ジュニア文庫3巻発売記念SS 異種族間理解って難しい。
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ヴィクトルさんの魔術の授業は瞑想と、ちょっとした魔術の実験との繰り返し。
私はそうでもないんだけど、レグルスくんと奏くんはじっと瞑想するのがちょっと苦手みたい。身体を動かして魔術の効果を実感して、基本の原理をちょっと聞いて、それから瞑想。そんな感じ。
今日は身体強化をかけた上で匍匐前進して、どっちが早いかをレグルスくんと奏くんとで競争してたんだけど。
そういうの苦手なんで見学に回ってた私の目の前で、不意に奏くんの髪の毛が仄かに光って、毛先から黒から茶色に変わっていく。
「か、奏くん!?」
「え? 何?」
ビックリして結構大きな声が出た。
でも奏くんとレグルスくんはもっとビックリしたようで、匍匐前進を止めて起き上がる。
すると異変に気が付いたのか、ヴィクトルさんが奏くんの色が変わった髪を見て肩をすくめた。
「あーあー、やられちゃったね。かなたん」
「へ? 何が?」
きょとん。
レグルスくんも奏くんも、訳が分からないって顔だ。だから行儀良くないとは思ったけど「それ」と、奏くんの頭の上を指差す。つられてレグルスくんと奏くんが視線を上げた。
奏くんは自分の頭の上だからイマイチ見難いのか、顔を顰める。レグルスくんはと言えば、視線を上げて暫くして大きく口を開けた。
「かな!? かみのけ、かわってるよ!?」
「は? え? どういうこと?」
「奏くん、髪の毛の色急に茶色になったんだよ!」
「はあ!? なんだそれ!?」
急いでタンスの上に置いてある鏡を取って奏くんに渡す。すると映っている自分の姿に違和感があるのか、奏くんがぎょっとする。それから手を髪に伸ばすと、わしっと髪の毛を鷲掴みにした。
「な、なんじゃ、こりゃあ!?」
前世でこういう叫び声あげる俳優さんのモノマネあったなぁ……。
じゃ、なくて。
一瞬現実逃避しかけた心を呼び戻して、まじまじと奏くんを見る。それから気になることを言ってたヴィクトルさんに視線を移す。レグルスくんも私につられたのか、ヴィクトルさんを見上げた。
「あの、ヴィクトルさん?」
「いやぁ、いつかやるかなと思ってたんだけど、やっぱりやったねぇ」
ケラケラと笑っているあたり、命の危険とか何か危ない状況じゃないんだろう。だけどいきなり髪の色が変わるとか、結構一大事では!?
そう思ったのは私達兄弟もだけど、髪の毛の色が変わった奏くんもみたいで。
「ちょっと、ヴィクトル先生!? 笑ってないで、これ何かおしえてよ!」
「えー? あー、人間にはあまり起こらないんだっけ?」
ブンブン腕を振り回す奏くんに、ちょっと首を傾げてからヴィクトルさんは「なるほど」と呟く。それから笑顔のまま話を始めた。
ヴィクトルさん曰く、精霊は魔術が好きなんだけど、それだけじゃなく魔術のかかった物も好きだし、魔術を使う存在も好きなんだそうな。
それでその好きな物を見せてくれたお礼に、色々やったりすることがあるらしい。
例えば魔術のかかった建物はその魔術の効果期限を越えて長持ちしたり、魔力の強い植物は植わっている土壌に栄養が沢山集まったり。
そういう良い物もあれば、今回の奏くんみたいに突然髪の毛の色が変わったりもするそうな。
人間にはあまりないんだけど、エルフとか魔族とか、魔術が上手く使える種族にはよくあることだとか。
「やー、二、三日前くらいだったかな? かなたんの頭の上に乗ってる精霊たちが『黒より茶色の方が似合う』とか『黒のままの方が素敵』とか、言い合ってたから、なんかあるかなぁとは思ってたんだよね」
「いや、そういうのは教えてくれよ……」
あはは、と笑うヴィクトルさんに、がくっと奏くんが肩を落とす。
だけど、聞いているとこれって……と思うことがあった。
こてりと首を傾げて、私はヴィクトルさんに聞いてみる。
「つまり、これって奏くんが精霊に気に入られたから起こった……という?」
「うん、簡単に言えばね。だけどこのままじゃ、終わらない気がするなぁ」
「え!? かな、まだなにかあるのぉ!?」
にししと不穏に笑うヴィクトルさんに、レグルスくんが驚いたのか声を上げた。
けど、それを気にする間もなくその異変はすぐに奏くんの髪に訪れる。
茶色に変わった毛先がまた仄かに光って、元の黒髪に戻り始めたのだ。
「お、おお!?」
「え? も、戻ってるよ!?」
「あ、でも真ん中で茶色と黒とでいったり来たりしてるねぇ」
「え? え? くろ? ちゃいろ? どっち!?」
そう、戻り始めたかと思ったら、奏くんの頭の真ん中の旋毛のあたりで茶色と黒が行ったり来たり。
色が変わったかなと思ったら、戻る。茶色になったら黒になる。忙しなくコロコロ変わっていく髪の色にあわあわしていると、すっと奏くんの目が据わった。
私やレグルスくんに耳を塞ぐようにジェスチャーすると、深く息を吸い込む。
そして──。
「いい加減に! しろーーーーーーーーーーーーーーーー!!」
キーン。
耳を塞いでさえいても、ビックリするくらい大きな声だ。ヴィクトルさんなんか、耳が良すぎるせいでちょっとダメージ受けてる感じだし。
けどそれでピタッと奏くんの髪の色が真ん中で茶色と黒と半分こで落ち着く。
むんっと胸を張ると、奏くんはほんの少し上を睨むように腕を組んだ。
「おれのことすきなら、おれに許可なくかみのけのいろ変えるとかダメだろ?」
「それはそう」
奏くんの言葉にレグルスくんと二人で、こくこくと赤べことかいう首がガンガン上下に動く玩具みたいに頷く。
精霊に言葉が正確に伝わったかは分からないけど、徐々に奏くんの髪の毛の色が元通り黒くなった。
それで「戻った?」と私達に尋ねるから、レグルスくんが鏡を奏くんに渡して。
「おれはくろでもちゃいろでもいいけど、いきなり変わったらじいちゃんや父ちゃん母ちゃんがびっくりするからな」
「え? それだけ?」
「うん? だって大人になったら髪の毛なんか、なくなるかもしんねぇのに。じいちゃん見ろよ。父ちゃんも薄いしな。おれはげんじつを直視できる男なんだぜ……」
にっと口角を上げる奏くんは潔いけど、ちょっと遠い目をしている。
そうか、奏くん将来ヤバいのか……。
そんな奏くんの黄昏ている背中を見て、ポンっとひよこちゃんが手を打った。
「せーれーさん、かなのかみのけまもってあげてー?」
ぶほぉっと誰か噴き出したなと思ったら、ヴィクトルさんがお腹を押さえて蹲っている。言い方……とは思ったけど、奏くんも「おれもそのほうがいいなぁ」と頷いていた。
なるほど、じゃあ、交渉の余地はあるんじゃない?
なので、ちょっと言ってみる。
「精霊さん。奏くんの髪の毛の色、日替わりでも月替わりでも変えていいから、将来もそれが出来るようにしてくれませんか?」
「さすがに日替わりはちょっと」
私の提案にほんの少し奏くんが難色を示した。
そりゃそうか。
毎日色が違ったら忙しいもんね。
「それなら週替わりくらい?」
「じゃあ、それで。あ、でも、出かけてるときにいきなり色が変わるとか驚くから、朝一でやってくれよな」
色々注文は付けてみたけど、どうだろう。
私もレグルスくんも奏くんもお祈りするみたいに、胸の前で手を組んでお願いしてみる。するとまた奏くんの髪が仄かに光って、こげ茶色っぽくなった。
どういうことかと思っていると、ヴィクトルさんがひーひー笑いながら告げる。
「勝手に、あはは、いじって、ごめんって。あー、おかし。それで、髪の毛は守ってあげるし条件は守るから、週替わりで色変えさせてねって……。ひぃ、おなか、いたい……!」
こげ茶っぽくなったのは、茶色派精霊と黒色派精霊の妥協点だったらしい。
それにしても精霊に好かれるって大変だ。
奏くんを労わるように「大変だねぇ」と肩を叩くと、ヴィクトルさんが首を横に振った。
「他人事みたいに言ってるけど、あーたんやれーたんだって彼らのお気に入りだからね?」
「え!?」
「れーも、かみのけなんかなるの!?」
ビクッと三人で顔を見合わせる。
肩をすくめたヴィクトルさんが、まずレグルスくんの頭を撫でた。
「れーたんは、食べる果物の甘味が増やされたりしてる」
「は?」
微妙な効果に目を点にしていると、ヴィクトルさんは今度は私に視線を移す。
「あーたんはね」
「はい」
「あーたんは……スキップうまくなるといいね。そういうおまじないみたいなのしてくれてる」
「はい?」
なんだそれ?
精霊の贈り物って、よく解らないな。
私もレグルスくんも奏くんも顔を見合わせると、大きなため息を吐いた。
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活動報告にも色々書いておりますので、よろしければそちらもどうぞ。




