意図しない化学反応は流行りを産むのか?
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次回の更新は、12/18です。
和嬢のカテキョに関して、アーディラさんは二つ返事で引き受けてくれた。とはいえ、いきなり異国の人を公爵家の令嬢の教育に関わらせられるかっていう問題はあるので、そこはこちらからある程度帝国の礼儀作法を学んでもらうこととした。
これに関してはラーラさんが協力してくれるそうで、実際アーディラさんが梅渓家にカテキョに行く際にも一緒に行ってくれることになっている。
宰相閣下にはカテキョの手配が出来たことは伝えたので、あとは彼方の環境が整い次第ということになった。
問題や課題は一度に複数現れるけれど、解決に関してはそうもいかない。一つずつ丁寧に片付けていくのが早道だったりする。
抱えている問題は多岐。次に手を付けることになったのは、Effet・Papillonの商品の問題だった。
奏くんから私が魔術師用アップリケの試験運用をしたいって話を聞いた識さんやノエくんが、わざわざアポイントを取って会いに来てくれたから。
「わざわざありがとうございます」
「何を仰るやら。どう考えても私達よりご領主様のほうが忙しいでしょうに」
「そうだよ。オレ達のことなんか遠慮なく呼び立ててくれればいいんだから」
執務室兼書斎のソファーに仲良く隣り合って座る識さんとノエくん。今日のお茶は董子さんが作ったという梅昆布茶だ。二人が手土産に持って来てくれたんだよね。
この世界、梅干しがあったみたい。
前世日本人だった私には、この味は少し懐かしい。次男坊さんにも届けて上げたいと思っていると、二人が持ってきた大きなカバンを私に見せた。
「これ、なんですけど」
「はいはい」
識さんが鞄の中に入っていた荷物を取り出すと、すかさずそれをノエくんが受け取る。埃が立たないようにそっと動くノエくんの仕草は、どことなく品がいい。
そういえばラシードさんも、出されたお茶の器を褒めたり、皿ごと持ち上げてお茶を飲むとか、わりと品がよかった。まさか、ね?
前例があると次に似たようなことがあったとき、警戒心が強まるのは仕方ない。何となくそういう話をすると、ノエくんが苦笑いを浮かべた。
「あー、オレはそういうんじゃないよ。何ていうか『ドラゴニュートの勇者の気概を忘れてはいけない』とかって、礼儀や行儀に関しては厳しかっただけで。それに家柄なら識のほうだよ」
「うん? 私の家は旧いだけだよ。爵位とかあるでなし」
へらりと笑うと、識さんはひらひら手を振る。この話はこれで終わり。そんな感じの笑顔に、何となく触れられたくないものがあったんだなって思う。
それはそれとしてノエくんが持っているのは、布で作られた本のような物だった。受け取ってぺらりと捲ってみると、一ページごとにリボンやレースが縫い付けられている。まるで服を作るときの布見本のような物に、首を捻ると識さんが「見本ですよ」と告げた。
「見本、ですか?」
「はい。前にお話ししたときアップリケとか付けるのはどうかって方向になったじゃないですか?」
「そうですね。実際その方針でやってますけど」
「付与の紋を刺繍したリボンや、付与が組み込まれる編み方で編んだレースでもいけるんじゃないかと思って。私が知ってる付与の刺繡やレース編みを見本にして、どれを付けたいか選んでもらえるようにしてみたんです」
「おお、それは凄い!」
これは識さんの家や董子さんの家、或いは他のお弟子さんが知っている物を集めて見本にしたモノらしい。けれどそれよりももっと凄いことがあると識さんとノエくんが胸を張る。
「これ、魔術が使えない人でも編めるかも知れないんです」
「え? それは……!?」
「ヴィンちゃん先輩のマヌス・キュアで爪に魔石をくっつけた人が刺繍すると、魔術が使えない人が刺繍しても付与効果が出せるんですよ」
「おお!」
何ということでしょう。それなら魔術が使えないけれど、刺繍が得意な菊乃井に住む人の産業にもなる。
問題はマヌス・キュアにかかる費用を価格に上乗せすることになるから、安価にって訳にいかなくなるかもってとこか。
だけど刺繍が得意な人は特殊スキル【青の手】を所持する人が多い。【青の手】を所持する人の手作りの品を持っていると、精霊はちょっと多めに力を貸してくれる。その恩恵で相殺できなくはないはず。
これは大きな売りになるかも知れない。
だって付与の効果のあるレースやリボンは別に冒険者だけが必要とするわけじゃない。
貴族の令嬢や商家の令嬢、いや令息や当主にだって必要とされるはずだ。貴族っていうだけで変な恨みを買うこともあるしね。
それに簡単にパーツだけを付けはずし出来れば、場面に応じて付与を変えられる。勿論お洒落の面からも、組み合わせが何パターンも選べて変えられるのであれば悪くないだろう。
「どうでしょう?」
考えていたことを話すと、二人は力強く頷く。賛成ってことのようだ。
それにしても話が一気にここまで進むって凄いな。ヴィンセントさんとマヌス・キュアでの付与刺繍実験もいつの間にやってたのやら。
そういえばノエくんが識さんに視線を向けた。
「識がシェリーさんに言ったんだ。『ダッセェ服で死にたくないでしょ』って」
「焚き付けたからには、一人でもダサい服で死なないで済むようにしてあげたいじゃん」
「それでオレ達ご領主様に相談したんだけど、言いっ放しはよくないよな、って」
「忙しいのに更に忙しくさせるなんて、ちょっと申し訳ないし。それなら私達でやれることを探そうって思って色々研究してたら、ヴィンちゃん先輩が加わってくれたんです」
二人によると、丁度ヴィンセントさんがマヌス・キュアの研究と向上、あとお洒落さの追求のためにレースの色や柄を董子さんに相談したらしい。でも董子さんは手芸は範囲外。そこで董子さんが刺繍の得意な識さんに相談したそうだ。そこで識さんが付与魔術を安価で使う研究の話をして、今回のコラボが生まれたとか。
色々考えてもらえて、本当にありがたいことだよ。
お礼を言えば、二人が「とんでもない」と首を横に振った。
「研究費とか考えないで研究できる環境を貰ったんだもの、このくらいお礼を言われるようなことじゃないですよ」
「そうだよ。オレなんか神殺しとか厄介なことを持ち込んでるのに、住むところとかお金の心配もしなくていい上に、剣や魔術の先生まで紹介してもらってるんだ。役に立つことは喜んでやらせてもらうよ」
そう言われてしまうと、ちょっと複雑。別に善意で二人を助けたわけじゃないし、それなりに利益が見込めると思うから色々整えているだけだもん。
それに識さんにしてもノエくんにしても、図書館の神代文字の翻訳や菊乃井領の子ども達への教育を担当してもらったりしてるし。
お互い持ちつ持たれつ。
その程度の気持でいてくれた方が、私としてもやり易いんだけどな。
そんなことを考えていたせいか、微妙な顔つきになってしまった。それを何故か二人がニヨニヨして見てる。
最近私がなんかこう、良い人じゃないんだっていうと、皆ニヨニヨ顔するんだよね。なんなんだろうね!?
でもここで何か聞いたり言ったりすると、もっとニヨニヨされるんだ。それは解る。
なので咳払いして話題を変えることに。
シェリーさんのことだ。その人の名前、何処かで聞いたことがある。そう伝えると、識さんが頷いた。
「そりゃそうでしょうとも」
「え? どういうこと?」
きょとんとする私にノエくんが口を開いた。
「リュウモドキに殺されかけたのを助けてもらったって聞いたよ。彼女、ご領主様のブロマイドっていうの? 絵姿を凄く大事にリボンとかレースで飾って、肌身離さず持ってる」
思い出した、あのときのお嬢さんか!?
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