大人の役目と子どもの情景
いつも感想などなどありがとうございます。
大変励みになっております。
本日はジュニア文庫第2巻発売です。
20時に発売記念SSを更新いたします。
「今、梅渓って言いました?」
「はい」
帝国に、いや、近隣の国に梅渓という家名というか領地は梅渓公爵家しかない。
だとしたら、これは菊乃井に来てもらうよりは──。
少し考え込んでいると、大根先生が何かに気が付いたようにハッとして私を見る。
「鳳蝶殿、梅渓とはもしや……?」
「はい。帝国内は勿論近隣にも梅渓という土地は、梅渓公爵家の治める地以外にはありません」
私の声が少し硬かったせいか、ハリシャさんと浩然さんの表情が不安そうに歪む。これはいけない。二人を安心させるように、私はひらひらと柔く手を振った。
「関係が悪いとかでは全然ないですよ。寧ろ梅渓宰相閣下には懇意にしていただいていますから。ただその美奈子先生が梅渓にいらっしゃるなら、そのまま梅渓にいていただいたほうがいいかと思いまして」
この言葉には「どういうことだね?」と大根先生も首を捻る。
ただ大根先生はハリシャさんと浩然さんとは違う意図で首を捻っているわけで。それを説明するためにも、今菊乃井がやっていて梅渓家と協力して行うことになった「疑似エリクサー」の話をしないといけない。
「実は」と前置きして、疑似エリクサーの話をすると、二人とも興奮で頬を赤らめた。
「凄い! 先生はそんな大きな研究をなさってたんですね!」
「そういうことならオレも魔力クラファン? ぜひ協力させていただきたいです!」
「ああ、そのときは頼むよ」
大根先生は仄かに笑って、二人に落ち着くように言う。そう、美奈子先生のことは此処からの話だ。
「梅渓と共同研究するにあたって、吾輩と同じくらいの研究者が欲しいと思っていたんだ。しかし人材的に在野にそういった人物の宛がなくてな。しかし美奈子君ならば、或いはと思うんだが」
「寧ろそれ、美奈子先生以外に思い当たらないですよ!」
大根先生の苦笑するような言葉に、ハリシャさんが拳をぐっと握る。なるほど、美奈子先生はそれほどに信の置ける研究者なんだな。
だったら、話は早い。
「梅渓は気候も菊乃井に比べて大分温暖です。その方の体調があまり思わしくないのであれば、これから寒くなる菊乃井においでいただくより、梅渓で養生しながら研究してもらったほうがいいと思うんですよね。梅渓は湯治施設もあったはずだし」
「そうなのかね?」
「はい。有名な湯治場というか保養所もあったような?」
「だから菊乃井に来るより、そのまま梅渓で、か」
条件次第では研究を引き換えに、その湯治施設を使わせてもらえるかもしれない。
「その先生の研究者としての実力は大根先生に匹敵するんですよね? だとしたら大根先生の推薦状があれば宰相閣下にお話が通りやすくなるかも」
「うむ、解った。早速書こう。ハリシャ、美奈子君の弟子に連絡が取れるかね?」
「はい! すぐに連絡をとります!」
そんなわけで、この話は一旦保留。
ハリシャさんが私やレグルスくん達に紙芝居と手回しオルガンを披露くださっている間、美奈子先生のお弟子さんと面識がある浩然さんが大根先生と一緒に所在と意思確認に赴くことになった。
私もレグルスくん達の勉強が終わるまでに、宰相閣下に今梅渓領内にとても稀有な人材が逗留していること、その方を疑似エリクサー研究にご協力いただけるよう説得したいこと、その説得が成功した折には梅渓で召し抱えていただけないか、あとは美奈子先生の体調問題等々を手紙にしてお届けいただくように準備しておいた。
それから待つことしばし。
今日のお勉強の先生を勤めて下さっていたヴィクトルさんに連れられて、レグルスくんや奏くん、紡くんにアンジェちゃんが部屋にやってきた。
大根先生から皆に浩然さんとハリシャさんを紹介してもらって、私はヴィクトルさんに先ほどの先生達とのお話を説明する。
「へぇ、象牙の斜塔の薬学の先生か……。けーたんが喜びそうな人だね」
「お体の調子があまり良くないのだそうです。梅渓で養生しながら研究にご協力いただければと思うんですが」
「叔父上が保証するほどの人なら、一も二もなくけーたんなら雇い入れると思うよ。解った、あーたんの手紙をけーたんに届けてあげる」
「ありがとうございます、よろしくお願いします」
お礼を言えば、「どういたしまして」とウィンクが飛んでくる。それからさくっと転移魔術で部屋から消えてしまった。
それを一緒に見送った大根先生が、声をかけてくる。
「ヴィーチェニカは宰相閣下のところに?」
「はい。手紙を届けてくださる、と」
「そうか、ならばこちらも動き出すとしよう。必要であればござる丸君から作った疑似エリクサーを美奈子君に渡しても? 一時的に体調を整えることが出来よう」
「勿論です。というか、治験をお願いするということであれば、都度ござる丸の葉っぱや皮を使ってくださって大丈夫ですよ」
「解った。ありがとう」
仄かに大根先生が笑む。
本当なら仙桃の一切れでもお渡ししたいところだけど、そのときはこの屋敷にお招きした方がいいだろう。
仙桃は若返りの効果もあるらしいから、いきなり美奈子先生が若返ったりするとちょっと都合が悪い。
大根先生が目を付けられているように、美奈子先生にも象牙の斜塔の監視はあるだろう。その状態で美奈子先生が若返ったりすると、痛くない腹を探りに来るはずだ。
疑似エリクサーの研究を公明正大かつ大々的にやりたいのは、象牙の斜塔が秘密裏に研究成果に手を伸ばすことを許さないためでもある。菊乃井に歪んだ学閥の入る隙を与える気はない。
その辺りを口にしたことはないけど、多分エルフ先生方やルイさんは解ってるだろう。
窺うように大根先生を見上げれば、彼はこくりと頷いた。
「では、梅渓の宿屋に行って来るよ」
「はい、よろしくお願いします。浩然さんも、来て早々使いだてて申し訳ありませんがよろしくお願いします」
「は、はい!」
びしっと背筋を伸ばした浩然さんの肩に大根先生が触れると、二人の姿は光って消えた。
「相変わらず忙しいな、若様は」
「そうだねぇ。でもここからはお楽しみの時間だから」
奏くんがぽんぽんと肩を叩いて来る。レグルスくんや紡くんやアンジェちゃん、それにハリシャさんが心配そうな顔で私を見ていた。
「さぁ、ハリシャさん。お願いします! 凄く楽しみにしてたんです!」
「あ、はい! どうか、楽しんでくださいませ!」
声をかけるとハリシャさんがピコピコと狐のお耳と尻尾を揺らす。
「はじまりはじまり!」と軽快な彼女の言葉に皆で拍手すると、ハリシャさんが手回しオルガンについたハンドルを回した。
四角い箱の観音開きの扉が、オルガンの軽妙で懐かしい響きの音楽に合わせてゆっくり開く。そういう魔術の設定なんだろうけど、音に合わせて扉が開くって自動ドアっぽい。
ほんわかほんわか。
音楽の雰囲気がそんな感じで、聞いていると凄くリラックスできる。
ハリシャさんが手回しオルガンのハンドルから手を放しても、音楽はやまない。紙芝居の舞台枠に手をかけると、ハリシャさんが紙を一枚引き出す。
「皆さんこんにちはー!」
元気な声でこちらに手を振ると、狐耳に手を添えて私達のほうに傾けた。これはお約束のアレだ。
レグルスくんや奏くん、紡くんやアンジェちゃんと顔を見合わせると、私達はハリシャさんと同じくらい大きな声で「こんにちはー!」と返す。
「皆、元気ですね! さあさあ皆さん、今からお聞かせするのは魔術の使えないお姫様の冒険のお話です! 拍手!」
「わぁ、おひめさまのおはなし! アンジェ、おひめさまだいすき!」
「つむも!」
きゃいきゃいとアンジェちゃんと紡くんが盛り上がる。私やレグルスくん、奏くんもパチパチと手を叩く。
ワクワクが! 止まらない!
見回せば、皆目がきらっきらだった。
お読みいただいてありがとうございました。
感想などなどいただけましたら幸いです。
活動報告にも色々書いておりますので、よろしければそちらもどうぞ。




