サヨナラを言うとか言わないとかではなくて
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次回の更新は、2/26です。
え? 何事?
そう感じるくらい、びりびりと彼女の声が私の背筋を、稽古場の空気を揺らす。
凄い迫力に、一緒に見ていたレグルスくんも宇都宮さんもお口が大きく開いてしまっていた。勿論私の口もぽかーんと開いてる。
だってさっきまで震えてたのに。
それなのにもう震えていないどころか、きりっとした灰紫の瞳には怒りの他に不遜で大胆な色が滲んでるし、唇は引き結ばれていて雄々しい。
場面はまだ続く。
怒りに燃える「ラトナラジュ」を、「ウイラ」は微笑みをもって黙らせるんだけど、これが心優しくて、でも心に傷を負った繊細な少年の微笑みでさぁ……!
はわぁぁぁとなっているうちに、ラトナラジュの怒りを鎮める歌とダンスが始まって。これもまた二人がシンクロするように動きを合わせるんだけど、シエルさんの方の動きに怒りで荒れている雰囲気のレジーナさんのダンスが寄っていくんだ。やがて怒りを鎮めたラトナラジュは、親友と寄り添うようように静かさを取り戻す……みたいな?
私が見た感じの雰囲気だから、解釈は違うのかもだけど、寄り添う二人は静と動とか陰と陽とか対に感じられた。
ええもん見たわー!
そういう気持ちが昂じてパチパチと思い切り拍手すると、つられてかレグルスくんや宇都宮さん、ラーラさんやエリックさんが同じく拍手をしだす。
その音に弾かれたようにユウリさんがこちらを見たのと同時に、ラトナラジュ役の女の子が「ぴぇ!?」と悲鳴を上げて、急いで目を隠した。
「オーナー。いらっしゃい」
「稽古中にお邪魔してます」
「おじゃまします!」
挨拶をすればユウリさんもシエルさんもにこやかに返してくれるし、その場にいたラ・ピュセルのメンバーも手を振ってくれる。
けど目を隠してしまったレジーナさんは凄く慌ててるみたい。なんで?
こてんとレグルスくんと宇都宮さんと三人で首を傾げると、「ああ」とユウリさんが頷いた。
「報告書、読んでくれたんだろ?」
「はい、それで早速来させてもらいました」
ニコニコと笑うシエルさんが、隣でワタワタして挙動不審になっているレジーナさんの腕を取って近付いて来る。その光景に凛花さんやシュネーさんも私達に近づいてきた。
「彼女ですよ、ご領主様! ぼくの友達で、一番負けたくないけど、ずっと一緒に舞台に立ってたい男役さんです!」
「へぁ!? シ、シシ、シエルさぁん!?」
「シエルでいいったら、ぼくだってレジーナって呼び捨てにしてるんだから!」
「わた、わたし、わたしは! シエルさんに憧れて!」
ひぇぇぇ!?
そんな悲鳴がレジーナさんから上がる。それを見てると、あの迫力あるラトナラジュ役の一喝が幻みたい。
わちゃわちゃしてるシエルさんとレジーナさんに視線をやりつつ、ほんわかした笑顔の凛花さんやシュネーさんがこっそり教えてくれる。
「レジーナちゃん、恥ずかしがりやさんなの」
「へ?」
「舞台以外ではああやってお目目を隠してないと、恥ずかしいんですって。でも役に入るともう、別人みたいにその役になりきっちゃうのよ」
「ああ……!」
それは多分役者さんの分類的に、憑依型ってやつではないだろうか。
役者さんには役に入るにあたって、台本を読み込んだり資料を読んだりしてその役に対して作り込んで寄せていくタイプもいれば、まるで霊媒師のように役を自身に降ろしてそれその物のようになってしまうタイプがいるって聞く。
シエルさんはどちらかというと作り込んで寄せていくタイプだって聞いたから、彼女とレジーナさんは正反対のタイプか。
今回オリジナルのミュージカルの欠片を見せるにあたって、ユウリさんは劇団内でオーディションを行ったそうだ。
ウイラさんは順当にシエルさんが。問題はラトナラジュだったんだけど、さっきの変りようと演技の迫力、シエルさんとはまた違う尖ってワイルドな魅力を加味して、レジーナさんが選ばれたんだって。
ヒロインは今回美空さんがやるんだけど、その子どもの頃の役は我が家の厨房で働くカイくんの妹のゲルダちゃんが射止めたそうな。
色んな役者さんが増えるのはいいことだよね。
「歌劇団には色んなスタァが必要なんだ。歌がうまい、ダンスが上手い、カッコイイ、ワイルド、芝居が上手い。それがそれぞれの武器になるし、何より話題になるからな」
ユウリさんの言葉に頷く。
パンパンと手を鳴らして皆に稽古に戻るよう指示を出して、ユウリさんも指導に戻っていく。
歌劇団はどんどん発展していく。負けてはいられないな。
きゅっとレグルスくんの手を握ると、私の気持を察したのかレグルスくんも凛々しく頷いてくれる。
「エリックさん」
「はい」
「オリジナルのミュージカルが成功したら、次は専用劇場と音楽学校です」
「は、一つずつ確実に進んで参りましょう!」
「いずれは帝国だけでなく、世界に。ルマーニュにだって行きます」
必ずエリックさんもユウリさんもシエルさんも、凱旋させてやる。そのときはルイさんやヴァーサさんの無念も晴らせるだろう。
っていっても、文化的な側面で凱旋するつもりでいるから、まあ、うん。
ともかく、名目とはいえ視察の目的は果たせた。
これからも歌劇団の活躍を期待しますという感じで、皆さんにご挨拶して退散。
役者さんのことも解ったから、これからの楽しみが増えたよね。
今日は視察で業務は一応終了、帰り道は少し風が冷たかった。
それから日増しに風が冷たさと強さを増していくように思う。
秋が終わろうとしているのが感じられて、その度に唇が尖ってしまう。それはレグルスくんも同じなようで、日課の散歩の最中に花壇を見る度にほっとしていることが増えた。
けど。
「にぃに……!」
「あー……」
今は秋の終わり、姫君様の御座所になっている奥庭に続く薔薇のアーチに、変わり朝顔が弦を巻き付け花咲いていた。綺麗。
綺麗なんだけど、その美しさを恨めしく思う日が来るなんて……。
「ひめさま、かえっちゃうの?」
「うん。もうすぐ冬だもんね。花が無理をしだしたら冬が近い合図だから」
ちょっと憂鬱だけど、それは致し方ない。
春になったらまたここを訪れてくださるし、何より私達のために姫君様が己を曲げるなどあり得ない。あってはいけない。凛と真っ直ぐに暫しの別れを告げるのが、姫君様なのだから。
『そのとおりじゃ』
「!?」
突然かけられた声にびくっと肩を跳ねさせると、ふわっと虹色の光を纏った蝶が頭上を飛ぶ。姫君様の使いの蝶だ。
レグルスくんと「おはようございます」と挨拶すれば、ひらっと蝶がバラのアーチに止まった。
『今日はそちらに降りる日ではないからの、この姿じゃ』
「はい」
「ひめさま、おそらにかえっちゃうんですか?」
『そうよな。花に命を削らせるわけにはゆかぬ』
ひらひらと蝶が翅を揺らす。
レグルスくんの眉毛がしゅんと力なく八の字に曲がってる。多分私も同じような顔をしてるんだろう。虹色の蝶からコロコロと姫君様の笑う声が聞こえて来た。
『もう三度目じゃというに、そのような途方に暮れた顔をしおって。春になれば戻る。祭りもあるでのう』
「でも寂しいものは寂しいです」
「れーもさみしいです」
唇が尖る。
レグルスくんの唇も尖ってた。
それを天上で見ておられるのか、蝶から『ふふっ』と忍び笑うのが伝わる。
『仕方ないのう。此度はこれで別れの挨拶は済まそうと思うたが……。明日の朝、奥庭に来よ。顔を見せてやろう』
「はい」
「はい!」
『ではの』
しゃらんっと鈴が鳴るような音とともに虹色の蝶が光に解ける。
空は曇天、風は冷たくて強め。
レグルスくんと二人、手を繋いで立ち尽くすしかなかった。
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