その笑顔の前には色んなものが些細なこと
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次回の更新は、3/1です。
目の前に山と積まれた蜜柑と、あと何だ? 葡萄? 胡桃?
「あの……姫君様?」
「いつもの橘と、此度は葡萄と胡桃も付けたぞ」
「いや、あの……」
堆く箱の上に盛られた蜜柑は去年見た気がする。でも葡萄と胡桃って何?
内心白目どころか、口から泡を噴きそう。
私の物凄い動揺を知ってか知らずか、レグルスくんが「わぁ!」と歓声を上げた。
「ひめさまのみかん、れーだいすきです! おいしいから!」
「そうじゃろう、そうじゃろう。精霊に特別に世話させておるからのう!」
薄絹の団扇をひらひらと閃かせる姫君様は、ご機嫌が良いようで軽やかに笑う。レグルスくんも無邪気にはしゃいでるけど、私の胃はちょっと重い。
どうすんの、今度こそ……!
背中には冷や汗が流れてるんだけど、私の内心の凄い動揺なんて姫君様にはお見通しなんだろう。レグルスくんのひよこの羽みたいな髪をほわほわ撫でてから、ちらりと私に視線を投げて「ふんっ」と鼻を鳴らされた。
「其方が何を気にしているかは分かっておる。分っておるが、妾にとって橘は橘じゃ。しかるに葡萄も葡萄で、胡桃も胡桃よ」
「は、はい」
「じゃが、そうよの。葡萄も胡桃も、熱しようとそのまま食そうとも何も起こらぬ」
「そ、そうなんですね! ありがとうございます!」
よかったー!
いや、こんなことで喜んじゃ不敬だとは思うんだ。
思うけど、やっぱり効能を聞くと小市民にはあわあわしちゃうんだよ。だって仙桃とか、調べたらそれを巡って聞いてるより悲惨なことが起こってたんだもん。主に誰もいなくなった的な。
朝起きて、身支度をしてお散歩に出て。
奥庭について姫君様にご挨拶したすぐ後に「餞別じゃ」って出された果物に、面食らって湿っぽい雰囲気が吹っ飛んだ。
だって蜜柑の箱、去年の二倍の大きさだよ。更に大量の葡萄に胡桃ってさ……。
顎が外れたよね。
蜜柑だって熱を加えなければ、ただの美味しいお蜜柑だもの!
ホッとしていると、私が落ち着いたのを見はかられてか、姫君様がそっと口元に寄せていた団扇を下ろされる。
そうして胸元から包みに入れられた懐剣を取り出された。
それがふよふよと飛んで、天に向けて差し出した私の手の平に落ちてくる。
「此度も預けおく。抜くな」
「は」
「抜かずとも勝つ方法はいくらでもある。戦に持ち込ませぬこともまた勝ちよ。良いな」
「心得まして御座います」
「ひよこも、強さは棒振りの技や力だけにあらず。学べ、そして戦わずして勝つことを最上とせよ」
「はい!」
きゅっと手の中にある懐剣を握る。レグルスくんも握り拳を固めていた。
お預かりした懐剣を抜くような真似は、何が起こってもすまい。それ以前に戦わずとも勝つ手段を、私ならば講じられると姫君様は期待してくださっているのだから。その期待に、必ずやお応えします。
そういう気持ちを込めて頷けば、満足げに姫君様が艶やかに唇を引き上げられた。
それからレグルスくんにも微笑まれたんだけど、はっと表情を変えられる。どうなさったんだろう?
驚いていると、姫君様がレグルスくんにひらっと団扇を向けた。
「ひよこ、其方冬の間も妾に其方と許婚のやり取りをみせよ」
「えぇっと、どうやってですか?」
「窓辺に日記帳を置いておけ。勝手に妾の元に飛んできて、一刻ほどしたら其方の元に戻る仕様じゃ」
「わかりました!」
姫君様、恋ばな好きだから……。
ちょっと遠い目になっていると、気づいた姫君様がごほっと咳払いをする。
「妾はひよこの成長を楽しみにしているだけじゃ。断じて暇つぶしなどと思うてはおらぬぞ!」
目が泳いでます、姫君様。
レグルスくんはといえば、冬の間も姫君様との繋がりがあるのが嬉しいのかニコニコしてる。
その後、去年と同じく厄除けをしていただいて姫君様は天上に戻られた。
別れの挨拶は簡素に。
けど春に降りてくるときはお祭りだから、賑やかにせよとのお言葉をいただいた。頑張らないとね。
いただいた沢山の果物は、やっぱり去年と同じくえっちらおっちらレグルスくんと二人で運んでたんだけど、途中で庭に住んでるマンドラゴラ村の住人達が助けてくれた。
増える度に服を渡しているせいか、彼らの服には統一性がない。あれだな、研究が大々的に始まったら協力してもらうローテーションとか決めなきゃだし。制服とか用意しようか?
そんな話をしながら、果物が入った箱を無事厨房まで届けて料理長に託す。
「葡萄も胡桃も、ちょっと干しましょうかね。そしたら生で食べるのとは違った味わいになりますよ」
「美味しいものはなんでも歓迎ですよ」
ニコニコ笑ってる料理長は、今年の冬も蜜柑のジャムを作ってくれるそうだ。
私、まだ料理長に桃や蜜柑の正体を話してないんだよね。別に言ったところで料理長は普通に料理すると思うんだ。思うけど、緊張しないかどうかっていうとまた別だ。
リュウモドキの色々のとき、実は緊張して指を切りそうだったって聞いたから余計に。指はいけない。指は料理人の大事なものなのだ。
実際悪いことしてるわけじゃないし、独り占めはしてない。ちょっと何も知らないお客さんとかに食べさせたり、ご近所に配ったりしてるだけだもん。ただ効能を黙ってるだけで。
神様方も特にそれをお咎めにはならないし。きっと大丈夫。ちょっと元気になったり、出来ないことが急に出来るようになったりするだけだもん……。
自分を納得させるためにあれこれ言い訳してるけど、結局「美味しいものが食べたい」っていう誘惑に負けてるだけなんだよなぁ。
効能がどうのっていうのは凄く大事なことだと思うんだけど、それに目を逸らしてしまうくらい美味しいんだもの。
今回は菊乃井にいる私の友人知人だけじゃなく、ロートリンゲン閣下や宰相閣下のご家族、皇子殿下方や陛下、妃殿下、次男坊さんにも配り歩こう。皆で食べれば、うん。
それに葡萄も胡桃もなんの効果もないって仰ってたしね。
自分を納得させると、早速レーズンのバターサンドが食べたくなってきた。
料理長の作るクッキーもビスケットも美味しい。だからきっとレーズンのバターサンドだって美味しいはずだ。
だから「レーズンバターサンドが食べたい」っていうと、料理長は怪訝そうな顔をした。
「レーズンバターサンド、ですか?」
「はい。あの、レーズンがはいったバタークリームをクッキーで挟んだものなんですけど……」
そう口にすると、益々料理長の表情に困惑が混じっていく。
最近色々あって忘れてたけど、この世界、料理の発展とか色々変なんだ。それは渡り人の影響が濃いからみたいだけど、だからこそあるものとない物が把握しきれてない。もしかしたら、レーズンバターサンドはまだなかったのかもしれない。
背中に冷や汗がたらりと流れる。
「……そういえば、董子さんが言ってたんですが、異世界にはドライフルーツやナッツを練り込んだバターやクリームを使った菓子があるそうです」
「そ、そうなのかな? なんか、どこかで聞いた事があった気がして。私が食べたことがないだけで、町の人とかは作ってるのかと思って……!」
「渡り人がいた歴史のある町では、そういうものもあるかもしれませんな。解りました、ちょっと調べてみましょう」
料理長の顔から困惑が消えて、にこっと笑顔になる。
あ、危なかった……!
緊張のあまりレグルスくんの手をちょっと強く握ってたみたいで、握り返されて我に返る。
「にぃに、おいしいおかしがふえるの?」
「う、うん。多分……?」
「そうなんだ! すごいね!」
キラキラ輝くレグルスくんの笑顔を見てると「これでいいのだ!」って気持ちになって来たからそれでいいのだ!
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