11巻発売記念SS・怪談には違いないけど
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次回の更新は、2/16です。
本編へと戻ります。
折角弟子が集まったんだからと、董子先輩の家で「きょうだい」弟子の懇親会を開くことになった。
といっても、夜だから一番小さな弟子の紡君を除いて。
集まってるのだって、僕と董子先輩と紡君の上、ちょっと前まで一番末の弟子だった識さん、その識さんの婚約者でドラゴニュートの少年・ノエシス君の四人だけ。
これからもっと集まって来るだろうけど、楽しいことは何度あってもいいんだ。
これが一回目の懇親会、弟子が集まる度に懇親会は開かれる。
それはそうとして、何故か僕達象牙の斜塔風でいうところの「フェーリクス学派」は、弟子で集まって飲み食いすると怪談話をするのが恒例で。
「え? や、待ってください!? 怪談話!?」
「うん。あれ? ウチ、識ちんにそういう習慣があるんだよって言わなかった?」
識さんが綺麗な、お化粧をしたら更に映えそうな顔を引き攣らせた。対して董子先輩はこてんと首を傾げる。愛嬌ある仕草だけど、識さんはそれに構うことなくガシッと、そんな董子先輩の肩を掴んだ挙句揺さぶる。
「聞いてないよ、お姉ちゃん!? どういうこと!?」
「えー……? そうだったっけ?」
眉を下げて困惑気味の董子先輩は「えー?」と繰り返す。その様子にチラッと窺えば、ノエシス君がこっちを見ていた。
「えぇっと、怪談って怖い話のこと……ですよね?」
「あ、うん。そうだよ。そうなんだけど」
穏やかに訊ねるノエシス君も頬がちょっと引き攣ってるから、彼らは二人とも似た者同士で怖い話が苦手なんだろう。
でも、と僕は口にした。
「でも、僕らには怪談だけど、ノエシス君からしたら意味が解らないかも知れないよ?」
「え?」
どういうことだろう?
一瞬目を点にしたノエシス君に、僕は苦笑いを浮かべる。
というかノエシス君だけでなく、多分これで恐怖を覚える者の方が少ない。僕らの怪談は、多分普通の怪談とかなり違うのだ。
百聞は一見にしかず。
僕がそう告げると、ノエシス君の顔色が少し青くなった。
「あれは僕や董子先輩の姉弟子にあたる人が言ってた話なんだけど」
象牙の斜塔内でとある魔術の理論に対しての研究発表会が行われたそうだ。それに姉弟子は先生と一緒に参加していたそうなのだけど、発表者が専門用語ばかり使って肝心の説明に要領を得ない。
正直理屈をこねくり回しているだけで、結局堂々巡りをして理論に穴があるか正しいのかさえよく解らない発表内容になっていた。
それでようやく質疑応答までいったときのこと。
すっと姉弟子の隣の先生が手を上げたそうだ。
「『素人質問で大変恐縮なのだが~』ってその理論を研究してる人じゃないと判んないこと言い出したんだって」
「え? あの、大根先生……じゃない、フェーリクスさんが、ですか?」
きょとん。
ノエシス君の顔に「なんだそれ?」って書いてあるのが見えて、僕は苦笑する。
けど、僕の話が聞こえていた董子先輩は視線を遠くに飛ばしてるし、識さんは「こわ!?」と、顔を青褪めさせていた。
この温度差よ。
自分と僕ら研究職との温度差にノエシス君は驚いたようだ。
でもまだ続きがあるんだよ。
「先生の質問はちょっとその人には答えられなかったみたいで、その人の指導をしてた先生が助け舟を出したんだけど」
「それも粉砕したやつっしょ?」
「そうそう。『その理論は二百年ほど前に吾輩が構築した物なんだが』って」
菫子先輩はこの話を聞いたことがあるらしい。「あー……ねー……」なんて、黄昏ながら呟く。
勿論そんなことを言われて、それ以上の質疑応答なんて出来るわけがない。結局研究発表会は、発表内容の構築が不十分という結論で終わったそうだ。どっとはらい。
「ぎゃぁぁぁ!? こわ!? こわ!?」
「え? 怖いの、これ?」
識さんが悲鳴を上げて震えるのを、ノエシス君は宥めながら不思議そうにしている。
僕達には身の毛がよだつくらい怖いことだけど、これは僕達だからであって、ノエシス君の反応が世間一般だろう。
どこから説明したもんか。
そう思っていると、識さんがノエシス君の手を握った。
「めっちゃ怖い。あのね、私達研究者にとって、自分よりその分野の専門の先生に研究内容を質問されるって凄い怖いの。例えていうなら、ロマノフ卿いらっしゃるでしょ?」
「あ、うん」
「あの人に『剣術について学びたいんだけれど、素人だから教えてもらっていいですか?』って言われるようなものなの!」
「え、嫌すぎる……」
心底嫌そうな顔のノエシス君に、董子先輩もブンブン首を上下に振る。
相互理解が深まったところで「この話には続きがあってね?」と言えば、三人とも凄い表情になった。
多分この話を聞いたときの僕も、同じ顔をしていただろう。
「姉弟子は先生のその行動は、自身が構築した理論を湾曲して解釈されるのが嫌だったんだと思ったんだって。だから先生に『理論の解釈違いを正したかったんですか?』って聞いたんだって」
その後、姉弟子が見たのは「え?」って表情の師匠の顔で。
「なんと先生。本当に自分が構築した理論ってそんな話だったか、確認したかっただけだったらしくて……」
「え!? まさか本当に『ちょっと解んなくなってきたから教えてくれる?』だったの!?」
「そう! まさにそれ!」
ぎゅっと握りこぶしを固める。
先生は理論は構築したものの、その研究自体友人の研究者からエルフの長命ゆえに貯えた知識や見識を頼られてほんの少し関わっただけだったそうなのだ。
なので自身の理解度が低くて、発表された研究内容を理解出来ていないのかもしれないと、発表者を質問攻めにしたらしい。
「ししょー、そういうのやめてー!?」
「いやー!? それもいやー!?」
「わぁ」
三者三様ではあるけど、間違いなく阿鼻叫喚だ。
僕ら大賢者フェーリクスの弟子は、この手の怪談には事欠かない。そしてその恐怖と、自分もいつその恐怖に見舞われるかしれないという情報を共有しておくのだ。
「あー……なるほど、怖さの種類が違うんですね?」
「そういうこと。君は大丈夫だろうけど、識さんは……うん」
頑張れ?
音にはせずに生温かく微笑むと、識さんの肩がガクッと落ちる。
多少僕や董子先輩、識さんの周りの空気が冷たくなった感はあったけど、覚悟はないよりある方がいいはずだ。
しかし、董子先輩が「新作あるんだけど、聞く?」と言い出す。
はて?
なんだろうなと思って首を捻ると、識さんも何か思い当たったのか「あ」と呟いた。
「あのね、ヴィンちゃん」
「はい」
「新種はアレよ。『うみがあおいのは、たいようからでているたくさんのひかりがかんけいしていて……』っていう説明をしてくれた後に『もうごぞんじでしょうけど』って言ってくれる末の弟弟子」
「おぅふ」
紡君に「素人質問で恐縮ですが……」なんて言われる日が来るんだろうか?
でもそれは怖いだけじゃなく、どこか楽しいなんて。
きっとそう思ってるのは僕だけじゃないんだろう。皆苦笑してるけど、雰囲気は少し温かくなった気がした。
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