴールが用意すると言ったんだが、兄の方のをロスマリウスが用意させろと喚いていてな』
「おぉう」
『それにお前の弟の服はイシュトが用意してやろうと言い出して、百華が怒り狂っている』
「おふ」
『百華が布を渡しているから出しゃばるな……と叫んでいるが?』
「あー……アレはレグルスくんの成人の儀のときに使おうかと……」
両手の人差し指同士をツンツン合わせていると、氷輪様の表情から少し険しさが取れた。
『……それなら今回はイシュトに譲ってやるそうだ。人生の節目の儀に比べれば祭りなど些細なことだ、と』
「えー……あー……」
『お前の友人兄弟の件も兄のはロスマリウスが用意して、イゴールが弟の物を用意することで話が付いた』
「あ、はい」
何か分かんないけど、決着がついて良かった。
あ、でも、これ、私が上手いこと立ち回らないとアカンやつでは?
主に地上の権力構造のアレコレ的に。
内心で白目を剥いていると、氷輪様が穏やかに笑う。
『お前は百華の布で作ったあの服を着るのであろう? ならば祭りのときは先ほど渡した月光水晶の花を髪に付けよ。よいな?』
有無を言わせない何かを感じて、私は上下に首を振っていた。
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