大人の階段上り下り
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次回の更新は、4/22です。
「な、なん、な、ななな、なんで!?」
「若様、驚きすぎ」
動揺しすぎて「な」の発音が多い私に、奏くんが冷静に突っ込む。
これが驚かずにいられるか。
百歩譲って「にぃに」が「あにうえ」になるのは解る。だけどなんで可愛いひよこちゃんが「おれ」になるの!? 千歩譲って「わたし」じゃないの!?
内心で白目を剥くだけじゃなく泡も噴いて倒れそうになってると、奏くんが「ああ」と呟く。
「ひよさま、若様『なんで【おれ】なの?』って言いたいみたい」
「えぇっと、統理でんかが『おれ』って言ってたし、かなも『おれ』だし、ジャヤンタも『おれ』だから。れー、じゃない、おれがカッコいいっておもうひと、みんな、じぶんのこと『おれ』ってよんでるもん」
「えー、ひよさま、おれのことカッコいいって思ってくれてるんだ?」
「うん! かなはカッコいいよ。にぃに、じゃない、あにうえとおなじくらい!」
「マジかー」
おめめキラキラで奏くんを見るレグルスくんに、照れて笑う奏くん。その腰にくっ付いてる紡くんは、自慢のお兄ちゃんを褒められて嬉しそうだ。けど私は複雑。
おのれ、統理殿下! おのれ、ジャヤンタさん! おのれ、一人称『俺』族!
ワナワナ震えてると、同じような不満を持った人が他にもいたようで。
「おや、ひよこちゃん。『ボク』はお気に召さなかったのかな?」
「うぅん、ラーラせんせいはカッコいいよ。でも『ぼく』はつむようにおいといた!」
「あー、つむたんは『ぼく』派だったんだ?」
「はい! つむも、らいねんは『ぼく』っていいます!」
来年なのか……。
なんか小っちゃい子が、段々大きくなっちゃう。それは喜ぶべき事なんだろうけど、ちょっと寂しい。
それはそれとしてレグルスくんと紡くんの間では話し合いが成立していて、「俺」派と「僕」派で住み分けしたようだ。
だけどそこに何で「私」は入んなかったんだろう?
ちょっと気になったので聞いてみることに。
「えぇっと、『私』じゃないのは何で?」
「にぃ、あにうえとおそろいだけど……なんかちがうなっておもったから」
何が違うの……?
ショックを受けている私を見かねてか、ロッテンマイヤーさんがひよこちゃんと目線を合わせるように屈む。
「レグルス様、僭越では御座いますが公の場では、皆自分を「私」と称しますので……」
「うん、がんばってきをつけるね。おとなのひとがいっぱいのところでは『わたし』っていう! でもふだんは『おれ』がいい。ちょっとおとなになったきもちになるから!」
ぐっと握り拳を固めて力説するレグルスくんに、それ以上誰が言い募ることが出来ようか。ロッテンマイヤーさんも「然様でございますか」と、穏やかに笑って「素敵なご決意です」ってさ。
ロッテンマイヤーさんが食い下がらなかった以上、屋敷の人達は「いいんじゃないの?」って雰囲気だ。ヴィクトルさんもラーラさんも紡くんが「ぼく」派だってことが判明したから、凄くにこやかだし。
同じ「私」派のロマノフ先生は、我関せずだ。
うぐうぐしていると、レグルスくんがしょんぼりと眉毛を下げる。
「あにうえ、だめ? 『わたし』のほうがいい?」
「うぐ!?」
あぁあ、ひよこちゃんが悲しそうだ。心なしかいつも元気なひよこの羽毛のような髪の毛もぺそっとしているように見えてきた。
なのでちょっと視線を逸らすと、奏くんが「あーあー、弟がっかりさせてー」って目をしてるのが見える。
そもそも別に「俺」が駄目なんじゃないんだ。そうじゃなくて……!
風邪ひいたときにラーラさんが煎じてくれる超絶苦い薬湯茶を飲み干したときみたいな気持ちになりつつ、私はひよこちゃんのぺそりとした髪を撫でた。
「あのね、レグルスくんが『おれ』って言いたいなら私は良いんだけど……! 良いんだけど……! 無理に大人にならなくてもいいっていうか……!」
だってまだ六つになったばっかりなんだ。
大人の世界のアレコレを気にしたりしなくていい。そんなこと気にせずに好きなことを好きなようにして、元気でいてくれればそれで。
そのために色々やってるのに、ちっとも思ったように出来ない。
泣きたくなってぎゅっと唇を噛むと、そっとレグルスくんが私の手を握った。
「れーじゃない、おれ、むりなんかしてないよ? やりたいことがたくさんあるんだ! カッコいくなりたいし、おべんきょうもたくさんするし、もっとつよくもなりたい! じぶんのすきなこと、たくさんしてるよ。すきなことしてるから『おれ』ってじぶんのことよびたいし、あにうえのことも『あにうえ』ってよぶんだ。なごちゃんだって、にぃ、あにうえのこと『おにいさま』っていってるもん! ちょっとずつおとなになって、できることをふやして、やりたいことをもっとやるんだ。これはそのためのだいいっぽだから!」
むんっと胸を張って宣言するレグルスくんは、からりとした晴れやかな笑顔。
そうか、やりたいことがあって、そのために大きくなりたいのか。それなら小さいままでいてほしいっていうのは、私の我儘なんだろうな。
少し寂しい気がしていると、ぽんっと肩を叩かれる。
「弟ってさー、なんでこんなにあっという間に大きくなんのかなー? わっかんねぇな、目は離してないはずなのにさー。来年はつむも『ぼく』だって。おれは『俺』派なのにな!」
「本当だよね、なんで皆『私』じゃないわけ?」
「黒幕っぽく見えるからじゃね?」
「は? なんて?」
「うん? なんだろうな?」
奏くんが私の肩に寄りかかって来る。ちょっと聞き捨てならないことを聞いたけど、ニヤッとする奏くんの視線の先でロマノフ先生がニコニコしてるのをみると、うん。なんか、言いたいことは分かった。分ったけど同じ種類で私が括られてるのがちょっと嫌かな……。先生だって黒幕って訳じゃないけど、時々本当にエゲツナイことしてくるし。主にエクストリーム鬼ごっことか。
いや、でも。
「あのさ、シオン殿下も『僕』派だけど?」
「いや……『私』よりはまだラーラ先生とヴィクトルさんがいる分……何もましじゃないな……」
「もしかして『俺』が一番ましなんじゃ……ノエくんもラシードさんも『俺』派だし」
「あー……ねー……」
「でも奏くんもいるもんね」
「おっと、おれに対する熱い風評被害を感じるなぁ?」
うりうりと奏くんを肘で突くと、同じように奏くんに肘で突かれる。
じゃれ合いにレグルスくんや紡くんも参加して、おしくらまんじゅう状態だ。
そんなわけで今日からレグルスくんは自分を「おれ」と呼び、私を「あにうえ」と呼ぶことに。一抹の寂しさはあるけど、レグルスくんが考えてのことなら、応援しないとね。それに時々言い間違えるのも可愛い。可愛いは正義で絶対だ。
因みに今年の奏くんの目標は「鎧割り」っていうスキルを手に入れること。鱗割りの上位スキルらしいけど、あらゆるモンスターの硬い表皮や鱗をはぎ取れるスキルなんだそうな。
紡くんは大根先生から出された課題の「菊乃井マンドラゴラ村の住人記録を完成させる」ことだって。
菊乃井家の庭のマンドラゴラ村の住人を判別できるようにするのと、彼らの特徴などなどをまとめた戸籍のようなものを作りたいみたい。
住人の判別だったら多分すぐできるな。彼らに制服を作るときに、何処にあるか分かんないけど胸あたりに名札を付けてやればいいんだし。
「じゃあ、そのときはつむにもおてつだいさせてください!」
「うん。数が多いから皆に頼もうと思ってたし、こちらこそよろしくね」
「はい、がんばります!」
元気よくお返事してくれて紡くんの頭を、レグルスくんと奏くんが撫でる。尊い。
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活動報告にも色々書いておりますので、よろしければそちらもどうぞ。




