ジュニア文庫2巻発売記念SS うっかりはメイドの初期装備です。
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ある天気のいい秋口のこと。
レグルス様のお昼寝に付き合っていた若様が、凄く難しい顔で仰いました。
「宇都宮さん、あの、驚かないで聞いてほしいんだけど……」
あまりにも真剣なお顔だったので、宇都宮は「はい」と神妙に頷きました。そのくらい若様のお顔が真剣だったのです。
頷いた宇都宮に、若様が少ししてから仰るには。
「庭で源三さんにレグルスくんが剣の稽古をつけてもらってたんだけど、そのとき」
「はい」
「なんとレグルスくん、木刀で庭に大穴を空けたんだ……!」
ぐっと拳を握りしめてブンブンと上下に揺らしていらっしゃるんですが、宇都宮きょとんです。
「あの……それってそんなにビックリなさることなんでしょうか?」
「え!?」
「普通、ですよね?」
庭に穴を空けるくらい、元気な子どもだったらよくあることだと思うんです。
だって宇都宮、帝都のお屋敷でお勤めしているとき、何度もお庭に穴を空けてましたもの。その度に家令さんに叱られましたけど、レグルス様のお母様でいらっしゃるマーガレット様には「子どもってそんなものだから大丈夫」と言われましたし。
でもお家を傷付けてしまったせいか、ほんのちょっとマーガレット様のお顔は引き攣ってらした気はしますが。
でも、そうか。若様は同年代のお友達がいらっしゃらないと聞いています。ならご近所のお子さんと遊んだことも、きっとおありにならないでしょう。それなら自分以外の子どもの事が解らなくてもしょうがないのです。まあ、宇都宮も同年代の子達とお付き合いはありませんけど。
きっと驚かれたのでしょう。
なので宇都宮はニコッと笑ってみました。
「普通ですよ」
「そうなの!?」
「はい」
「そっかー……」
若様は落ち着かれたのか「そうか」と繰り返し仰いました。
で、その後日のこと。
「う、宇都宮ちゃん、そ、それ、ほ、ほん、本気で、い、言ってるべか?」
「え? 本気も何も普通ですよね?」
お馬さんの世話をしているヨーゼフさんに、お昼の準備が出来たのをお伝えしにいったときです。
世間話で最近のレグルス様のお話をしていました。
宇都宮、若様のお言いつけ通り、レグルス様の良いところをアピールをしています。でも、そんなことしなくても、このお屋敷にいる方々は、温かくレグルス様を見守ってくださっています。
ヨーゼフさんもお馬のお世話を若様と一緒にするレグルス様を見ているからか、微笑ましく見守ってくださっています。
話題は先日若様が、レグルス様が剣のお稽古のときにお庭に大穴を空けてしまったことを驚いていたという話だったんですけど。
話を聞いていたヨーゼフさんのお顔が引き攣っています。
「う、うつ、宇都宮ちゃん、あの、ふ、普通は、庭に大穴なんか、空けらんねぇべよ?」
「へ? でも、宇都宮できますよ? それに源三さんも……」
そうなのです。
宇都宮、若様からレグルス様がお庭に穴を空けたと聞いて、お庭の整備をなさっている源三さんのところに、庭の土を埋め戻すお手伝いをしにいったのです。でも源三さんも「子どもなんかそれで普通だから、何も気にせんでいい」と仰って。
聞けば源三さんも子どもの頃はよく家の裏側にあった山で修行中に大穴を空けてらしたそうです。その度に剣のお師匠様からは「元気があっていい」と褒められていらしたとか。
なのでその時も「派手におやりになりましたなぁ」と微笑ましく思ってらしたそうです。
けれど若様はたしかに源三さんにも驚いた顔を見せておられたとか。
「同世代の子どもと付き合ったことがないのは失念していて、気が回らなかった……って」
「い、いや、いやいやいや!? お、お、おら、そそそそんなことガキンチョのこ、ころからやったことねぇべさ!」
「へ? そうなんです?」
ビックリです。
ヨーゼフさんは真剣なお顔だけど、宇都宮はイマイチよく解りません。だってそれってヨーゼフさんが出来なかっただけかも知れませんし。
でも、そういえば若様も出来ないって仰ってましたっけ?
え? ということは、宇都宮や源三さんが変わってるってことです?
いや、でもマーガレット様は宇都宮に「よくあることだから落ち込まなくていいのよ」と仰ってくださっていました。力加減を覚えればいいと、色々一緒に教えてくださったように思います。
あれ?
首を捻ると、ヨーゼフさんがコホンと咳ばらいを一つ。
「あ、ああのさ、う、宇都宮ちゃん」
「はい」
「げ、げん、源三さんは、あ、あれ、い、今は、やさ、優しいに、にわ、庭師のおじさんだけども、前は名うての冒険者だったんだべ」
「あ、はい。存じてますけど」
「げ、源三さんの、おし、お師匠さんは凄く強くて有名な人だったってさ。その人から、源三以外に跡取りはいねぇって言われるくらいの人だったんだ。こ、子どもの頃から、魔物退治やってたくらいなんだべ?」
「えー……」
それが普通だと思うかい?
言外に含まれた言葉に、宇都宮は「あれ?」ともう一度首を捻りました。
そういえば、菊乃井のお屋敷にレグルス様付のメイドとして置いてもらえるようになった
とき、ロッテンマイヤーさんから特技や今までの失敗なんかをきかれたことがあります。
その時に掃除が、特にモップを使うのが得意なことと、失敗談に庭に穴を空けた話をしたように思います。
それで宇都宮もダンジョンのある領地のお屋敷のメイドらしく、特技のモップ掃除の腕を活かした戦い方で訓練することになったわけですが……。
そういえばあのときロッテンマイヤーさんは「ああ、エリーゼもよくお庭に穴を空けていましたね」って仰ってて、遠い所を見ているような雰囲気を出していたような。
昔を懐かしんでのことだろうと思っていたんですけど、もしや違うのでしょうか……?
この話をしてみると、ヨーゼフさんはそっと視線を彼方に逸らしてしまいました。
「あー……エ、エリーゼさんもなぁ……」
エリーゼ先輩、めっちゃ強いんです。
雰囲気はほわほわしてるのに、動きとか凄く速くて追い切れないのです。
あの素早く弾丸のように走るレグルス様に追いつける、この宇都宮の足をもってしても追いつかないくらい。
「あ、あの人と互角にやりあえんのは、ロ、ロッテンマイヤーさんか源三さんか料理長さんくらいじゃないかなぁ」
「マジですか!?」
「ま、マジで。う、宇都宮ちゃんがくるまで、や、屋敷で一番弱いのは、お、おらだったべ」
「そうなんですね!? 宇都宮頑張ります!」
とはいったものの、はたと気が付きます。
ヨーゼフさんはたしかに宇都宮よりずっとお強いのです。でもそのヨーゼフさんも小さい頃は庭に大穴を空けたりしなかったと仰る。
それってつまり?
「え? 宇都宮、もしかして怪力ってヤツだったんですか!?」
はしたないことですが、宇都宮は叫んでしまいました。
だってそれって、無意識にレグルス様にお怪我させていた可能性があるってことですもの。気が付いた事実に唖然としていると、ヨーゼフさんはゆっくりでもはっきり首を横に振りました。
「そうじゃないと思う」
「へ?」
「た、多分だけど、何かにぶつかりそうだったり、転んだりしそうだったときに、庭に大穴を空けてたんじゃねぇべか?」
真剣な面持ちのヨーゼフさんの言葉に、宇都宮はちょっと考えました。そういえば、いつもお庭に穴を空けるときは転びそうだったり、尻餅をつきそうなときだったように思います。
なので頷くと、ヨーゼフさんは「だろうなぁ」と。
「そ、それは、む、無意識に、身体強化系の魔術を使ってたんだだべさ。偶に何の勉強もしてなくても、身体強化の魔術を無意識に使えるようになってる人がいるって、大奥様から教わったことがあるべよ」
「そうなんですか!?」
「うん。おらは魔力の流れが見えるときがあるんだ。宇都宮ちゃん、身体強化時々使ってるべや」
「えー……そうだったんですか……宇都宮、魔術使えたんですね……」
何と言うことでしょう。
宇都宮、このお屋敷に来てから驚くことばっかりです。
後で若様にきちんと訂正してお詫びしておかないと。
そう思った宇都宮でしたが、この後うっかり忘れてしまって。
その忘れたことを思い出すのは、ここからさらに時間が経ってからなのでした……。
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