子どものおもちゃ(と書いて、武器と読む)
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獅子王閣下の仰ることには、モトおじいさんは獅子王家の家宝の剣の手入れにちょくちょくお屋敷を訪れるそうだ。
そこで源三さんとの話や奏くんや紡くん兄弟に鍛冶を教えてることを話すそうで。
「あの偏屈じい様が面白いというし、何より梅渓のじい様も面白いという。そんなに面白い子なら、一度会ってみたいと思っていたんだ。今回はくじ引きで私がその番をもぎ取った。私の去年一年の運はそのために貯められていたらしい」
「然様ですか……」
たかが八歳の子どもに会うためにくじ引きしたとか、全く嬉しくないよ。どう返したもんか考えていると、不意に獅子王閣下の目つきが鋭くなる。
「とはいえ、その陛下の言いつけを守れぬ愚か者もいるようだがな」
ぽそっと零した閣下の視線の先には、シュタウフェン公爵がこちらにこようとしていた。その斜め後ろには元父に似ている男を従えている。
「大方ロートリンゲン公爵や梅渓のじい様が関わってるから、自分も……という言い訳をする気なんだろう。余計なことだとは思うが、斜め後ろのはバーンシュタインの現当主だ」
「ありがとうございます」
お礼を申し上げると、閣下は唇を艶やかに引き上げ「お手並み拝見としよう」と少し意地悪するように笑われる。
相手の意図が解ってて好き勝手やられるようじゃ、侯爵家の当主なんか務まらない。まるで試験でも受けてるような心持ちだ。
一方、その歓迎されざる人達は私の周りに先生方だけじゃなく、獅子王閣下がいらしたことに気が付いて、ほんの少し歩幅を狭めたものの、来ないという選択はしなかったようで。
「これはこれはお揃いで」
声と表情には友好的な雰囲気を滲ませているけれど、しきりにクラヴァットを弄っている。落ち着きがなくイラつくとき、人は無意識に身につけた物を触ることがある。後ろの人物は目がオドオドして挙動が不審だ。肝が据わらないならこなきゃいいのに。
先生方も獅子王閣下も、勿論私も呆れているけれど、それを悟らせるようなことはしない。笑顔を顔に張り付けると、宮廷の儀礼に合わせた礼を取る。
「これはシュタウフェン卿、新年の寿ぎを申し上げる」
「おお、今年もお互い善き年であれば良いな」
獅子王閣下とシュタウフェン公爵の間で火花が散ってるのを幻視する。ラーラさんと仲良しそうだもんね、獅子王閣下。そりゃシュタウフェン公爵とはそりが合わなさそうだ。
けどその睨み合いはすぐに終わって……というか、シュタウフェン公爵が獅子王閣下の目力に負けてちょっと目線を逸らす。その行先は私だったわけだよ、面倒くせぇ。
仕立てのいいコート、刺繍も鮮やかなウエストコートにブリーチーズ、袖口にはレース飾りがひらひらの、所謂アビ・ア・ラ・フランセーズ。いかにもお貴族なシュタウフェン公爵が、私の服を見て目を眇めた。
「なるほど、魔術師のローブか。卿は夢幻の王の後継と認められたのだったな。それでローブは解るが……その仕立ては些か派手なのでは?」
嫌味たらしい言い方だけど、要は公爵家でもしないような贅沢して……ってことだよな。だけど、そう言われてもね。
「百華公主様の思し召しで御座います。見事な布を授ける以上、仕立ても素材も一流の物を使うようにと言いつけられておりますゆえ。中途半端な物を使ったとなれば帝国の威信に関わります。当代一のお手をもつエルフのソーフィア・ロマノヴァ様にそれをお伝えしましたところ、このように仕立ててくださいました」
私が作ったんじゃねーの。文句があるならソーニャさんに仰い。この会場にいらっしゃるから。
言外に告げた言葉に、きゅっとシュタウフェン公爵の足が鳴る。地団太踏みかけてんじゃねぇのよ、お行儀が悪いな。
「なるほど、そのような事情もあるのだね。ならばかえって質素にすれば、それは姫神様への不敬になってしまうな」
「はい。皆様方にはご不快かもしれませんが……」
「いやいや、良い仕立ての服だし中身も愛らしい。私は目の保養だと思っているよ? そうでは? シュタウフェン卿?」
獅子王閣下のフォローのお蔭で、シュタウフェン公爵は「ああ、まあ……」と頷く。口の端がひくひくしてるシュタウフェン公爵に、獅子王閣下の目が「めっちゃ面白いんだが?」と言ってくる。私は面白くないです。っていうか閣下、シュタウフェン公爵嫌いか? 嫌いなのか?
先生方もニヨニヨして「可愛いでしょう?」とか私の肩に触れたり、撫でたりするから、注目の的だよ。
こんな時レグルスくんがいてくれたら、私だって「世界一可愛いのはウチの弟です!」って言えるのに。
若干現実逃避していると、分の悪さを漸く悟ったのか、シュタウフェン公爵が後ろに視線を向けた。すると公爵の後ろに所在なさげに立っていた男が、すっと進みでる。
誰だよ、おめー?
そういう視線を帝国英雄三名や獅子王閣下から向けられて、ちょっと顔色が白くなっている。その男を顎で指すと「実は」と、得意げにシュタウフェン公爵が話し出した。
「紹介しよう、ヴィルヘルム・バーンシュタイン卿だ。彼は菊乃井卿のお父上、リヒャルト殿の兄なのだよ」
「然様ですか」
素っ気なく対すると、こてりと少し首を傾げる。
あの人とはもう離縁が成立している以上関係がない。そう示すようにアルカイックスマイルでいると、バーンシュタイン卿が怯む。
先生方もそうだし、勿論本当に関心も関係もない獅子王閣下も素っ気ない。
けどそんな状況にも物怖じしない勇者・シュタウフェン公爵が話を続けた。
「菊乃井卿の事情は知っているのだ。長らく帝国貴族としてまだ七つ、いや、八つになったのだったな。その卿を手助け出来ず、歯がゆくあったのだよ。けれど折よくバーンシュタイン卿と縁を得られてな。この機会に卿に彼を紹介しようと思ったのだ。彼は弟の悪行を恥じ、菊乃井卿に謝罪したいと予てより考えていたらしい。どうだろう?」
そういってシュタウフェン公爵が私に微笑む。
大きな声で芝居がかったセリフを大仰に言い立ててくれたお蔭で、ここで許さないと言えば私が狭量ということになる。
周りが私の答えに注目しているなか、バーンシュタイン卿が私の前に進み出た。
「初めて御意を得ます、菊乃井侯爵閣下。自分はヴィルヘルム・バーンシュタインと申します。自分はこの日をずっと待っておりました。前当主は閣下の置かれていた境遇に対して、何も出来ることがなく、せめて弟に実家に寄らせぬことが謝意の証明になるといい、自分にも閣下に近づくことは許さぬと申しつけました。しかし自分はやはり謝罪は必要なことと考えました。そしてこれから「ああ、なるほど。謝罪と同時に絶縁を申し出てくださるということですね!?」は、は?」
力になりたいって言いたかったんだろう。言わせねぇよ?
人の話を遮るなんてお行儀が悪いんだけど、だけど許されるんだよ。だって私、まだ八歳の子どもだから。
それが解ってワザと大きな声で驚いてみせたことを察した先生達が、私に「め!」という仕草を見せた。
「いけませんよ、鳳蝶君。お話の途中で大きな声を出しては」
「そうだよ、びっくりしても我慢しなきゃ」
「もう。帰ったらお作法の復習しないとね」
「いやいや、菊乃井卿はまだ八つだ。驚いたら大きな声の一つもでてしまうさ。シュタウフェン卿もそう思われるだろう?」
先生達の言葉を引き取って、獅子王閣下がシュタウフェン公爵に視線を向ける。これに否やなんか、シュタウフェン公爵には言えない。だってさっき私のこと「まだ八つ」って言ったもんな。
「あ、ああ、そうだな。ロマノフ卿、ショスタコーヴィッチ卿、ルビンスキー卿、そう目くじらを立てずとも」
焦りつつシュタウフェン公爵がとりなす。
私もその尻馬に乗ってみた。両手を組んできゅるんと「餌ください」ってお願いするときのぽちの真似をしてみる。
「だって、本当に驚いたんです。何故私の窮状をご存じだったシュタウフェン公爵閣下が、その元を作り出した人のご家族を紹介しようとなさるのかと……。今まで無視も同然だった甥に伯父がなんの用なのかも解りませんでしたし。まさか公爵閣下がそのような嫌がらせをなさろうなどとは思えませんでしたし。でも私、気が付いてしまって。これは菊乃井の景気が上向いてきたのを利用しようとする輩の手から菊乃井を守ってくださるため、それからバーンシュタイン家を利用させないようにとのシュタウフェン公爵閣下の思し召しなのだ、と」
「う、あ、その」
「バーンシュタイン卿も、自家がそのような不名誉なことに利用されないために、わざわざ皆様方の前で謝罪と以降の絶縁を宣言しにきてくださったんですね。流石帝国騎士、なんと見事なお振舞いでしょう!」
「そ、それは、その……」
「ああ、皆まで仰らずともそのお気持ち、この菊乃井侯爵鳳蝶しかと受け止めました。この上はこれからも帝国や領民のため、精進いたします。この絶縁、たしかに承知いたしました」
にこっと最上級の笑みを浮かべる。ここに社交界において「美談(笑)」が増えることが確定した。
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