自惚れに冷や水
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こういう和やかな話のあとでなんだけど、本題をちゃんとしとかないと。
このお茶会、そもそも私が呼ばれたのはなんだったのか。
疑問を皇子殿下方に尋ねると、彼らは顔を見合わせる。それから頷きあうと、統理殿下が口を開いた。
「マヌス・キュアの話や、お前が提出してきた疫病対策の『ロックダウン』だったか? そういうことについて、お前の口から説明を受けようと思ってな。直接聞いて、俺達が他の者に説明できた方が何かと邪魔が入り難かろう?」
「僕達も君の報告書を読んで、そういう対策は必要なんじゃないかって思ったからね」
「ああ、それで……」
とはいった物の、ちらっと獅子王閣下を見る。お聞かせしても私は構わないんだけど、国政的にはどうなの?
そんな視線に宰相閣下が「大丈夫じゃよ」と返してくれた。
「それどころか獅子王卿には知っておいてもらった方がいいかも知れん。シュタウフェン公爵家が、今ルマーニュ王国で流行っている質の悪い感冒の最前線になるやもしれぬ状況じゃ。シュタウフェン公爵領で抑えきれねば、次は獅子王家と天領で抑え込むことになる。だが、シュタウフェン公爵は菊乃井卿の提案してきた方法は反対らしい」
「なるほど」
頷けば、獅子王閣下が至極真面目な顔で宰相閣下の方を見る。
「じい様、忌憚なく言ってほしいのだが、シュタウフェン公爵家やうちで抑え込めるものなのかい?」
「解らぬ。帝都で猛威を振るった三年前の流行り病の比ではないほどの被害が出つつあるらしい。だが元々ルマーニュ王国は国としての衰退が激しい。だからこそ放置したくはないが打てる手がないのか、平民に対する被害をあえて放置しているのか区別がつかぬ。この際だから逆らう平民など絶えてしまえと考えていてもおかしくはないしの」
「それは為政者としても人としてもどうなんですか……?」
ロートリンゲン閣下の言葉に、私も他の人達も頷く。宰相閣下も苦虫を嚙み潰したようなお顔だけど、自身の発言が的を射ていることに確信があるんだろう。首を横に振った。
良くはない、だが下手に手を出せない。だって変に手を出したら、その病気を帝国に招きいれることになる。
誰もが大きく息を吐く。
どうも、私は勘違いしてたみたいだ。父の実家とかシュタウフェン公爵家なんて、大した問題じゃない。あー! ちくしょう!! 読みが甘かった!!!
いい気になってたらこれだ。いつでも姫君様の厄除けは、私に「己惚れるな」って伝えてくる。
ただ不幸中の幸いは、今回私が矢面に立つんじゃなく、国が矢面に立ってくれるってことだよね。それは一先ず良かった。
こっちも苦虫を噛み潰したような顔になって、袖の中で手をいじいじしていると不意に指先にコロッとしたモノが当たる。
「あ」
「うん? どうした、鳳蝶?」
「そういえば、これをお渡ししようと思っていたんです」
そういって私がテーブルの上に出したのは、五つの飴玉の包みだ。
「陛下、妃殿下、皇子殿下方、そして宰相閣下の計五つなんですが」
これは私のために先生方が大根先生に作ってもらっていた、限りなく本物に近い疑似エリクサー飴だ。備蓄用の疑似エリクサー飴より効果が高いが、そのため多くは作れない。それでも非常時には十分以上の効果を持つ。だからこそ万が一の備えとして持ってきたんだ。
もう少し数があれば、獅子王閣下にもお渡し出来たろうけどこれが精一杯。
差し出すと皇子殿下方が首を横に振った。
「これを差し出して、お前はどうするんだ?」
「どうって、忘れましたか? うちにはマンドラゴラがわんさかいます。どうとでもなります」
それより、もっと強力な物もある。
姫君様のくださった蜜柑と非常時用に残しておいた仙桃、氷輪様の水差しだ。
いざとなればそれを何とかする用意だって出来なくはない。それよりも肝心なのは、水際で食い止めることだ。
脅威が形になって見えて来た以上、全力で対処しないと。打てる手を打たない奴に、姫君様の加護は味方してくれない。
そういえば暫し皇子殿下達と睨み合う形になる。
それを破ったのは宰相閣下の咳払いだった。
「なれば、吾の分を獅子王卿に御譲りしよう」
「え? いや、じい様、それはいけない」
「なんの。有難いことに菊乃井家と一足先に縁を結べたことで、吾の家にはマンドラゴラがいての。彼の力と菊乃井家の力を借りれば、なんとでもなろうよ。シュタウフェン公爵家があてにならぬ以上、最前線は恐らく卿の領地になろう。そこの指揮を執る人間を斃れさせるわけにはゆかぬ」
「よいな?」と、穏やかに獅子王閣下へと告げる宰相閣下に、誰も否やなんか言えない。それでも戸惑う獅子王閣下に、ロマノフ先生が声をかけた。
「大丈夫ですよ。宰相閣下は鳳蝶君の大事な大事な弟君の、これまた大切な大切な許婚のご令嬢のお祖父様です。何とでも鳳蝶君がしますから」
「そうそう、僕らも手伝うし」
「この子、しないって言ってたのにやったことは沢山あるけど、するっていってしなかったり、出来なかったことなんか一度もないよ?」
グリグリと私の頭を撫でながらエルフ三先生が獅子王閣下を説得する。私の髪の毛はいま緩く三つ編みにされて、その節々につまみ細工の小さなピンが刺さってる。だから髪の毛が乱れるとそのピンが落ちちゃうんですけど?
もみくちゃにされむくれている私を見て、漸く獅子王閣下も表情を緩められた。
「解った。では有難く頂戴しよう。代わりといっては何だが、その疑似エリクサー飴の備蓄に関わる事業に一枚噛ませてほしい」
「でしたら……」
有難いお申し出なので、魔力クラウドファンディングの説明もしておく。
獅子王閣下は武門の出だから、自領のモンスターの駆除とか積極的にやってるそうで、魔力は沢山あるんだそうな。
そんな獅子王閣下の琴線に触れたのは、クラウドファンディングについて来る記念品の方みたい。
「モトのじい様が言っていたが、卿の友人はとても可愛らしい陣取りゲームの駒を持っているそうだね? 私もそんな可愛らしい陣取りゲームの駒が欲しいんだが」
「ああ、はい。そういうのも承っておりますので」
「ではそれで頼む。魔力は必要なときに連絡してくれれば都合をつけよう」
ニコニコと獅子王閣下が仰るのに、ソーニャさんも「私も~」と手を上げた。
「魔力ならそこの不良息子達より沢山あるわよ?」
「なんで張り合って来るんですか?」
「だって、そういうことに一番先に声をかけてくれてもいいじゃない! あっちゃんのお家にお邪魔する理由なんか、何個あってもいいんだから!」
「そうやってちょいちょい菊乃井家に遊びに来ようとするからだよ、伯母様」
「本当だよ、伯母様。お手伝いさんが郷から来てるとか、怪しいし」
ヴィクトルさんとラーラさんにジトっとした目を向けられて、ソーニャさんがちょっと視線を逸らす。
そこに助け船を出したのはロートリンゲン閣下だった。
「いや、本当に手伝いが来ておられるよ。少し前にソーニャ様に用事があって店を訪ねさせてもらったが、エルフの女性が留守番されていた」
「え?」
エルフの女性と聞いて、ロマノフ先生やヴィクトルさん、ラーラさんが僅かに眉を上げる。それから暫く考えて「まさか?」と怪訝そうに呟いた。
「そうよ。お手紙貰って嬉しくて、来ちゃったんですって」
「はぁ?」
エルフ先生達が一斉に目を点にした。
私はお手紙っていう言葉に引っ掛かって、ソーニャさんに視線で問う。するとソーニャさんは笑みを深めて「その人」と頷いた。
「なんかお手紙くれた女の子を、一目だけでも見たいんですって。それで家出して来ちゃったらしいの」
エルフのご老人って、皆アクティブなんだなぁ。
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