年内最後のイベントと年始最初のイベントの温度差
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次回の更新は、3/4です。
姫君様が天上に戻られて十日ほど、菊乃井に北風が吹いた。
冬が見事にやって来て、冷たい風が雪雲も運んできたせいか曇天が続いている。
雪が降りそうで降らない間に、雪室を準備したり、家で飼っている動物達のための地熱を利用した温室を整備したり。結構やることが多い。
それは家の用事、いわば私の部分。
公のこととなると年越しのイベントの話をしないといけない。そんな訳で本日の菊乃井領定例会議の議題は年越しのイベントについて。
一昨年は氷輪様にお手伝いいただいたし、去年はラ・ピュセルのコンサートを領民への祝福としたんだよね。
じゃあ今年はどうするかっていう話なんだけど。
「今年もコンサートするでしょ?」
「歌劇団でのコンサートになる、かな」
ヴィクトルさんの言葉に、ユウリさんが補足を入れる。
去年はラ・ピュセルの名前が大きかったけど、今年は歌劇団の名前が大きくなっているようだからその方がいいだろうってことみたい。
ラ・ピュセルだけのファンの人もいるだろうけど、最近はラ・ピュセル含めて歌劇団っていう認識に変わってきているそうだ。
その証拠というわけではないけど、今年の最初に売れていたのはラ・ピュセルのメンバーのグッズだったけど、最近は他のメンバーのブロマイドも結構売れているらしい。
帝都でのショーの効果が覿面に出てるな。
あと、何故か私のブロマイドも結構な枚数売れているそうだ。これにもやっぱりルマーニュ王都のギルドとのいざこざが関係するらしく、ようは厄除けのお守り代わりなんだって。
私のところには集約して厄が来るってのにね。解せぬ。
「ではコンサートは広場でやるとして、設営ですが」
「それは商店街の有志が今年もやらせてくれってよ」
ルイさんが触れた話題に、ローランさんが手を上げて応える。
去年も少しばかりのお金でやってくれたんだけど、アレ実は赤字だったんじゃないだろうか?
気になってそれを尋ねると、ローランさんが首を横に振った。
「技術を皆に見てもらえる機会だからな。そこは気にしねぇでくれって、本人達から申し出がある」
「ですので、去年は役所の方から酒樽をいくらか差し入れております」
流石ルイさん、抜かりがない。
けど今年もそれでっていうのはちょっと。
今年の帝国は全体的に寒いだろうっていう予測が、帝都の専門家から出されている。
参考までに聞いてみたら、大根先生も今年はきっと去年より寒くなるだろうって言ってた。
私が疫病対策を急いでやりだしたのも、今年の冬は結構寒いって言う予測を聞いたからなんだよね。だって寒いと感冒がよく流行る。
「今年は寒くなるっていう予報が出ているので、Effet・Papillonからネックウォーマーとか出せますかね?」
ヴァーサさんに目を向ければ、私がそう言いだすことを事前に考えていたのかすぐに頷く。
「はい。職人達に無償で提供することも、ある程度なら可能です」
「なら、そのように。ローランさんと一緒に、設営に携わる職人さんの数を把握して配布してもらえますか」
「承知致しました」
処理としてはEffet・Papillon商会からネックウォーマーを役所に寄付、その後役所から職人さん達に配布っていう形になるだろう。その辺りのことは役所にお任せだ。
物やお金の流れは誰にでも見える形にしておいた方が、後々に色々解りやすい。同じようなイベントをするときも、前例に倣ってっていうのが簡単になるしね。
そういうわけで、町の一大イベントのあらましが決まっていく。
そこにユウリさんが手を上げた。
「歌劇団の団員たちの家族さんなんだけど」
「はい?」
「去年は招待してやってたろ? 今年は? 結構人数多くなって来たけど、いけそう?」
「あー、そうだった……」
去年はラ・ピュセルのメンバー達のご家族を菊乃井に招いたんだっけ。今年はどうなるだろう?
ユウリさんによると、歌劇団のメンバーはラ・ピュセルのメンバーみたいに遠方から来たお嬢さんは少ないけど、いない訳じゃないそうな。
「関係者席を用意してあげて、希望者はご家族を招待する形にできますか?」
「解りました、そのように手配します」
「承知致しました、劇団員も喜びます」
エリックさんとルイさんが同時に返事を返す。
とりあえず決めないといけないことはこれくらいだろうか。ぼんやりしていると、ヴィクトルさんが「ああ」と呟いた。
「あーたんは次の日の朝早くから皇居に呼ばれてるから、歌うなら早い時間ね」
「あー……」
ガクッと肩が落ちる。
行きたくて行く訳じゃないんだよ。私は出来れば新年はゆっくり菊乃井で過ごしたい。
だけど今年はどうしてもお伝えしないといけないこととかが沢山あるから、お休みとかパスって手が使えないだけだ。
「マヌス・キュアもそうですが、疑似エリクサーにその研究の意義、更に春の感謝祭の件。どれも陛下から承認は得ていますが、それを内外に示すにはこの機会に直接お言葉を賜うことが第一です」
「はい、その通りです。その通りですけど……!」
陛下や皇子殿下方とお話するのはいいんだよ。その後の有象無象とのやり取りが、私の気力と忍耐を根こそぎ持っていく。
苦虫を嚙み潰したような顔をしてたんだろう。ルイさんが心配そうな顔でこっちを見てるのに気が付いた。
「我が君……」
「いえ、解ってるんですよ。これが私の選んだ道だって。それはそれとして、元父の実家が鬱陶しい!」
「ああ、それは……」
「春巻きの皮が少しくらい破けても、私のせいじゃないですよね」
ルイさんがそっと目を逸らす。
自分で言うのもなんだけど、上手いこと歯に衣着せてる方だと思うんだよ。それで通じればいいんだけど、あの元父の鈍さを思うと……。
今会議してる人の中で、父を知っているのはルイさんとヴィクトルさんとローランさんの三名だけ。
他の人はちょっと首を傾げて成り行きを見守っていた。
ヴィクトルさんが肩をすくめる。
「遠回しな皮肉が通じるような相手だったら、少なくともシュタウフェン公爵家を頼ったりしないと思うけどねぇ」
だよなぁ。
大きなため息を吐けば、成り行きを見守っていたユウリさんやエリックさんがこちらに視線を投げてくる。
斯々然々。
父の実家が離縁したっていうのに、わざわざこっちと少々思うところがある公爵家と繋がって何をしようというのか。そんな話をすれば、皆が溜息を吐いた。
「何というか……次から次へと、よくもまあ色々起こるもんだ」
「本当に」
原因は色々あるんだろうけど、それだって試練だって言うし。
そこまで考えてハッとする。
この中に神様のご加護を受けた人が、もしやいないとも限らない。その人の分も私のところに来てないだろうな?
気になったから、私のところに災難が集まりやすい事情を話すと、ローランさんがケタケタと笑い出した。
「そんな、アンタ、ご領主様みたいにボコボコ何個も加護もらって来る人間がいる訳ねぇじゃねぇか。冗談きついぜ?」
「いや、冗談じゃないんですけど……?」
物凄く真顔で返すと、ローランさんの目が点になる。
いや、ユウリさんもだけどこの辺はカルチャーギャップか。
目を点にしたまま、ローランさんがもう一度私に問い掛けてきた。
「え? マジなのか?」
「マジですよ。レグルスくんとか奏くんとか、加護重複してるじゃないですか」
「あ」
ローランさんが呟いたきり、押し黙る。
それから暫くして、頬を引き攣らせながらサムズアップしてきた。
「ま、が、頑張ってくれや。俺らはご領主様の味方だからよ」
「ええ、はい。頑張ります……」
そうとしか言いようがないよね……。
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活動報告にも色々書いておりますので、よろしければそちらもどうぞ。




